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紙教材 vs デジタル教材、本当に学力が伸びるのはどっち? AI時代の教育を考える~ディストピア化する学校 「教育改革」という善意の裏に潜むリスクとは~

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ディストピア化する学校~教育改革という「善意」の裏に潜むリスクとは~
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岡田芳樹

いま、世の中はAIの普及により、効率化が加速度的に進んでいます。そして教育界こそ、その恩恵をもっとも受けている分野と言っても過言ではないでしょう。ついに個別最適な学びが実現可能となり、求めればどこまでも広くそして深く、探求していくことができるようになりました。
AIによって開かれた、新たな学びの地平。しかしそこには、ただ美しい風景ばかりが広がっているわけではないようです。今回は、学びの高効率化によって見えてきた現代的な課題について考えていきたいと思います。


執筆/株式会社電通総研 研究員・元横浜市公立小学校教諭
岡田芳樹

~ディストピア化する学校「教育改革」という善意の裏に潜むリスクとは~

GIGAスクール構想で激変する学校教育――それでも紙は必要なのか?

GIGAスクール構想によって、1人1台端末が全国の学校に整備され、電子教科書やデジタル教材は急速に普及しました。さらに生成AIの登場により、子どもたちは分からないことを瞬時に調べ、答えを得られる、なんとも贅沢かつ斬新な時代を迎えています。

2026年6月より世田谷区全61小学校においては、企業と連携してオンライン英会話サービスを開始しました。英会話講師と1対1で学習するそのスタイルは、まさにデジタル端末を活かした新たな学習風景であり、学校と企業が連携した理想の姿なのかもしれません。

海外に目を向けると、中国では「AI家庭教師」が人気を博しています。こちらは家庭学習ですが、日本以上に受験戦争が熾烈な中国では、保護者が多少高い出費もいとわず、AI搭載のタブレット型学習端末の購入にいそしんでいるようです。

この話題になると必ずと言ってよいほど登場するのが「紙は時代遅れではないか?」「いや、紙は必要だ」という「紙教材 vs デジタル教材」論争です。実際、デジタル教材には、個別最適な学習や学習履歴の蓄積、動画や音声を用いた理解促進など、紙にはない利点が確かにあります。文部科学省もICTを教育改革の柱の一つとして位置付け、学校現場ではデジタル化が着実に進んでおり、前回のコラムでも述べたように、新しい技術を教育から切り離して考えることは、もはや現実的ではありません。インターネットというテクノロジーが時代を変えたように、AIというテクノロジーが時代を変えている今、教育現場もAIから目を背けるわけにはいかないのです。

デジタル一択でよいのか?――教育現場が見落としがちな視点

新たなテクノロジーが時代ごとに受け入れられてきたのは、究極的には「便利と効率」のためです。そして、それらが時代のゲームチェンジャーになってきたのも紛れもない事実であり、それは歴史が証明しています。

しかし、肝心の教育に関しては、目的が「便利になること」ではないのです。目的は、子どもが自ら考え、問いを立て、生涯にわたって学び続ける力を育てることです。もしデジタル化が、その営みを弱めるのであれば、それは教育の進歩でも何でもなく、むしろ教育ディストピアへの入り口になるのではないでしょうか。今回は国内外の研究を手掛かりに、「紙」と「デジタル」の本当の役割について考えてみたいと思います。

「紙は昔のもの」「デジタルが未来」という単純な構図で語られがちですが、研究の世界ではそう簡単な結論には至っていないのが現状です。例えば、ノルウェーの教育研究者アン・マンゲンらは、中学生を対象とした実験で、紙で文章を読んだ生徒の方が、デジタル端末で読んだ生徒よりも物語全体の流れや構造を正確に理解していたことを報告しています。

さらにバレンシア大学(スペイン)のパブロ・デルガドらが50本以上の研究を統合したメタ分析においては「長い文章に関しては、紙の方が読解成績は高い」という傾向が示されています。

近年ではクリントンによるメタ分析でも同様の結果が報告されており、「紙の優位性」は一つの研究だけではなく、多くの研究で共通して確認されている現象です。

なぜ、このような結果になるのでしょうか。理由の一つは、紙には「空間的な記憶」が働くためです。私たちは本を読むとき、「あの図は左ページの上だった」「重要な文章は最後の方に書いてあった」と位置情報も一緒に記憶しています(たとえ、それが明確ではなくても)。ページをめくるという身体的な行為そのものが、実は内容理解の促進に一役買っているのです。

また、紙には自由に書き込みができます。線を引き、余白に疑問を書き、ページを何度も行き来する。このような行為は、一見すると非効率ですが、教育心理学では深い理解を促す重要な学習過程だと考えられています。

主体的・対話的で深い学びを実現するためには、知識を受け取るだけではなく、自分自身で整理し、意味づける活動が重要です。知識は「与えられるもの」ではなく、「構成するもの」だからです。ただ情報(知識)があっても、意思決定に資する情報(インテリジェンス)には繋がらないのと同じですね。つまり紙教材は、単に昔から使われている教材というだけでなく、「考える時間」をつくる教材でもあり、AI時代において人間にとても大切な時間を生み出すものでもあるのです。

動画・AI・個別最適化…デジタル教材が持つ圧倒的な強み

一方で、紙だけで未来の教育を語ることもできません。デジタル教材が教育にもたらした恩恵は極めて大きいからです。

OECDは、ICTの適切な活用によって、一人ひとりの理解度に応じた個別最適な学習が実現しやすくなると指摘しています。また、日本でもGIGAスクール構想以降、授業中に動画やシミュレーション教材を活用する学校が急速に増えました。

例えば理科。火山の噴火や天体の動きは、紙の写真だけでは理解しにくかった経験はありませんか? デジタル教材であれば、三次元映像やアニメーションによって現象を直感的に理解できます。

英語教育でも同様です。発音をその場で確認し、AIがフィードバックを返す学習は、紙だけでは実現できません。さらに、ベネッセ教育総合研究所の調査では、自分の理解度に応じて学習を進められることや、すぐに解説へ戻れることが、子どもの学習意欲につながる可能性も示されています。

障害のある子どもにとっても、文字拡大や読み上げ機能など、デジタル教材だからこそ実現できる合理的配慮があります。

つまり、「理解すること、繰り返し学習すること、一人ひとりに合わせること」――この三点において、デジタル教材は紙を凌駕します。だから私は、「紙だけで教育を行うべきだ」と主張したいわけではありません。問題は、教育が「効率」という価値だけでデジタルへ振り切ってしまうことにあります。

イラストAC

AI時代に最も重要な「問いを立てる力」はどう育つのか?


執筆者:岡田芳樹(おかだ・よしき)
1986年、東京都生まれ。慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科修了。新卒で政策シンクタンク勤務を経て、横浜市の小学校教諭として7年間勤務。現在株式会社電通総研にて研究員を務める。同時に慶應義塾大学SDM研究所の研究員、大学院のゲスト講師、『週刊教育資料』のコラムニストを担う(「バーンアウト防止に必要なデータによる感情管理」「安易なウェルビーイング教育は感情の資本化を促進する」など)。研究テーマは感情社会学、教育社会学、戦略(コミュニケーションやインテリジェンス)研究など。


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