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なぜ、管理職と教諭は、同じ学校が違った景色に見えるのだろう? ~スコープが違う、ということ~【立ち位置を超えて #2】

教育コンサルタント

田畑栄一
連載『立ち位置を超えて』バナー

「あの先生はよい担任だったのに、管理職になったら変わってしまった」。そんな話をよく耳にしませんか? 管理職と教員の間には、何か溝のようなものが生じてしまう。今回は、私が経験した6月のある1日の出来事を時系列で追いながら、その正体が何なのかを考えてみたいと思います。

校長は「全体最適」を、担任は「部分最適」を引き受けている

まず最初に、整理してみましょう。

校長の職務は、学校という組織全体の経営です。教育課程、安全、人事、予算、保護者、地域、教育委員会。判断の物差しは、いつも「学校全体にとって、最も良いか」。
経営の言葉で言えば、全体最適(組織全体にとっての最善)です。

一方、担任は、学級という小さな集団の経営者です。30数人の子どもたちの今日と明日に、責任を負っています。物差しは「この教室の、この子たちにとって、最も良いか」。
こちらは、部分最適(目の前の部分にとっての最善)です。

どちらも経営者ですが、スコープ(視野と責任の範囲)が異なります。見ている範囲、引き受けている範囲。その範囲そのものが、管理職と教諭では、構造的に違うのです。全体を最適にしようとする者と、部分を最適にしようとする者とでは、同じ出来事が、違う意味を持ちます。見える景色が違うのは、能力の差でも、熱意の差でもありません。スコープが違うのだから、違って当然なのです。

問題は、その「当然」を、双方が認識していない場合に生じます。
これは、私が体験した、ある1日の出来事を時刻順に並べたものです。担任の側の話は、私が聞き取った内容に基づきます。

午前7時50分。挨拶活動

  • [私のスコープ] 子どもたちが登校する際の、校門での挨拶運動を終え、机に戻ります。頭の中は、来週に迫った5年生の宿泊体験学習のことばかりです。
    バス会社への確認、教育委員会からの安全通達、天気予報。10日後の「全体」が、頭を占めています。
  • [担任のスコープ] 5年2組の教室では、担任が開いた連絡アプリに、Aさんの母親から、短い1行。「今朝、起きるのを嫌がりました」。たった12字の中に凝縮された母親の不安に胸がざわめきます。それは今、自分が抱えている悩み

午前8時20分。始業直前

  • [私のスコープ] 教頭から「5年生の班編成、まだ提出が来ていません」との報告。
    私は「教頭先生、5年の担任に、ピッチを上げるよう伝えてください」と伝えました。
    そのとき、小さく「コツコツ」と、開け放った校長室の扉を叩く音。3年生のBさんでした。登校しぶりがあり、校長室にランドセルを置いて、その都度必要なものを持って自分の教室に行きます。
    「Bさん、おはよう。来てくれて、うれしいよ」
    「今日は2時間目から、教室に行ってみるよ」
    ランドセルから1冊の本を取り出し、ページを開くBさんでした。
  • [担任のスコープ] 同じ頃、担任は宿泊学習の班名簿とにらめっこをしています。先ほど連絡アプリで母親が心配を訴えたAさんと同じ班に、AさんをからかったDさんがいるのです。
    ここで二人を離すと、Dさんは別の子に手を出すかもしれない。残せば、ただでさえ一緒にいる時間が長くなる宿泊学習で、何かが起きるかもしれない。決断の決め手を欠いたまま思いは巡り、名簿の1マスを埋めることが、どうしてもできません。
    …そこに、教頭から伝言が届いたのです。「校長が、ピッチを上げるように言っている」と。

午前10時35分。業間休み

  • [私のスコープ] 窓の下、校庭で子どもたちが遊んでいます。私の視線は、自然と「全体」を見渡します。怪我はないか。孤立している子はいないか。引っかかる景色はなく、私は安心して、自席に戻ります。
  • [担任のスコープ] そのころ、教室では、Aさんが机に突っ伏しています。誰とも話しません。以前は、休み時間が大好きで、友だちと楽しく過ごしていた子です。校庭の賑やかな歓声が窓から飛び込んでくる校長室からは、うつぶせたAさんの姿は決して見えません。

正午。給食

給食の輪の中。Aさんは、隣の子と短く言葉を交わしています。ほんの少しだけ、空気がほどけた瞬間を、担任は見逃しません。
「いまは、声をかけるより、見ていてあげる時間だ」。
このとき担任は、決めていたのです。
「今日のAさんを、最後まで見取ってから、名簿を出そう」
朝の様子だけで班を決めるには、悲観的になりすぎるかも知れない。
しかし、給食のときに一瞬だけ見せた明るい顔では、楽観に寄りすぎるだろう。
あともう少し、ギリギリまで見取ってから決めよう。
提出が遅れていたのは、怠慢ではなく、判断に足るだけの確証を得たかったからでした。
私の「ピッチを上げてください」は、その担任の決意を、知らぬ間に挫こうとしていたのです。

最大の問題は、情報の非対称性(互いの持つ情報の偏り)

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