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大前進した、文科省が示した新たなカスハラ対策。そのメリットと問題点を読み解く~ディストピア化する学校「教育改革」という善意の裏に潜むリスクとは~

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ディストピア化する学校~教育改革という「善意」の裏に潜むリスクとは~
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岡田芳樹

文部科学省は2026年8月、学校におけるカスタマーハラスメントへの対応を示しました。長時間に及ぶ電話、暴言、教職員への執拗な要求、クラス替えや担任変更など、これまで学校が「保護者対応」として引き受けてきた行為については、今後学校側が一定の線引きを行う方針が明確になってきました。
このガイドラインは、教員・保護者・管理職・そして自治体という広範な対象に向けてのものですので、少々長く複雑です。そこで教員を対象としてこの文書を受け止め、メリットと課題点について考えていきたいと思います。

執筆/株式会社電通総研 研究員・元横浜市公立小学校教諭
岡田芳樹

~ディストピア化する学校「教育改革」という善意の裏に潜むリスクとは~

新しいガイドラインで示されたカスハラ対策とは

2026年8月、文部科学省から学校におけるカスタマーハラスメント(カスハラ)への対応ガイドラインが示されました。しかし、「現場で具体的に何が変わるの? 何ができるようになったの?」ということがなかなかわかりにくいです。
そこで、先生方がカスハラから身を守るためにできるようになったことをわかりやすく整理すると、以下のようになります。

1. 学校に寄せられる要望のすべてに応じ続ける必要はない
「仲の良い友だちと同じクラスにしてほしい」「あの先生を担任にしないでほしい」といった要求が典型的ですが、学校は保護者の個別の要求すべてに応じ続ける必要はないという方針が示されました。学級経営・学校経営の視点と保護者の個人的な要求の視点は、相容れないことが多いです。クラス編成は保護者サービスではなく学校経営の根幹であり、特定の家庭の要望を無条件に受け入れることは適切ではないと明確に位置付けられています。

2. 長時間の電話や執拗なクレームは「打ち切る」「代わる」ことができる
「担任だから最後まで対応しなければ」と一人で抱え込む必要はなくなりました。具体的には以下のような対応が正当な手立てとして認められています。

  • 記録を残す: 相手に断りを入れた上で、やり取りを録音することも認められています。
  • 時間を区切る・打ち切る: 一定の時間を超える長時間の電話や、同じ説明を執拗に求められる場合は、電話を切ったり退室を求めたりして対応を終了させることができます。
  • 担当者を替える・複数人で対応する: 教員個人への攻撃が始まった段階などで、自分一人での対応をやめ、管理職に引き継いだり複数人で対応したりすることが可能です。

3. 悪質なケースには「文書対応」や「専門家の介入」へ移行できる
暴言や執拗な要求など、特に悪質なケースに対しては、電話や対面での対応をやめ、メールなど「文書でのやり取り」に切り替えることや、学校への出入りを禁じる措置が取れるようになりました。また、スクールロイヤー(弁護士)や警察などの外部機関に頼ることも明記されています。

ガイドラインが機能するためには?

ガイドラインでは、これまで「丁寧な対応」という名の下に先生個人の犠牲で成り立っていた部分に、組織として明確に線を引けるようになったのが大きな進歩です。決して一人で抱え込まず、新しいルールを盾として活用していきましょう。

最近、企業組織を対象にした興味深い本が出版されました。林宏昌氏の『上司はリスクばかりを指摘する 会社を潰す「大課長」問題』です。林氏は、上位職に就いても、現場の細かな問題やトラブル処理に意識を奪われ、戦略や組織づくりに十分に向き合えない管理職を「大課長」と呼んでいます。紹介されている調査では、その出現率は53.9%に達しています。

もちろん、この研究対象は企業であり、学校管理職を直接調査したものではありません。しかし、学校現場にも非常に似た問題を感じることがあります。何か新しいことを始めようとすると、「問題が起きたらどうするのか」と聞かれます。保護者への対応についても、「教育委員会に苦情が入ったら困る」「話が大きくならない方がいい」と考え、とにかく問題を表面化させない方向へ判断が傾くことがあります。これは多くの現場の教師が身をもって体験していることではないでしょうか。

リスクを考えること自体は、管理職として当然です。問題なのは、リスクを減らすことが学校経営の目的になってしまうこと、そして子供たちでも教師でもなく、保護者ファーストになってしまうことです。カスハラ対策を本当に機能させるには、ここを変えなければなりません。

Firefly

不必要な消耗から担任を解放しよう

文部科学省によると、2024年度に精神疾患によって休職した公立学校の教育職員は7,087人。この数字をすべてカスハラと結びつけることはできませんが、保護者対応が教師の心理的負担になることは、国内外の研究でも以前から指摘されています。また、教師が組織から支援を得られるかどうかが、教師の燃え尽き症候群(バーンアウト)と関係することも示されています。

これまで学校では、「担任が最後まで対応すること」という論理が使われがちでした。ところが、電話を何時間受けるのか、何回同じ説明をするのか、どの段階で管理職に交代するのかという基準が曖昧であれば、熱心な教師ほど対応を抱え込むことになります。もし、長時間の電話は一定時間で終了してよい、一定回数を超えた要求は管理職案件に移す、教員個人への攻撃が始まった段階で対応者を替える、といったルールが以前から明確に存在していたなら、これほど消耗せずに済んだ教師は多くいたのではないかと思うと、心が痛むばかりです。

カスハラ対策の価値は、保護者を排除することではありません。教師が教育とは直接関係のない消耗から離れられることにあります。

自律性とリスクマネジメント

問題は、こうしたルールを実際に運用するのが管理職だということです。担任が「これ以上の対応は難しい」と申し出ても、校長や教頭が「ここで電話を切ったら、さらに怒られるかもしれない」「教育委員会へ苦情が入るかもしれない」「もう一度説明した方が安全ではないか」と考えれば、教師は再び保護者の前へ戻されます。

これは管理職から見れば、一種のリスクヘッジです。しかし、学校全体から見れば別のリスクを生んでいます。教師の消耗です。前述した林宏昌氏が問題にしているのも、管理職が目の前の問題やリスクへの対応に集中することで、本来担うべき組織づくりや部下の成長を阻害してしまう構造です。
管理職に「失敗したらどうするのか」と言われ続ければ、教師は自分で判断しなくなります。
「保護者から苦情が来るかもしれないから、先に管理職へ確認してください」と言われ続ければ、教師の裁量は小さくなります。
その結果、学校は安全になるのでしょうか。私は逆だと思います。判断できる教師を減らすことは、自律的学校から遠ざかり、いざというときのリスクに対応できなくなることです。
学校はある意味、リスクの塊。リスクマネジメント力が乏しい教師は学級経営でも非常に苦戦することになります。

これは感覚論ではありません。実際、教師の自律性に関して多くの研究があります。近年の研究結果では、教師が仕事において自律性を感じられることと、仕事への動機づけ、職業的ウェルビーイング、指導の有効性との間に正の関連が示されました(あくまで関連性であり、因果関係は不明ですのでその点だけ気を付けてください)。他にも、教師の自律性はワーク・エンゲージメントや職務満足と正に関連し、情緒的消耗とも関係していることを示唆する研究もあります。北京の小学校教師520人を調査した研究では、職場で自律性を支援されていると感じる教師ほど、基本的心理欲求が満たされ、内発的動機づけが高まり、それを通じてワーク・エンゲージメントが高くなることが示されています。2025年に公表された教師のエンパワーメント研究でも、教師に自律性、資源、支援を与えることの重要性が整理されており、教師の意思決定への参加やエンゲージメントが主要な研究テーマになっています。
それだけ教師の自律性は重要な要素であるということです。管理職がすべての判断を引き取ることが、教師を守ることではありません。教師を守りながら、教師に権限を持たせる必要があります。この二つは両立します。

スクールロイヤー制度に改善を

この点から考えると、現在のスクールロイヤー制度には改善の余地があります。スクールロイヤーを配置する目的は、学校が抱える法的問題について専門的な助言を得て、教職員の負担を軽減することにあります。しかし、問題は相談に至るまでの経路です。教師が管理職に相談し、管理職が教育委員会に上げ、そこからスクールロイヤーにつなぐ仕組みだけでは、途中にいくつものゲートが存在します。そこで管理職が「まだ弁護士へ相談するほどではない」と判断すれば、教師は専門家にアクセスできません。

これは教師に権限を与える制度とは言えません。私は、一定の条件を満たした案件については、教師自身がスクールロイヤー、あるいは教育委員会が設置する法務相談窓口へ直接相談できる仕組みにした方がよいと考えます。教師がスクールロイヤーに相談したからといって、最終的な学校としての意思決定まで教師個人に任せる必要はありません。「専門家に相談する権限」と「組織として最終決定する権限」を分ければよいのです。

例えば担任が、「この要求は法的にどこまで応じる必要があるのか」「この電話対応を終了して問題ないのか」と疑問を持った段階で専門家へ相談できます。その回答を管理職と共有したうえで、最終的な学校対応を決めることもできます。これなら、管理職のリスク回避によって専門的助言への入り口まで閉じられることを防げます。

教師を守るとは、教師から意思決定権を奪うことではありません。必要な情報に自分でアクセスし、自分の専門的判断を形成できるようにすることも、教師を守ることです。

今回のカスハラ対策もスクールロイヤーの事例もそうですが、教師に権限を与え、教師が「この要望には応えない」「これは学校外の機関へ相談すべき」といった判断を自らできるよう、管理職は意思決定通路を整えるべきです。

曖昧な境界を教師個人に判断させるな

教師へ権限を与えることは、すべてを教師に任せることではありません。この点こそ管理職の出番であり、合理的配慮はその典型です。文部科学省は、本人・保護者との建設的対話による合意形成を通じ、「過重な負担のない範囲」で合理的配慮を提供するという考え方を示しています。同時に、学校と本人・保護者の意見の違いが大きくなる場合があることも認めており、「過重な負担」の基本的な考え方を、よりわかりやすく示す必要性も議論しています。

ここに難しさがあります。そもそも「合理的」とはどこまででしょうか。「過重な負担」はどこからでしょうか。「建設的対話」は何回行えば十分なのでしょうか。この曖昧な定義を担任一人に判断させてはいけません。曖昧なルールに線を引くことこそ、管理職の仕事です。


執筆者:岡田芳樹(おかだ・よしき)
1986年、東京都生まれ。慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科修了。新卒で政策シンクタンク勤務を経て、横浜市の小学校教諭として7年間勤務。現在株式会社電通総研にて研究員を務める。同時に慶應義塾大学SDM研究所の研究員、大学院のゲスト講師、『週刊教育資料』のコラムニストを担う(「バーンアウト防止に必要なデータによる感情管理」「安易なウェルビーイング教育は感情の資本化を促進する」など)。研究テーマは感情社会学、教育社会学、戦略(コミュニケーションやインテリジェンス)研究など。


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