感情が商品化されていく教育現場~教師を疲弊させる感情労働と感情資本主義という問題提起〜

皆さんは「感情労働」という言葉を聞いたことがありますか? 仕事を行う上で、自分の感情をコントロールして、指導のために理想的な態度を演じる。教師の仕事はまさに、感情労働です。この感情労働を行えるかどうかが、仕事をするうえでの重要なスキルの1つとみなされるようになってきたのは現代社会の大きな特徴の1つであり、昨今ではこのスキルが、経済的な価値とまでみなされるようになってきました。私たち教員と切っても切れない感情労働。そしてその新しいコンセプトである感情資本主義が、学校教育とどのように関わってくるのでしょうか。
執筆/株式会社電通総研 研究員・慶應義塾大学SDM研究所 研究員・元横浜市公立小学校教諭
岡田芳樹
シン・コミュニケーション#10
目次
「良い感情」を提供しなければならない教師たち
2024年度、精神疾患で休職した公立学校教員は7,087人でした。精神疾患による短期の病気休暇取得者も含めると、13,310人にも上り、この数字は過去最多とされています。精神疾患は一度患うと再発しやすく、復職しても数年後に再び心を病んでしまう教師も少なくないため、復職には管理職、周囲の教師、そして教育委員会の最大限のバックアップが求められます。何より教職志願者が減っている昨今において、これ以上の教師不足は是が非でも避けたいのが全国の教育現場における本音でしょう。
長時間労働から始まり、業務過多、保護者対応や児童生徒へのきめ細やかな配慮など挙げればキリがないほどストレッサーが充満しているのが現在の教育現場です。SNS上でのトラブル対応までなぜか求められるようになっている現在の教師は、その役割が拡張し続ける一方です。精神疾患に陥るのも至極当然な環境なのかもしれません。
その中でも、あまり着目されないですが、確実に教師を疲弊させるものがあります。それが「良い感情を提供する教師が理想」という暗黙のルールです。この文章化はされていないものの、教育現場にしっかり根付いてしまっているルールが、今も教師たちを苦しめています。
冷静に考えれば常に良い感情を提供し、なおかつ自分自身が良い感情でいるというのは無理があります。それでも本音の感情を押し殺して、良い感情を装って仕事をしなければならないのが教師のつらいところなのです。このような労働を「感情労働」と言います。
本コラムではこの感情労働、そして感情資本主義という視点から、現代の教育現場の課題、そして対応策について皆さんとあらためて考えてみたいと思います。
教師を疲弊させる「感情労働」とは何か?
まず、「感情労働」とは何か、ここでもう少し詳しく説明をさせてください。感情労働とは、自らの感情を組織や職務の期待に合わせて調整し、適切な感情表現を行う労働のことを指します。簡単に言えば前述したとおり、心の中に抱いている感情ではない感情を装う労働のことです。
そもそもこの感情労働、アメリカの社会学者A. R. ホックシールドの“笑顔で接客しなければならないCA”を対象にした研究から始まりました。これまで多くの感情労働研究が進められてきましたが、その対象者の多くはCA、看護職、そして教師でした。現役教師の方々は痛いほど理解できるかと思うのですが、教職という職業は典型的な感情労働の一つであることはもはや否定しようがない事実なのです。
次に、教師の感情労働を具体例で説明しましょう。例えば、教師は授業中には常に落ち着いた態度でいることが求められ、児童生徒に対しては公平で温かい対応を維持する必要があります。時には𠮟りたくもないのに、叱る姿勢を見せなければならないときもあります。筆者も経験がたくさんありますが、喜びの感情より怒った感情を装う方がかなり負担は生じます。正直、筆者は叱りたくないけど、叱るフリをせざるを得ないときが何度もあり、そのときは帰宅してからもそのことを悔やみ、反芻(はんすう)思考に陥っていたことを今でも鮮明に思い出します。
子どもだけでなく、多くのステークホルダーがいるのが教育現場です。保護者からの長時間かつ厳しい意見に対しても、感情的にならず丁寧に応対しなければなりません。保護者の怒りの感情を受け止めるだけでも大きな負担であるにも関わらず、さらに自分の感情を押し殺して冷静に対応することは決して簡単ではありません。これにより数えきれない教師たちが疲弊していることでしょう。
そして、年功序列が根付く教育現場では、職員室において周囲の教師に対してどれほど疲れていても喜んで協力する姿勢を見せる必要があります。
つまり、教室であれ職員室であれ、教師は感情労働から抜けられないという残酷な環境に置かれていることを、ここではぜひとも知っておいてほしいと思います。
こうした「本心とは異なる感情の演出」を日常的に行っているのが教師であり、感情労働者なのです。

感情労働は精神疾患に結びつく!?
ここで生じる疑問は、「冒頭に挙げた精神疾患と感情労働は何が関係するのか?」という点ではないでしょうか。答えは「関係大アリ」です。感情労働によって、情緒的疲労、簡単に言えば精神的疲労が蓄積されるのです。情緒的疲労はバーンアウト、いわゆる燃え尽き症候群を引き起こす大きな要因であり、その結果として精神疾患に結びつくことが先行研究より明らかになっています。筆者が電通総研で実施した調査によれば、情緒的疲労は長時間労働より是正を求める割合が実は高く、労働者にとって切実な課題の一つなのです。調査結果からは、情緒的疲労>収入>肉体的疲労・拘束時間という、労働環境における一般的な優先順位が見て取れます。

つまり、感情労働は巡り巡って精神疾患に陥るという図式が成り立ちます。前述した感情労働の提唱者であるホックシールドはまさにCAの感情労働からの精神疾患に着目し、そこを解明し解決に至りたいと研究していた人でした。
ここで一つ注記しておきたいことがあります。それは感情労働=デメリットというわけではないということです。感情労働の中にも種類がありますし(次回以降のコラムで述べますが)、感情労働が天職であり、やりがいをとても感じる人も大勢いますし、海外ではまさに感情労働の光の部分に焦点を当てた研究が進んでいます。日本ではまだ少数派ではありますが、今後は日本の感情労働のプラス面の研究も進むことが予想されます。
そうは言っても、現状では感情労働から情緒的疲労を抱えて苦しむ労働者が多いのは紛れもない事実です。ここで問題なのは、教育現場をはじめ、企業、自治体など各組織において情緒的疲労に対する対応策が乏しいことが挙げられます。ここでも電通総研における調査結果を用いると、62%の組織において情緒的疲労の対応策は練られていないことが示されました。

課題への対応策も急務ですが、何より私たちが認識すべきことがあります。それは、私たちがもつ「感情」が、今や「資本」として扱われる社会になっていること、つまり「感情資本主義社会」になっていることです。この点を理解しておくと社会の見え方が大きく変わるので、次章から詳しく説明したいと思います。
「感情資本主義社会」で生きていることをまず認めよう!
次に「感情資本主義」という概念について説明します。感情資本主義は端的に言えば「感情が商品化した社会のあり方」を示し、ヘブライ大学の社会学者、エヴァ・イルーズ教授が中心となって提唱しました。従来の資本主義では、労働力、時間、知識、そしてお金といった要素が主な価値の源でした。しかし現代ではそれらに加えて、共感力、優しさや前向きさといった感情が立派な商品となり、組織や社会では実は感情を売買しているのです。
