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堀 裕嗣 の辛口時評 HOLY’s  Bar 一杯分だけ、話そうか。#4 「老害」と「若害」のレッドライン

連載
堀裕嗣&北海道アベンジャーズの シンクロ道徳の現在形
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堀 裕嗣 なら、ここまでやる!国語科の教材研究と授業デザイン
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北海道公立中学校教諭

堀 裕嗣

教育界随一の論客、堀 裕嗣先生による連載。教育というジャンルに留まらず、広い社会的、歴史的視野に基づく縦横無尽な論考をお届けします。毎回、最後のコラムでは、教育界有数の酒豪でもある筆者の「今、推しのお酒」も紹介します。第4回はイレギュラー公開の特別編。

執筆/堀 裕嗣(北海道公立中学校教諭)

1.そんなんなら役者なんかやめた方がいい!

ドラマの新しいクールが始まると、取り敢えず片っ端から「毎回録画」として登録することにしている。そして第一話をひと通り観て(一話全部を観ないことも少なくないが)、その中から最後まで観るドラマを2、3本選んで視聴することにしている。4~6月のクールもそうだった。結果的にこのクールは私は「時すでにおスシ!?」と「リボーン」と「銀河の一票」を面白く視聴した。このクールでは、3か月間、この3本が私のけっこうな楽しみとして機能していた。

そんなわけだから、今月に入ってずいぶんと話題になった佐藤二朗と橋本愛のドラマ「夫婦別姓刑事」も第一話だけは観た。いや、第一話を最後まで観たかどうか記憶が定かではない。ストーリーも記憶に残っていない。そのくらい私の興味を惹かなかった。しかし3か月後、このドラマが結果的にこんなにも話題になるとは……。私は7月を驚きをもって迎えた。

さて、私はこれから、このスキャンダルを題材に自分の考えたことを語ろうと思うが、あらかじめ読者に申し上げておきたいことは、私はこのスキャンダル自体に興味はない、ということである。出来事自体は表に出るほどのことはない、当事者同士で解決すればいい小さなことだと感じている。こんな小さなことを無理に脚色したタイトルで釣りを狙い、「週刊文春」もネタがないようだと嗤ってしまったほどである。

私がこれからに書くことを佐藤二朗に寄っていて、橋本愛側に批判的だと読む読者もいるだろうが、まあそりゃそうだ。私は「夫婦別姓刑事」第一話で橋本愛という女優を初めて知ったし、演技の下手な女優だな……とも感じた。そして3か月間、忘れていた。彼女は私という視聴者に何も残さなかったわけだ。

対して佐藤二朗にはそれほどこだわりはないとはいえ、どちらかと言えば好感を抱いている。とは言っても、彼の演技をそれほど観ているわけではない。私は渡瀬恒彦が好きだったので、かつて「土曜ワイド劇場」(だったと思う)でシリーズ放映されていた「タクシードライバーの推理日誌」という渡瀬主演のドラマで渡瀬の上司役をやっていたのを観ていたこと。もう一つは映画「爆弾」の犯人役で、取り調べ中の鬼気迫る演技に感心させられたこと。私の好感の所以はこの二つくらいである。

要するに、どちらの側にも「寄る」というほどの心証は持ち合わせていないわけだ。私がこのスキャンダルから感じ取ったのは、世代を越えてのコミュニケーション不全の顕著な例だなあ……ということである。もちろん、私が感じ取っただけで、ほんとうにそうなのかはわからない。それでもこれを書くのは、この連載の第1回でも取り上げた年長者と若者世代との「コミュニケーション不全」を語るのに良い題材だと思うからである。

それでは始めることにしよう。

このスキャンダルでは、佐藤二朗が橋本愛に「そんなんなら役者なんかやめた方がいい」と言ったと報道されている。フジテレビの調査によると、「深刻なハラスメント」とされているのは佐藤が橋本の顎に触れたという接触行為自体ではなく、この発言だとも言う。私はこれを聞いて即座に、ああ、佐藤二朗の言う「役者」という言葉と、橋本愛が受け取りショックを受けたという「役者」という言葉は、単語は確かに同じでもその意味が大きく異なるのではないか……と感じた。

2.そもそもどんな「役者」になるべきなの?

映画「爆弾」での取り調べのシーン。本腰を入れて観たわけではないので設定を詳しくは覚えていないのだが(私が観たのは暇な休日にネットフリックスで、しかもPC画面でベッドに横たわって、である)、確かホームレスかなんかの役で、佐藤二朗の顔がアップになるたびに薄汚れた歯が目立つというシーンだった。その社会の最下層の男が、取り調べを担当する若手刑事を嘲笑しつつ、時にはコミカルに、時にはシリアスに自分の言い分を述べていく。事件解決へのヒントを出し、解いてみろと若手刑事に迫る。そんな役柄だったと記憶している。興味のある方にはぜひ御覧いただきたい。けっこうな迫真の演技である。

この演技を観ながら、私が想起していたのは20世紀の名優ロバート・デ・ニーロだった。映画「ケープ・フィアー」(1991年)で凶悪な犯人を演じるために高額を払って歯医者で歯並びを悪くする手術を受け、歯の色も汚れさせたという逸話が残っている。映画撮影後は元に戻すためにこれまた高額を支払ったとも言う。もちろん現在のメイクの技術から言って、佐藤二朗はそんなことはしていないだろうが、彼があの役を演じるにあたってはデ・ニーロのこのエピソードが頭にあっただろうと想像する。佐藤は現在57歳。役者をやっていて、このエピソードを知らないとは考えにくい。

ロバート・デ・ニーロは役柄への徹底したこだわりを持つことで知られ、その役柄に近づくための接近方法は次第に「デ・ニーロ・アプローチ」と呼ばれるようになる。他にも逸話が数多くある。映画「ゴッドファーザーpartⅡ」(1974年)では、撮影前に数か月にわたってシチリア島に住み、シチリア訛りのイタリア語をマスター。若い頃のマーロン・ブランドの役だったので、マーロン・ブランドの仕草の癖やしゃがれた声をほぼ完璧に模倣したと言われている。この演技でアカデミー賞の助演男優賞を受賞した。また、「タクシー・ドライバー」(1976年)では、撮影前の3週間、ニューヨークで実際にタクシー・ドライバーとして働いたという経緯がある。「レイジング・ブル」(1980年)では、実在したボクサージェイク・ラモッタの鍛え抜かれた肉体を再現するとともに、引退後の姿を表現するためにその後20㎏太ったと言われる。この手の体重の増減はデ・ニーロにおいては頻繁に行われており、最も体重の軽かった「ラスト・タイクーン」(1976年)と最も体重の重かった「エンゼル・ハート」(1987年)との体重差は40㎏と言われる。

「キング・オブ・コメディ」(1983年)では、主人公のコメディアンロバート・パプキンを好演。松田優作に「この映画を見る前までは手の届く存在だと思っていたが、これを見て脱帽した。」と言わしめた(ペントハウス誌のインタビュー)。また、「レナードの朝」(1990)ではパーキンソン病患者の特異な動きを完璧に模倣。その裏にある努力を思うと、もう「化け物」としか言い様のないような演技を見せた(個人的にはぜひとも皆さんに観ていただきたい映画である)。

さて、佐藤二朗が「そんなんなら役者なんかやめた方がいい」と言うとき、その「役者」という言葉の意味は、その極限に「デ・ニーロ・アプローチ」があるような、或いはそれが目指されるような「役者」の世界観が想定されていたように思うのだ。57歳の男優、しかも役柄に接近していくタイプの役者である佐藤には、こうした世界観が色濃くあって不思議はない。しかし、おそらく30歳の女優橋本愛には、21世紀になって次々に明るみに出たハリウッド映画界のセクハラ・パワハラ告発を受けての、ガイドラインの制定やインティマシー・コーディネーター(性的描写を伴う撮影の際、俳優の人権や安全を守るために立ち会う専門家)の存在する世界が前提となっているはずである。要するに、「Me Too運動」以降の世代であるわけだ。とすれば、27歳も年長のベテラン俳優に「そんなんなら役者なんかやめた方がいい」と言われることが大きなショックであろうことは容易に想像されるし、「なんでそんなことを言われなくてはならないのか」と怒りを覚えることも大いにあり得ることである。

3.「幸せ」を感じさせるほどの役者に…

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