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なぜ子どもは大人ではなくAIに相談するのだろう~ディストピア化する学校「教育改革」という善意の裏に潜むリスクとは~

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ディストピア化する学校~教育改革という「善意」の裏に潜むリスクとは~
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岡田芳樹

『最近の子どもはAIに依存している』と片付けていませんか? 子どもが相談相手にAIを選ぶのは、現実の大人を相手にしたときに『コミュニケーションコスト』が高すぎると感じるからです。「大人に心配をかけてはいけない」という罪悪感や、「自分が悪く評価されるかもしれない」などという心配を、子どもが感じてしまうということです。今回は、こうした子どもたちの組織的沈黙が起こる原因と、コミュニケーションコストを下げる方法を詳しく見ていきたいと思います。

執筆/株式会社電通総研 研究員・元横浜市公立小学校教諭
岡田芳樹

~ディストピア化する学校「教育改革」という善意の裏に潜むリスクとは~

なぜ子どもはAIを選ぶのか?

生成AIに相談するのはもはや老若男女、当たり前になりつつあります。まず先に海外の事例から見てみましょう。米国心理学会(APA)が2026年に実施した調査では、心理士の3分の1以上が、患者がAIを追加的なメンタルヘルス支援の手段として利用していると報告されています。さらに、RAND(米国のシンクタンク)などの研究チームが2026年に『JAMA Pediatrics』誌に発表した調査では、12歳から21歳の若者を対象とした全国代表サンプル調査により、メンタルヘルスに関する助言をAIチャットボットに求める行動の広がりが確認されています。

日本も例外ではありません。その一例が、兵庫県三田市教育委員会と大阪教育大学が共同で開発したAI対話アプリ「MIRAIノート」です。開発の背景にあるのは深刻な数字でした。文部科学省によれば、不登校児童生徒数は2023年度に小中学校で約35万人と過去最多を記録しました。そのうち、学校内外の専門機関などで相談・指導を受けていない子どもが約13万人にも上るとされています。また、三田市が実施した生活アンケートでは、困ったときに「誰にも相談しない」という児童生徒が、小学校高学年以上で1割程度いることがわかっており、この結果が事態の深刻さを物語っています。

私はこれらの現象を見て、「子どもがAIに依存している」と片付けるのは早計だと感じています。むしろ問うべきは逆で、「なぜ子どもは、目の前にいる先生や親ではなく、画面の向こうのAIを選ぶのか?」ではないでしょうか。子どもは大人に相談してくれなくなっている、この事態の背景を私たちはもう少し探るべきではないでしょうか。AI教育に関しては別のコラムで私見を述べましたが、今回は子どもの相談相手に関して焦点を当てて論じたいと思います。

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「言えない」のは個人の弱さではない

組織行動論には「組織的沈黙(organizational silence)」という概念があります。Morrison と Milliken が2000年に提示したこの理論は、簡単に言うと社員が問題や懸念を認識していながら、それを上司や組織に伝えない現象を説明するものです。重要なのは、この理論が「言わない社員が悪い」というよくありがちな個人の資質の問題として現象を捉えていない点にあります。組織的沈黙は、発言することの心理的・社会的コストが、発言しないことのコストを上回ると認識されることで生じるのです。

これは筆者が長年取り組んできた組織研究と同じ構造ともいえます。現場が問題に気づいていても声を上げないのは、勇気がないからではないのです。「言っても無駄」「言うと評価が下がる」「言うと面倒なことになる」という学習された予測が、発言という行動を割に合わないものだと本人も気づかぬうちに判断しているのです。

この構造を子どもと大人の関係に当てはめると、三田市のデータが違って見えてきませんか? 「誰にも相談しない」と答えた子どもたちは、相談する能力や意欲を欠いているのではないということです。相談することの「コミュニケーションコスト」を、これまでの経験から高く見積もっていて、結果として親や教師にはコミュニケーションコストが高く、自分が損すると判断しているのです。残念ながら、とても悲しい背景がそこにはあるのです。

子どもにとっての「コミュニケーションコスト」とは何か

組織におけるコミュニケーションコストは、評価への悪影響、人間関係の悪化、対応の手間などで構成されます。では子どもの場合、これに相当するものは何でしょうか?

①心配をかけることへの罪悪感
子どもは大人が思う以上に、親や教師の負担を敏感に察知しています。悩みを打ち明けることが、相手にさらなる心配や仕事を背負わせる行為だと感じれば、口をつぐむ方が「合理的」、小学校高学年にもなればこう判断しても全く不思議ではありません。

②評価への過剰適応
大人に相談するという行為には、常に「どう思われるか」という評価のリスクが伴います。弱い子だと思われたくない、問題児だと思われたくないという子どもの自然な思いは、企業の若手社員が上司に失敗をコミュニケーションできない心理と本質的に同じだと言えるでしょう。

③リスクの過大評価
大人に相談すれば、その後には面談、家庭訪問、時には転校といった大きな対応が動き出すかもしれない⋯…子どもはこういったリスクを過大に考えます。子どもはその重さを察知し、「小さな悩みのはずが大ごとになる」ことを恐れて、相談という行為そのものを回避するようになります。まさに沈黙の始まりです。

AIがコミュニケーションコスト「ゼロ」に見える理由

一方、AIチャットボットには、これらの対人的なコストが存在しません。AIはそもそも心配しないし、評価もしない。何かを大ごとにする権限も持たない。UNICEFが2025年12月に改訂した子ども向けAI指針は、子どもがAIを擬人化し、チャットボットに感情的な依存、いわば疑似的な社会的関係を築いてしまうリスクを指摘していますが、その依存の入り口にあるのは、まさにこの「コストのなさ」だと私は考えます。

つまり子どもは、AIの性能や親しみやすさに惹かれてAIを選んでいるのではないのです。大人という選択肢のコミュニケーションコストが高すぎるために、コストがほぼゼロの相手を選んでいるだけ。ある意味、とても合理的な判断を下しているのです。これは技術受容の問題ではなく、大人と子どもの間にある心理的安全性の欠如という、組織論的な問題なのです。

見えなくなるリスクという副作用

組織的沈黙が企業にとって危険なのは、それが問題そのものを消すのではなく、問題を「見えなく」する点にあります。現場が声を上げなければ、経営層はリスクの存在にすら気づけないように、同じことが、子どもとAIの関係にも起き得るのです。

文部科学省の教育課程部会に提出された資料は、生成AIの利用が成績を向上させる一方で、自己評価の過大化を招き、メタ認知の正確性を低下させるという研究結果を紹介しています。AIに相談し続けることで一時的に安心感が得られたとしても、それは適切な支援につながっていかないのではないか、という問題です。
子どもの「大人には相談しない」という選択が「AIに相談している」という選択に置き換わっただけだとすれば、リスクの総量は減っていません。むしろ、大人の目から完全に隠れる分だけ、事態は悪化している可能性すらあることを教育関係者は認識しておくべきでしょう。


執筆者:岡田芳樹(おかだ・よしき)
1986年、東京都生まれ。慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科修了。新卒で政策シンクタンク勤務を経て、横浜市の小学校教諭として7年間勤務。現在株式会社電通総研にて研究員を務める。同時に慶應義塾大学SDM研究所の研究員、大学院のゲスト講師、『週刊教育資料』のコラムニストを担う(「バーンアウト防止に必要なデータによる感情管理」「安易なウェルビーイング教育は感情の資本化を促進する」など)。研究テーマは感情社会学、教育社会学、戦略(コミュニケーションやインテリジェンス)研究など。


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