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ある吃音の子どもとみんなの学校のこと~いま考えたい、障がいの医学モデルと社会モデル~

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大切なあなたへ花束を
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元大阪市公立小学校校長 みんなの学校マイスター

宮岡愛子
大切なあなたへ花束を
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近年、障がい者の社会における共生を考えるとき、障がいを医学モデルと社会モデルで考えることが当たり前となってきています。障がいを個人が抱える医学的問題だと考えるのが医学モデルであり、障害による困難を感じさせてしまう社会の制度や仕組みに問題があるのではないか、と考えるのが社会モデルです。
子どもたちの通う学校においては、それが小さな社会である以上、障がいの社会的モデルとしての対応が必要なのではないでしょうか。今回は、そんなお話をしたいと思います。

【連載】大切なあなたへ花束を #30

執筆/みんなの学校マイスター・宮岡愛子

吃音の剛(つよし)の思い出

私がとある小学校に赴任したときのことです。
4年生に吃音の子どもがいました。剛(つよし・仮名)です。

剛は朗らかで身体が大きく、存在感のある子どもでした。
毎朝、剛のお父さんは仕事に行きがてら、集団登校する子どもたちに混ざって、剛やその妹と一緒に学校まで来ていました。正門で子どもたちに挨拶をする私は、言葉に詰まりながらも、お父さんと楽しげにやりとりしている剛の姿を毎朝見るのが楽しみでした。

ただ、学校の中では、当時の剛は、あまり目立つタイプの子どもではありませんでした。なぜなら剛は、その吃音ゆえに支援が必要と判断され、特別支援学級に在籍していたのです。

ある日のことです。校内を見回っているとき、特別支援教室で剛が担当の先生と国語の音読をしている場面に行き当たりました。
先生が読んで、その後に続いて剛が読む。その繰り返しを延々としているのでした。
何度やっても、短く区切っても、同じ音を繰り返してしまったり(連発)、あるいは次の言葉を発するまでに時間がかかったり(難発)していました。
剛はそれでも、辛抱強く、一生懸命に先生についていきます。気持ちを押し殺しているのが見て取れます。

傍観している私も、だんだんとしんどくなってきました。
「これは本当に剛のためなのか」とも思いました。
吃音には未だ明確な治療方法が確立されていませんが、言語訓練は医学的に見て、有効なアプローチの1つであると言われています。先生は少しでも剛がスムーズに音読ができるように、という思いでやっているのでしょう。
でも、それが逆に剛を追い詰めているように感じました。毎朝校門で、父親や妹の前で見せている、あの明るい剛はどこにもいなかったからです。

剛が、
「できへん」
「いやや」
と言えたらよかったのです。でも剛は、先生から言われたらそれを聞いてしまう素直な子どもでした。

剛は、特別支援学級を卒業したと思っています

次の年、剛が5年生になったときのことです。
その学校に赴任してから2年目になった私は、特別支援学級をなくして、みんなが教室で学ぶことを当たり前にしました。
剛も、特別支援教室でマンツーマンで音読の学習をするという時間はなくなりました。
剛は吃音以外にはとくに配慮を要することがなかったので、ずっと通常の教室にいるようになりました。

するとどうでしょう。剛は、みんなと一緒にいるときは、伸び伸びと交流しているのです。言葉につまりながらも、自分の言いたいことを友だちにしゃべり、友だちもそれを自然と受け入れていました。
吃音があるから気にしてしゃべらない、ということはなかったのです。

あれほどしかつめらしく音読指導をうけていたのに、剛はみんなと一緒になると、授業中にも見違えるように明るく積極的になりました。
授業中のどんな発問にも答える様子が見られるようになったのです。

授業に来たゲストティーチャーは、吃音があることを知らずに手を挙げた剛を当てます。
当てられた剛は、笑顔で答えようとするのですが、もちろんスムーズに伝えることはできません。
けれども、どんな場面でも周りの子どもたちは、ずっと剛が言い終わるのを待っていました。
クラス担当やゲストティーチャーは剛の意図を汲み取って、言葉を補うことがありましたが、子どもたちはずっと、剛がしゃべり終わるのを待ってくれていました。

そんな変化がうれしかった私は、クラス担当に、
「なあなあ、剛は、特別支援学級に4年生まで行っていたやん。せやのに、5年生から行かなくなったやん。どう思っているのやろ?」
と聞いたことがあります。
そしたらクラス担当は、
「剛は、特別支援学級を卒業したと思っています。だから、自分は特別支援学級で学ぶことはなくなり、いつも一緒にいる学級で学ぶことができるようになったと思っています」
と答えてくれました。
そうなんや!
それを聞いて、なんだかとってもうれしくなりました。

学校では、障がいは「社会モデル」の課題

あっという間に6年生になり、そして剛は卒業式を迎えることになりました。
ステージの上の剛は、何度も言葉に詰まりながらも、最後のメッセージを伝えることができました。
ほっとしました。

そんな剛の姿を見ていた地域の方が、式の後に私に声をかけてくださいました。
「実は僕も吃音があったのです」
と。
思いがけない言葉に驚きました。どうして、わざわざ伝えてくださったのでしょう。
お話を伺ってみると、剛がステージ上で一生懸命に自分の思いを伝えている姿に、過去の自分を重ね合わせ、何か剛の力になっていきたいと思われたのだそうです。
学校という社会の変化が剛を変え、そして変わった剛によって、学校の外の社会が変わろうとしています。

近年、障がいの「医学モデル」と「社会モデル」ということが言われるようになりました。
医学モデルは障がいを個人の身体的・心身機能の問題と捉え、治療やリハビリによる改善を目指します。
一方で社会モデルは、障がいを社会の問題として捉えます。障がいや生活のしづらさは本人の心身機能の問題ではなく、社会の環境やシステムの未成熟・未発達によって引き起こされている、という考え方です。

イラスト/フジコ


宮岡愛子(みやおか・あいこ)
みんなの学校マイスター
令和7年度あかし教育研修センタースーパーバイザー。社会教育士。私立の小学校教員として教職をスタートするが、後に大阪市の教員となり、38年間務める。教員時代に木村泰子氏と出会い、その後、木村氏の「みんなの学校」に学ぶ。大阪市小学校の校長としての9年間は「すべての子どもの学習権を保障する」学校づくりに取り組んだ。現在は、「みんなの学校マイスター」として活動している。


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