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「ウェルビーイング」教育とは? それで本当に子どもたちは幸せになれるの?

連載
シン・コミュニケーション~教師というプロコミュニケーターになるために~
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岡田芳樹

昨今よく見聞きする「ウェルビーイング」という言葉。実は70年以上前に定義されたものですが、昨今の社会潮流の中で再注目されているのでしょう。ウェルビーイング経営、自治体ウェルビーイング、デジタルウェルビーイング…⋯。ビジネス、自治体、そしてデジタル世界においても頻繁に使われており、学校経営計画においても頻繁に見かけるようになっています。学力向上より心の豊かさを求める教育、といった理想のもとに掲げ得られる言葉であり、それは大変すばらしいことですが、現実的にはなかなか難しい課題や問題点があると言えます。一緒に見ていきましょう。

執筆/株式会社電通総研 研究員・慶應義塾大学SDM研究所 研究員・元横浜市公立小学校教諭
岡田芳樹

シン・コミュニケーション#11

イラストAC

「ウェルビーイング」という新たな万能語

ウェルビーイングは近年生まれた概念ではありません。1948年、WHO(世界保健機関:World Health Organization)憲章の前文において、「完全な肉体的、精神的及び社会的福祉の状態であり、単に疾病又は病弱の存在しないことではない」と定義されました。

この状態をもたらすことに重きを置いた学問があります。それが「ポジティブ心理学」です。ポジティブ心理学の提唱者である マーティン・セリグマンは、その学問の中で、人間の幸福を「『快楽』だけではなく、『意味』『達成』『関係性』などから構成されるもの」として整理し、「PERMAモデル」を提唱しています。ちなみにそのPERMAモデルとは以下を表します。

P(Positive Emotion:ポジティブ感情)…人生に喜びや楽しさを感じる力
E(Engagement:没頭・関与)…没頭できる活動に打ち込む力
R(Relationships:人間関係)⋯深い信頼関係やつながりを築く力
M(Meaning:意味・意義)…自分の存在意義を感じる力
A(Accomplishments:達成感)…目標を達成し満足感を得る力

いかがでしょうか? PERMAモデルはウェルビーイング達成のために具体的な行動指針を示しているものなのだとご理解いただけたかと思います。実際に、ポジティブ心理学を学級に取り入れる教師もいますし、多かれ少なかれ、このPERMAモデルのどれかしらに当てはまる学級経営をしているのではないでしょうか。

ビジネス界に目を向けると、近年は人的資本経営の広がりとともに「ウェルビーイング経営」が注目され、従業員の幸福感を組織成果につなげる考え方が企業にも広がっています。SDGsの次なる世界的フレームワークは、SWGs(Sustainable Well-being Goals:持続可能なウェルビーイング目標)が最有力だと議論されているほど、ウェルビーイングの言葉の勢いはとどまるところを知りません。ウェルビーイングに関する講演会やフォーラムは頻繁に開催されていますので、ぜひ興味ある方は検索してみてはいかがでしょうか。

ウェルビーイング教育とは何か?

教育現場におけるウェルビーイングの典型が「ウェルビーイング教育」です。ウェルビーイング教育は「学力向上のみを目的とせず、子どもが身体的・精神的・社会的により良く生きる力を育む教育」を示しており、近年ではOECD(経済協力開発機構) による「OECD Education 2030プロジェクト」においても、知識獲得だけでなく、幸福と社会参加を含めた教育が重視されるなど、ウェルビーイングに関する教育に世界が注目を集めています。この教育が推進される背景には、学力偏重教育の限界を教育現場、そして社会が感じ始めたことにあります。社会が複雑化し、不確実性が高まる中、自己理解、他者理解、協働性、レジリエンスといった非認知能力への関心は高まっており、その結果として「幸せに生きる力を育てる教育」が世界的潮流となり始めました。

日本でも全面的にウェルビーイング教育を推進している自治体があります。東京都の品川区です。品川区では「しながわウェルビーイング教育」と称し、その特別推進校を担っている品川学園では、学校教育全体をウェルビーイングの視点から設計しています。その推進力は大変すばらしく、運動会でも「ウェルビーイングカード」を用いて児童や大人の交流を深めたり、体育の授業でも「ウェルビーイングなハンドボール」をテーマに掲げ、ウェルビーイングの観点から個人やチーム活動を振り返る授業を実施したりしているようです。

こうした好事例がある一方、ビジネス界では表面的なウェルビーイング経営を行われることも少なくありません。ウェルビーイングを達成することは本来、人間にとって最上位に位置する目標のはず。しかし、組織として結果を出す、利益を生み出すために社員をウェルビーイングにするといった優先順位の逆転現象が生じていることも忘れてはいけないと思います。

それは教育界でも同様です。ウェルビーイング教育を推進することで、上記のような逆転現象が起きることは十分ありえますし、何よりウェルビーイング教育により生じてしまう課題があることも念頭に置いておくべきではないでしょうか。

ウェルビーイング教育の課題

ウェルビーイング教育には大きく三つの課題があると筆者は考えます。
第1に「教師の感情労働が加速すること」です。
前記事でも紹介したアメリカの社会学者A. R. ホックシールドは著書『管理される心』において、「感情労働」を提唱しました。感情労働とは、自分の感情を組織が求める形に合わせ、本音ではない感情を装う労働のことであり、教師は立派な感情労働職になります。

学校では、暗黙知として「教師は笑顔で対応する」「教師は時に叱らなければならない」があり、本当の感情と乖離するほど、教師の情緒的疲労は蓄積し、結果として燃え尽き症候群(バーンアウト)に陥ることになります。

パーソル総合研究所の調査では、教師の約20%がバーンアウト教員、教頭・副校長層では約40%が不活性教員であることが示唆されています。とくに20代の若手教員はバーンアウト傾向が約30%であり、他の年代より多い傾向にあります。前記事で記載した通り、感情労働とバーンアウトは高い関連性があり、ウェルビーイング教育推進により結果としてバーンアウトする教員の割合が高くなることが懸念されます。

第2に「子どもが感情を装う可能性が高まること」が挙げられます。
学校は良くも悪くも評価空間です。子どもたちは評価者である教師や学校の教育方針の影響を大変受けやすくもあります。つまり、学校で「前向きでいましょう」「互いを認め合いましょう」「笑顔を大切にしましょう」といった価値が重視され、表層的なウェルビーイング教育を推進するとなると、結果として子どもは、「私は楽しいです」「感謝しています」「前向きです」という言葉を、本心ではなく「正解」として学習し、その言葉に即した態度を装うようになることが予想されます。これは「表層演技(surface acting)」と呼ばれ、情緒的疲労を蓄積する大きな要因となります。表層演技者を増加させる、感情労働者ならぬ感情学習者を増加させることにもつながる恐れがウェルビーイング教育にはあると筆者は危惧しています。

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