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堀 裕嗣 の辛口時評 HOLY’s  Bar 一杯分だけ、話そうか。#2「戦争で死んだ兵士」と「かくれ徴兵制」

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堀裕嗣&北海道アベンジャーズの シンクロ道徳の現在形
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堀 裕嗣 なら、ここまでやる!国語科の教材研究と授業デザイン
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北海道公立中学校教諭

堀 裕嗣

教育界随一の論客、堀 裕嗣先生による新連載第2回。教育というジャンルに留まらず、広い社会的視野、歴史的射程に基づいた縦横無尽な論考をお届けします。毎回最後のコラムで、教育界有数の酒豪でもある筆者の「今、推しのお酒」も紹介します。

執筆/堀 裕嗣(北海道公立中学校教諭)

1.具体的な人生の不在

漫画家・絵本作家の小泉吉宏に『戦争で死んだ兵士のこと』(1997年12月/ベネッセコーポレーション)という名作がある。

「今はのどかな森の中の湖のほとり、」「ひとりの兵士が死んでいる。」という印象的な書き出しで始まるこの絵本は、当時、瞬時に私の心を鷲づかみにした。たまたま札幌市内の大型書店に赴き、たまたま絵本コーナーに足を向け、たまたま発売されたばかりで平積みになっていたこの本と出会った私は、ぱらぱらとめくっただけで、瞬間、「これは買うべき本だ」と確信してレジに向かった。思えば、こうした書店での本との偶然の出会いは、読書家をそれなりに自負する私にも既になくなってしまった。もう本はamazonで買うばかりである。

「戦争で死んだ兵士のこと」表紙

『戦争で死んだ兵士のこと』はその後、時間を遡っていくことで、この若い兵士がどのような経緯でいま湖のほとりに横たわっているのかを明らかにしていく。

1時間前、兵士は生きていて闘っていた。
2時間前、兵士はひとり道に迷っていた。 
4時間前は、戦火にまきこまれた子どもを助けていた。
8時間前、戦友といっしょに基地で朝食を食べていた。
2日前、この基地にやってきた。

こんな具合に、1頁あたり1行か2行の淡々とした状況説明が、作者の味のあるイラストとともに連ねられていく。そんなシンプルな構成の絵本である。

若い兵士の人生は更に遡る。

 3日前、本国の基地に招集された。自分が兵士であることを2年間忘れていた。
5日前、友だちと週末にヨットに乗る約束をした。
 7日前、両親に恋人を紹介した。
 10日前、恋人にプロポーズをし将来を誓い合った。
 2年前、大学を卒業し就職した。
 2年と1か月前、彼女と知り合った。
 4年と3か月前、父の会社が倒産した。通っている大学の学費に困り、学費免除の資格を得るため、大学内の陸軍予備士官学校に入ることを決意した。

この後も、13歳時の失恋で食事が喉を通らなかったとか、10歳時に犬と散歩しているうちに迷子になったとか、初めてのダンスが6歳のときだったとか、印象的なエビソード……というよりは誰もが経験しそうな「普通」のエピソードが淡々と語られていく。最後にはこの兵士が生まれたのが24年前の今日であり、両親にとっては結婚して9年目でやっと授かった子であることが明かされて物語は終わる。

私にとってこの絵本の何が衝撃だったのか、いまだにうまく言葉にできない。

 私はこの絵本を題材に国語の授業もつくったし、道徳の授業も開発した。うまく言葉にできない何かは、少なくとも私にとって、子どもたちに伝えなければならないものだという確信には支えられていた。

よく報道で、戦争による死者の数が発表される。また、自然災害でも同じように発表される。この本と出会って以来、私はそんな数字を見るたび、そこには数字などには抽象化できない、「具体的な人生」があったのだと考えるようになり、そんな人々の歩んできた「具体的な人生」を想像するようになっている。例えば渦中にある米・イラン戦争におけるイランの死者は既に数千人を数え、米兵も7人が命を落としている。その数字を見ながら、私はどんな「具体的な人生」があったのだろうとあれこれ想像するわけだ。もちろん戦火の中の具体的な人々の情報など私は持っていないから、自分の中にあるイメージをあれこれと掛け合わせているに過ぎない。しかしそれでも、私にはこの思考が、人としてとても大切なものであるとの確信を抱いている。『戦争で死んだ兵士のこと』はある意味、私の思考回路の一部を作り変えてしまった作品と言える。また、おそらくは私が幼少期に、いわさきちひろの『戦火のなかの子どもたち』(1973年9月/岩崎書店)にずいぶんと衝撃を受けたことも影響しているだろうとも感じている。

いずれにせよ、小泉吉宏『戦争で死んだ兵士のこと』は、私にとってとてもとても大切な書の一つであるわけだ。

2.具体的な未来予測

ほとんど話題になっていないことだが、実は本稿執筆時点で、「予備自衛官等の職務の円滑な遂行を図るための国家公務員及び地方公務員の兼業の特例に関する法律案」(以下「予備自衛官等兼業特例法案」)が衆院を通過している。今国会で成立する見込みだ。

我々は教員だから、教員の人員不足ばかり嘆いているが、実は人員が大幅に不足しているのは教員ばかりではない。自衛官も警察官も同様に不足しているのだ。特に自衛官が定員を大幅に満たしていないのは専門家の間で大きく話題になっていて、防衛費増額の昨今の状況に鑑み、「そんなに武器を輸入していったい誰が使うのだ。使う人員がいないじゃないか」と揶揄する声が上がっている。今回の法案は当然ながら、国が自衛隊の人員不足を深刻に捉え、できるだけ定員を満たすように工夫しなくてはならないと考え、それに対して具体的に動き出そうとしていることを示している。

法案の内容はこうだ。

「予備自衛官」とは、普段は社会で働きながら、有事には自衛官として働く者のことと考えればわかりやすい。 そこには3分類がある。

1)即応予備自衛官
元自衛官等が年30日程度訓練し、有事などでただちに第一線部隊等の一員として現職自衛官とともに活動する。

2)予備自衛官
一般国民が予備自衛官補を経て、あるいは元自衛官が、年5日程度訓練し、有事や大規模災害で招集され、後方支援や警備などを行う

)予備自衛官補
元自衛官以外の一般国民を志願・選考により任用し、教育訓練を行う。

現在、予備自衛官の充足率が約7割、即応予備自衛官は充足率が約5割とされている。要するに予備自衛官が定員に対して3割足りないし、即応予備自衛官に至っては定員に対して半分しかいないということである。このたびの「予備自衛官等兼業特例法案」はこの悪状況をわずかでも軽減したいとの思いから提出された法案である。

この法案では、これまで割と厳格に運用されてきた公務員法上の制約を兼業の特例という形で、緩和することが認められる。予備自衛官になる際に兼業許可を得れば、それ以降は許可が不要となり、仮に繁忙期や災害対応時で業務に支障があったとしても、任命権者が職員の離脱を制限することができなくなるわけだ。

ではなぜ、今回、公務員に白羽の矢が立ったのか。考えてみれば簡単な話だ。民間企業に「おたくの社員を即応自衛官用に年間30日間訓練のために派遣してくれ」と言っても、「いやいや、本社はいま忙しくてそんな余裕はありません」と断られるのがオチだ。それが予備自衛官の5日だったとしても企業側の回答は同じだろう。民間企業から社員を召し上げる法的根拠はない。そこで文句の言えない公務員というわけである。

しかし、公務員といえどもそんなに暇なわけではない。繁忙期に本務よりも予備自衛官としての業務を優先する職員が出ることになれば、現場はまわらなくなるだろう。誰もがそう考える。現場側から見ると確かにそうだろう。現場人は残業したとしても一日に2、3時間くらいまでしか想定しないからだ。しかも昨今は「働き方改革」のアジテーションのもと、2、3時間の残業さえ許せないとする職員も少なくない。

とはいえ、想定されているのは「有事」である。或いは「有事」に向けての準備段階である。実は有事における働き方・働かされ方の好例を私たちは最近目にしたことがある。読者諸氏も覚えているはずだ。それはコロナ禍の保健所職員である。教師である我々はあの頃、学校が休校になり、在宅勤務も多くもなって、仕事量の激減を経験していた。しかし、保健所はどうだったか。毎日毎日報道される保健所の混乱振り、保健所職員のパニック振りを見ながら気の毒に感じていたのは記憶に新しい。国は有事における労働というものをあのくらいに見積もっているのではないか(もちろん何の証拠もないけど)。

私は現在、教職員30名強の学校で働いているが、2人や3人抜かれたとしてもあの保健所のようなパニックには到底ならないと思う。教職員を二桁で抜かれないとあそこまでにはならないのではないか。私は正直、そう感じる。

もしかしたら、ここまでを読んで、別に予備自衛官として登録されるべき元自衛官や志願者の話に過ぎないのだから、このくらいの法案が通っても構わないだろうと思う方もいらっしゃるかもしれない。確かに、この法案だけで終わるならそれほどの影響はないだろう。

しかし、この法案が通って、3年後、5年後、10年後においても、そのままこの法案の内容だけに留まり続けるだろうか。例えば、「公務員は各部署2人以上予備自衛官を出すべき」というような「あるべき姿」が行政から提示され、誰かが志願しなくてはならない雰囲気が醸成される……なんてことは本当にないと言えるだろうか。人事評価を餌に志願せよと迫る上司が現れないと言い切れるか。

そもそもその頃、場合によっては憲法が改正され、自衛隊が憲法に明記されることさえ想定されるのである。それは自衛隊というものが憲法に位置づけられた権威となることを意味する。そのとき、この「予備自衛官等兼業特例法」は対象を公務員のみとした状態に留まり続けるだろうか。この公務員における「予備自衛官等兼業特例法案」は、実は「徴兵制」に向かう「アリの一穴」なのではないか。

現在、徴兵制度を抑制する根拠となっているのは憲法第18条である。

 第18条 何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない。又、犯罪に因る処罰の場合を除いては、その意に反する苦役に服させられない。

しかし、自衛隊が憲法に明記されれば、必ず「憲法に位置づけられた国を自衛する任務」のどこが「苦役」なのかという議論が必ず出てくる。それが「苦役」とは何事かになり、これは「崇高な任務」ではないかになり、と……。そして次々に新たな法案が可決されていく。そんなことになりかねないわけだ。

いや、ならないよ、とはもう誰も言えまい。核武装論が公然と官邸内から発信される世の中である。20世紀の枠組みとはまったく異なる論理でこの国は動いている。かつて安倍総理がホルムズ海峡封鎖を例に「存立危機事態」を説明したその10年後、実際に起こったホルムズ封鎖で自衛隊派遣が真剣に検討されたとの報道さえあるのだ。このたびの「予備自衛官等兼業特例法案」は「徴兵制」への第一歩であり、実は「かくれ徴兵制」とさえ言えるのではないか。

3.具体的な議論の不在

さて、ここまでを読んでいただけた読者の皆さんは、私が防衛力増大に反対し、憲法改正に反対する左翼リベラル派に感じられたことだろうと思う。

しかし、そうではない。私の卒論は三島由紀夫であり、若い頃から最もシンパシーを抱いている歴史上の人物は安藤輝三(226事件で決起した青年将校の中心人物の一人)である。その意味で、前節で述べたような怒りや不安を、私は実のところ大きく抱いてはいない。それでも、1991年に教職に就き、現在では最も古い世代の一人として、かつての左翼リベラル派ならこう言っただろうな……ということを仮想してみたわけだ。もしも自治労や日教組が30年くらい前の組織率を維持し続けていたなら、おそらくこうした論理を展開しただろうな、ということである。

戦後の教師たちの合い言葉は「教え子を再び戦場に送らない」だった。あの頃の教師たちがいま教育現場にいたなら、この法案は4月から取り上げられ(この法案が国会に提出されたのは4月3日のことである)、いまごろ学校現場は大騒ぎだったろう。しかし、現在、こんな法案が通ろうとしていることをほとんどの教師は知らない。マスコミ報道もほとんどないので知らなくて不思議はない。ただそうした無知無関心の中で、おそらくこの法案は粛々と通っていく。

最近の若者は左右ではなく、新旧で投票行動を決めると言う(先崎彰容)。れいわや国民民主にシンパシーを感じ、石丸現象や日本人ファーストに熱狂し、高市ブームで自民党に史上最高議席を獲得させる。しかしどれもこれも一時のことで、時間とともに熱が冷め、「期待していたのと違った」と次を求め始める。その後は見向きもしない。「誰かなんとかしてくれないか」と嘆くのみ。そんな世の中が顕著になってきている。

私は若い頃から非組だったので、年配教師たちの「日の丸君が代論議」や「教え子を再び戦場に送らない」にどちらかというと閉口する側だったけれど、彼らの言う論理の在り方や熱量みたいなものは理解することができた。それは彼らの物言いが「具体」を持っていたからだ。しかしいまはどうだろう。政治も報道も職員会議も、各派の共通点と相違点を整理することもままならないほど曖昧に、ただなんとなく時間とともに霧消してゆく。新旧に対立などほんとうにあるのだろうか。世代論を基調とする議論を聞くたびにそう感じざるを得ない。「戦争で死んだ兵士」にも24年間の具体的な人生があった。私たち教師はそうした「具体的な人生」に一時だけ触れる、そんな職業である。抽象的で何が論点かわからないような分断ではなく、具体的な教師の一人として具体的な対立をしたいものだと切に思う。そこにしか未来志向の議論は生まれない。

ブッシュミルズ シングルモルト10年

ストレート ◎
  ロック 〇
ハイボール 〇

アイリッシュウイスキーの老舗。1608年に開設された世界最古の蒸留所とされる。漫画でもドラマでも「BAR レモン・ハート」では、少年時代の想い出を彷彿させる酒として描かれる。ドラマでは三浦浩一と宇納 佑がこれでもかと惹きつける演技を魅せる。香りも味も「麦麦」しい。ウイスキーが麦でできていることを腹の底から納得させられる、そんな味わいである。ショットグラスで香りを楽しみ、グイッグイッとふた口三口くらいで飲むのがおすすめ。ウイスキーのストレートを飲んだことがない方でもおいしいと感じられる飲みやすさ。

ブッシュミルズシングルモルト10年
堀裕嗣先生

<今回の執筆者のプロフィール>
ほり・ひろつぐ。1966年北海道湧別町生まれ。札幌市の公立中学校教諭。現在、「研究集団ことのは」代表、「教師力BRUSH-UPセミナー」顧問、「実践研究水輪」研究担当を務めつつ、「日本文学協会」「全国大学国語教育学会」「日本言語技術教育学会」などにも所属している。『スクールカーストの正体』(小学館)、『教師力ピラミッド』(明治図書出版)、『生徒指導10の原理 100の原則』(学事出版)ほか、著書多数。

バナー写真/写真AC

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