担任が1人ですべてを背負う時代から、みんなで力を合わせる時代へ【立ち位置を超えて~管理職・教諭で共創する新しい学校】

「あの先生、校長になって変わったね」。あなたも、そんな言葉を一度は聞いたことがあるのではないでしょうか。管理職と一般教諭は、まるで別の生き物であるかのように言われることもありますが、この違いは、ただ立ち位置が変わったことで、現場教員とは異なるレンズのメガネをかけ、見えるものが変わってしまったということです。教育現場の課題が大きくなっている昨今、管理職と教員の見える景色をお互いに共有し、より精度の高い景色を見て、力を合わせる時期が到来したと言えるのではないでしょうか。
執筆/教育コンサルタント 田畑栄一
目次
「ああ、この仕事をしていてよかった」
この原稿を書くにあたって、私は自宅の押し入れの奥から、古い段ボール箱を一つ引っぱり出しました。
そして自分の20代を思い出していました。
管理職に対して伝えたいことがあった。しかし、言えなかった。そんな時代が、私にもありました。
その記憶がよみがえり、当時の自分を確かめたくなったのです。
箱の中にあったのは、学級通信の束でした。30年あまり前のものです。私は大学を出て、最初に養護学校(いまの特別支援学校)に赴任しました。20代の私が毎週手書きで刷り、保護者に配っていた「たより」です。紙は茶色く焼け、鉛筆の字はかすれていましたが、それでも、そこに記した言葉は、はっきりと目に入ってきました。
「今日、ある女の子が初めて自分の手でスプーンを持ちました」
「ある男の子が、名前を呼ばれて初めて目を合わせてくれました」
「昨日まで教室に入れなかった子が、今朝は自分の足で扉をくぐりました」
一人ひとりの子の小さな一歩の記録です。当時の私が見ていたのは、その子の手元であり、表情のわずかな変化でした。遠くのことは、ほとんど目に入りません。目の前の子の一日を、そのまま追いかけていたのだと思います。
学校種は、違います。けれど、この手ざわりは、小学校の教室にも、きっと同じようにあるはずです。初めて逆上がりができた日の、まだ鉄棒のにおいの残る手のひら。九九を最後までつっかえずに言いきって、ふり向いた、あの誇らしげな顔。あきらめかけていた子が、ノートから顔を上げて「わかった」とつぶやいた、その瞬間。学年やハンディのあるなしを超えて、教師なら誰もが胸の奥にしまっている、「ああ、この仕事をしていてよかった」と思えるひとときです。教諭の目に映るのは、いつでも、そういう一歩なのだと思います。
「校長になって、変わった」は本当か
「あの先生、校長になって変わったね」
教員なら一度は聞く言葉でしょう。子ども思いだった先生が、管理職になったとたんに数字や段取りの話ばかりになる。あの熱は、どこへ行ったのか。少しさびしい響きを持つ言葉です。
この声を、私は他人事とは思えません。人が「変わってしまう」その仕組みが、痛いほど分かるからです。
変わるのは人ではなく、立ち位置です。担任から学年主任、教頭、校長へと席が上がるたびに、見なければならない景色が遠く、広くなります。教育委員会からの通達、地域との調整、予算、人事。学校という船を外海から守る仕事が、次々と机の上に積まれます。一人の子の表情に注いでいた目が、全体を見ざるを得なくなってしまうのです。
