堀 裕嗣✕宇野弘恵 キャッチボール連載 独自開発教材でつくる 渾身の「三つ星道徳授業」#4「主文 被告人を懲役…年に処す」by 堀 裕嗣

魅力的なオリジナル教材を続々と開発し、最先端の道徳授業実践を蓄積し続ける堀先生と宇野先生が交互にそれぞれの自信作を公開。さらには相手の教材開発と授業づくりについて解説し合う連載です。イメージしながら読むだけで感情と思考が大きく揺さぶられる名作揃いです。
執筆/堀 裕嗣(北海道公立中学校教諭)・解説/宇野弘恵(北海道公立小学校教諭)
目次
1.授業の実際
「主文 被告人を懲役…年に処す」/B 相互理解・寛容/対象学年:中学校3年生
1)裁判員になってみよう
皆さんは「裁判員制度」を知っていますね。正確には「裁判員の参加する刑事裁判に関する法律」という法律で定められています。2004年5月に成立、2009年5月に施行されました。当時は国を挙げてずいぶんと話題になり、議論にもなったものです。
裁判員制度はWikipediaによれば、次のように説明されています。
裁判員制度は、日本に約1億人いる衆議院議員選挙の有権者(市民)から無作為に選ばれた裁判員が裁判官とともに裁判を行う制度で、国民の司法参加により市民が持つ日常感覚や常識といったものを裁判に反映するとともに、司法に対する国民の理解の増進とその信頼の向上を図ることが目的とされている。
いろいろ書いてありますが、要するに「裁判員制度」の目的は二つです。
① 国民の一般感覚を判決(有罪・無罪の判断・有罪の場合には量刑)に反映すること
② とかく国民から遠いと言われる裁判に参加することで司法を身近なものにすること
今日はこの二つの目的に沿う形で皆さんに「裁判員」になってもらいます。
2)有罪ですか?無罪ですか?
これから皆さんに考えてもらおうとしているのは、2015年2月に実際に起こった事件です。「裁判員裁判」は重大な犯罪に対する裁判でのみ行われる制度ですから、今回は殺人事件を題材とします。
では、事件の概要を説明しましょう。
2015年2月2日のことです。東京都中央区新川にあるマンションで血だらけの男性が見つかりました。その後死亡が確認され、警視庁は殺人事件で、20代の女性を逮捕しました。
殺人容疑で逮捕されたのは、同マンションに住む無職・安達まりな容疑者(仮名)、28歳です。発表によると、安達まりな容疑者は、現場マンションで同居する交際相手の男性(48歳)を、刃物で刺したうえで金属バットで殴って殺害したということです。安達容疑者から連絡を受けて現場を訪れた元同僚の男性が110番通報し、事件が発覚しました。亡くなった男性と安達まりな容疑者は交際し同居していたということですが、男性から別れ話をもちだされ、その話がもつれたということです。
室内からは、凶器に使われたとみられる血の付いた金属バットや包丁などが見つかり、警察での取り調べに対して安達まりな容疑者は「私がやったことに間違いありません。最近、別れ話をされていた。殴ったり刺したりした」「別れるくらいなら殺すしかなかった」「殺そうと思って、刃物と金属バットを買いに行った」などと供述し、容疑を認めているということです。
これをスライドを用いて説明した後、「さて、有罪ですか? 無罪ですか?」と問う。
これについては、もちろん生徒たちは全員一致で「有罪」であると言う。容疑者が容疑を認めており、証拠も複数挙がっているわけだから、有罪・無罪が争われることはない。問題は量刑である。本来の「裁判」では検察側からの求刑があり、そのうえで裁判員の判断があるわけだが、今回は生徒たちの感覚で考えてもらいたいので求刑については扱わないこととした。
3)量刑はどのくらい?
では、量刑はどのくらいが妥当だと思いますか?
量刑には
① 死刑
② 無期懲役
③ 懲役○年
の三種類があります。有期懲役刑を選ぶ場合には何年とするのが良いのか、ズバリ〇年と、数字も書いてください。もちろん理由とともに書いてくださいね。理由はメモ程度、箇条書きで構いません。一般の裁判では裁判官が判例を説明しますが、今回は皆さんの感覚で答えてほしいので、それは考えないことにします。
周りと相談しないで、自分の感覚で答えてくたさい。では、どうぞ。
生徒たちは事が「殺人」なので、一般感覚と比べて割と厳しめに判断する場合が多い。40人学級なら3~5人は「死刑」を選択する。また、8~10人程度は無期懲役を選択することが多い。有期懲役も20年以上にする生徒が多く、判例に対する知識がないとはいえ、中学生の「人を殺す」ということに対する感覚を垣間見るようだった。裁判員制度が始まって以来、厳罰化の傾向が強まっているわけだが、やはり中学生は時代の風を真正面から吸い込んでいるのだろうと感じた次第である。
①死刑、②無期懲役、③懲役25年以上、④懲役21~25年、⑤懲役16~20年、⑥懲役11~15年、⑦懲役10年以下と分けて、学級全体の分布を取って全体で確認する。その後、グループでどのくらいの量刑が妥当なのかを話し合うことを指示した。実際の裁判員は6人だが、6人では発言機会が減ってしまうので授業では4人グループとした。ここではそれぞれの感覚を共有し、どのような論理で量刑を決めのかという構えをつくることに主眼があるので、特に細かい指示はしない。5分程度の交流で各グループに量刑だけを発表させる。これまで10学級で授業にかけたが、大抵の場合、どの学級でも「死刑」はこの時点で消えることが多い。
4)論点を整理してみよう
さて、裁判の論点を整理します。この事件は実際に起こった事件ですから、実際に裁判も行われています。その実際の裁判において論点となった事柄をここに挙げてみます。
① 二人は48歳と28歳という年の差が20もあるいわゆる「年の差カップル」です。二人の関係において、主導権は圧倒的に男性側にあったと考えられます。要するに安達まりな容疑者としては逆らいづらかったということですね。
② 安達まりな容疑者は事件当時無職。要するに経済的に男性に依存する関係でした。男性と別れたら食べていけなくなると感じたかもしれません。
③ 二人は元銀座のクラブの従業員とホステスでした。職場で知り合って付き合い始めたわけですね。
④ 「別れるくらいなら殺そうと思った」という短絡的な動機が語られています。ただこれだけではただの感情的な女性という話になってしまいますから、安達容疑者が男性になんと言われたのかを確認しておきましょう。
安達容疑者によると、男性は安達容疑者にこんなふうに言いました。
「お前にもう愛情はない。あるのは情けだけだ。空気のようにしていろ」
安達まりな容疑者はこの発言に憤ったと供述しています。
⑤ 安達容疑者はこの台詞を言われて殺意を抱きます。その後、金属バットと包丁を買いに出かけています。要するに、殺意を抱いてから凶器を買いに行き、それを使って殺害しているわけです。一般的に考えて、ある種の計画性のようなものが読み取れます。
以上の論点を提示したうえで、再び量刑を個々人に判断させる。その後、グループでもう一度話し合う。生徒たちには殺意を抱いてから凶器を買いに行っていることを重く見る者と、男性の台詞がひどすぎると安達容疑者に同情する者とに分かれる。それがここでの議論を白熱させる。ただし、グループの判断としては、最初の判断とそれほど違わない判断が示されることが多い。「お前にもう愛情はない。あるのは情けだけだ。空気のようにしていろ」という男性の台詞で1~3年程度量刑が短くなるというグループが出る程度である。
5)証人の証言を聞いてみよう
では、3人の証人の証言と弁護士の意見陳述を見てみましょう。
【証人1】
はい。私は銀座で現役ホステスだった彼女と同じビルで働いていた者です。話したこともありますが完全に「オトコ」ですよ。身長が180センチもあって。それに身長が高い以前に骨格が男性で声も低かったですし。性格的にも問題がありました。同じ店で働いてた女の子がそういうお薬を処方されてるのを見たと言っていたので、性転換してるんじゃないでしょうか。
【証人2】
はい。ある店で同僚でした。彼女、高級店を転々としていました。でも、試用期間の1、2か月で辞めさせられちゃうんです。指名も取れないし、お客さん扱いがうまいタイプでもないし。身長が180センチ近くあって、ごつい印象なんです。喉仏も出ているから「男なんじゃないか」と思われることもありました。
そんななか唯一、1年くらい続いた店の幹部社員だったのが、Aさんでした。彼はとても面倒見がよかったから、情が移っちゃったのかなぁと感じていました。安達容疑者が頼れたのはAさんだけだったんじゃないかなあ、と思います。
【弁護人】
安達被告は元男性で、20歳のときにタイで性転換手術を受け女性になりました。現在は戸籍も女性です。 幼少時から性別に悩み、親から「男らしくしろ」と怒られていたことや、仕事が長続きせず友人ができない苦しさを抱えていました。
性同一性障害のほか、知的障害、広汎性発達障害と三つの障害があり、事情を酌むべきだと考え、情状酌量を求めます。広汎性発達障害の影響で、被告にはコミュニケーション能力の欠如、興味のあるものだけに執着、考えの軌道修正が苦手といった特徴があったと思われます。
【証人3】
はい。安達さんの実家と同じマンション(福岡にある安達被告の実家のマンション)に住んでいます。
あのお宅は、背の高い息子さんと同じくらい背の高い娘さんの4人家族だと思っていました。ただ、お子さん二人が一緒のところを見たことはありません。息子さんはエレベーターには絶対一緒には乗りませんでした。自分でボタンを押しておきながら、同乗者が来ると家の中に引っ込んでしまう。そういうことが何度もありました。それは、美人の娘さんも同じでした。
中学校1年生から高校3年生まで不登校で、ほとんど外に出ることはありませんでした。引きこもったのはいじめが原因だと近所ではなんとなく噂になっていました。
以上が証人3人と弁護人の陳述として挙げたものである。裁判の情報やネット上の証言から私が創作したものなので、実際の事件とは無関係である。ただ弁護人がこれに非常に近いことを述べていたのは事実だ。
さて、安達まりな容疑者はもともと男性で性同一性障害、性転換手術を受けています。また、知的障害や広汎性発達障害の影響もあり、凶器を買いに行った時間があったにもかかわらず殺人を思いとどまらなかったのにもその影響があると考えられます。
さあ、もう一度、量刑を考えてもらいます。量刑は懲役何年が相当ですか?
三度目の量刑発問である。これまで同様、個人で考えたうえで4人で話し合う。これまで行ってきた授業では、ここで大幅に減刑するグループが多くなる。これもまた一般感覚なのだろう。
いずれにしても、ここまでは生徒たちも安達まりな容疑者の犯罪をどう裁くべきかという第三者視点に夢中になっている。裁判員裁判を模したこのやりとりが生徒たちを夢中にさせる仕掛けとして機能しているわけだ。
6)実際の判決は?
何度も言いますが、これは実際に起こった事件をもとにした話です。ですから、実はほんとうに裁判が行われ、判決も出ています。
検察側は「インターネットで殺害方法を検索するなど計画的で、殺意が強く、動機は自己中心的で身勝手」と指摘し、懲役18年を求刑しました。被告人質問で安達容疑者は「初めは幸せだったが、『もう愛情はない。残っているのは情けだ。空気のようにしていろ』と言われ、殺しちゃおうという気持ちになった」と述べました。
裁判長は被告にもわかりやすいように3回も主文を繰り返してかみ砕き、懲役16年を言い渡しました。「安達被告の広汎性発達障害や知的障害はごく限定的で、刑を減じる事情として考慮できないが、被告人には前科はなく罪も認めており、復帰後には父親のサポートも期待できる」と判決理由を述べたのでした。
これが実際に下された判決です。安達まりなは現在、受刑者となり刑に服しています。
7)私たちにできることは?
さて、安達受刑者が事件を起こす15年前。安達受刑者は28歳で事件を起こしていますから、15年前は中学1年生です。彼女がまだ男子中学生として学校に通い、いじめられ、不登校になったとされている年のことです。
この15年前、中学1年のときに、皆さんが彼女と同じクラスだったとしましょう。そして先生がその学級の担任だったとしましょう。私たちにはこの事件に対して、まったく責任はないのでしょうか。もちろん、法的には責任を追及されることはないでしょう。でも、『ああ、安達って子、いたよねえ』と笑っていていいものでは決してないと思うのです。私たちには彼女に何かしてあげられること、しなければならなかったこと、そして、決してしてはいけなかったこと、があったのではないでしょうか。
これからこのことをじっくりと考え、話し合っていきます。
まずは、中学1年生のとき、安達受刑者が不登校になる以前、いったいどんなことが起こっていたと想像できますか?みなさんの経験を踏まえて、具体的に想像してみましょう。性同一性障害があり、知的障害があり、広汎性発達障害で考えを修正するのが苦手……という男の子がクラスにいるのです。さあ、どんなことが起こるでしょうか。箇条書きしてみましょう。
生徒たちはどんなことを書き、どんな発言をしたか。もちろん多くが、「差別」を中心としたいじめ事案の像を思い浮かべるわけだ。私としても活字にするのには抵抗があるのでここには書かないが、ただ読者の皆さんがおそらく想像したであろうことと同じことを生徒たちも想像した。そしてそれを4人で交流する。
さあ、私たちは彼女に対して、何をしてあげられ、何をしなければならなかったのでしょうか。そして何をしてはいけなかったのでしょうか。グループで話し合ってください。
2.この授業をつくるにあたって
既にひと昔前ともいえるある日のことである。
私は中島みゆきのある曲を題材に道徳授業をつくろうとしていた。中島みゆきの情念的な歌だけでは題材が足りないと思った私は、ネットで検索し、女性による情念故の犯罪を探していた。その際に見つけたのがこの事件のニュースだった。
私はこの犯人の女性が気の毒でならなかった。気の毒というよりは「かわいそうでならなかった」と言った方が実感に近いかもしれない。確かにやったことは許されるべきことではない。しかし、こうならないための分岐点は、彼女の人生に幾度もあったはずなのである。しかもその分岐点は悉く悪い方に向かったのだろうと思われる。しかもこの事件とは関係のない(とされる)、彼女の青春期に彼女にかかわった多くの人たちによって。そんなことが想像されたわけだ。
私はその後、数時間でこの授業をつくってしまった。想いを強く抱く題材に出会うと、授業というものは簡単にできてしまうものだ。私にとってこの授業はその典型となったわけである。
実はこの授業には、1時間Versionと2時間Versionとがある。本稿で紹介した授業は1時間Versionであるが、2時間Versionでは、最後の問い(1-7)でワールドカフェを行う展開となる。以下に授業で用いたスライドを上げておくので参考にしていただきたい。ファシリテーションに興味のある方なら展開が想像できるものと思う。
スライド1

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スライド2

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スライド3

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スライド4

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スライド5

