校種間の連携・接続を通して「子供観」を共有していくことが重要【次期学習指導要領「改訂への道」#46】

前回は、総則・評価特別部会の委員の他、教職課程・免許・大学院課程ワーキンググループの部会長なども務める秋田喜代美教授(学習院大学・東京大学名誉教授)に、改訂の方向性とその背景について伺いました。今回はさらに、具体的に教材や授業づくりなどに踏み込んだお話をしていただきます。
目次
デジタル活用で教師の役割の重要性が増すことになる
これまでの改訂議論では、文部科学省(以下、文科省)は改訂の際に、教科書の話には触れなかったのですが、今回は論点整理の中で、教科書のあり方もセットで考えることを示していることは大きな変革だと思います。それによって、子供も教師もより構造的に深く学べるようにするためには、教科書はどうあることがよいのか、教科書会社も考えてくれると思います。
文科省が教科書のあり方についても明確に触れ、デジタル学習基盤を活用し、子供の学習材の環境を豊かにしていくことを示しているのは大事なことです。そうしたことも含め、デジタルを活用すれば教師の仕事がただ楽になるかというとそうではなく、むしろ教師の役割の重要性が増すことになるでしょう。
OECDは「OECDデジタル教育アウトルック2026」を示し、生成AIなどの活用の国際動向を論じています。その中で、汎用型の生成AIを活用しても学習の効果があるとは限らず、むしろ悪影響もあることが示されています(資料参照)。さらに教育用に計画されて、目的が明確なものを活用することが大事だとしています。つまり、生成AIをすべて一通りで考えるのではなく、公教育のための生成AIのあり方が大事だと言っています。
それについて最後に価値判断をして、何をよしとするのかは教師だということも論じており、そこが今後、国際的にも大事になるところだと思います。今後、学習指導要領もデジタルで見やすくなり、教材も分かりやすくなります。特に私がよいと思っているのは、単元が系統的に見えるようになることで、若い先生も見通しをもちやすくなるのが大事なところではないでしょうか。
資料

教材研究を通して教師がひと工夫することが、子供の好きを育んでいく
実際に教科書1つをとっても、教科書をそのまま使うのか、子供の実態に応じて少し工夫をするかが重要なところです。
例えば、私が先日拝見した授業では、「1000円で160円のペットボトル1本と120円のおにぎりを買う」問題を考えていました。教科書では「1000円ピッタリに買うにはどうしたらよいですか」としているのですが、その先生はその町のクーポン券1000円券を示して、「これで買うんだ」と言うのです。クーポン券ではお釣りがもらえないため、子供たちは「ピッタリに買わないともったいない」と言って、きっちり1000円使う組み合わせを考えていくわけです。
その際に、子供たちは「120円のおにぎりってあるかな」「120円って安いからツナマヨだよ」などと自分ごとにしつつ、楽しく工夫をしながら考えていました。それについては、代入して数えていって考える子供もいれば、1000から160を引いて、残りを120で割るという子供もいます。その両方のあり方をクラスで説明し合った後で先生は、「他にもクーポン券が残ったんだよ」と言って出していくことで、「2000円ならどうなるか」「3000円なら…」と子供たちはどんどん探究していきました。
ノウハウとしての解き方は教科書に書いてあるし、この授業で学ぶことも同じです。しかし、そこで子供にとってリアルな1000円券というものを示すことで、子供たちが自ら考えていきました。それは先生が切実感をもって、「どの子も参加したくなる学習にするには?」「より実感が湧く文脈は?」と考えて生まれた授業で、それこそが教師という仕事の面白さであり、教材開発、教材研究の面白さなのではないでしょうか。
別の学校で拝見した「ごんぎつね」の授業も面白いものでした。その学校は「ごんぎつね」の挿絵も描いている絵本作家の黒井健さんが卒業された学校なのですが、7種類ほど出されている「ごんぎつね」の絵本すべてを並べていました。すると、子供たちはそれを比べて、「これは20年くらい前のだよ」「描かれた時代によって絵が違うよ」と発見していきます。そのように探究しながら、もちろん作品や言葉にも出合うわけですが、絵の描かれ方を通して国語で大事にしたい「視点」についても探究していました。
教師が単純に「視点」について発問するのか、それとも環境として複数の絵本を用意することで、子供が自ら探究し、発見していくのかという工夫は教師の手に委ねられているわけです。もちろん、「ごんぎつね」はよい作品ですが、教材研究を通して教師がひと工夫することが、子供の好きを育んでいきます。「国語はどう勉強していいか分からない」と言う子供も、「もっと読んでみたい」と思えるような環境を教科書と共にどう整えるのかを考えることで、それが実現するのです。
「あの子が乗ってきそうな問いや教材の示し方はどうだろう」と考えられるのが、教師のデザイン力です。それを環境の中に埋め込んでおけば、もっと探究したいと思う子供は、授業時間だけでなくプラスアルファの時間に考えていくことでしょう。それは「この方法をやればよい」ということではなく、目の前の子供の実態に応じた教師の創意工夫に委ねられているのです。
子供は教師がちょっと頑張って工夫をすると、それに応えてくれます。それによって教師も変わっていくでしょう。「教師が子供を変える」のではなく、「教材研究を通して子供が変わることで教師も変わるし、教師が変わればまた子供も変わる」のです。もちろん、その教材研究のための時間は調整授業時数制度等で確保されることになっていますから、教師も同僚や子供と一緒になって学ぶことのできる面白い学習指導要領になると私は思っています。
