生活科が、総合的な学習の時間や理科、社会につながっていくイメージをもつ【次期学習指導要領「改訂への道」#51】

ここまで生活、総合的な学習・探究の時間ワーキンググループ(以下、WG)の主査である関西大学の黒上晴夫教授に、改訂の方向性を理解する上で、重要なポイントとなる生成AI(以下、AI)や身体性の重要性について話を伺ってきました。最終回となる今回は、評価や小中学校の改訂の具体的なポイントなどについて伺っていきます。
ICT活用で子供の素の能力を高めることが重要【次期学習指導要領「改訂への道」#49】
身体性とAIとの関係を先生が上手に取りもちながら、AIを使う【次期学習指導要領「改訂への道」#50】
目次
探究を通して、「学習ってこんなことを指すのか!」という新しい発見をしてくれたらよい
今回の改訂では、総則・評価特別部会が評定につながる総括的評価ではなく、子供の成長を促す形成的評価を重視することを明確に示しました。私はすべての先生に、このような評価イメージを変えていただくことがとても重要だと思っているのですが、こうした評価観は、すでに現行の生活科や総合的な学習の時間の中にあったものです。
先日のWGの審議でも、「教師の学習観が変わる」ことの大切さと同時に、「子供自身が何を学んだかを言語化させる」ことの大切さに関する意見も出ていました。それが意図するのは、子供たちの学習イメージの変化です。
子供たちには教科学習の既存イメージがあるわけですが、探究を通して、「学習ってこんなことを指すのか!」という新しい発見をしてくれたらよいなと思います。そこで発見した学習の仕方を教科に持ち帰ることが、探究の方法を教科で使うということになるでしょう。次期学習指導要領では、探究で、問題発見・解決の能力を身に付けさせて、その力を教科学習の方法として使い、教科で学んだことを探究のリソースとして使うということになります。
そのため、今回の改訂では、「探究の質の高まり」ということを強く打ち出しています。それによって子供の問題発見・解決の力が上がっていくわけです(資料1参照)。そうやって探究の中で問題発見、解決の力が身に付くと、教科の学習でも記憶一辺倒ではなく、「なぜそうなるのかな?」と考え、「問い」の質も高まってくるでしょう。
資料1

一方、教科の学習には、統合的な理解と総合的な発揮によって構成される、高次の資質・能力という考え方が入ってきています。総合的な発揮の単元イメージの最後は、難しい問題ができるといった古いイメージではなく、その単元で学んだ重要な内容を説明できるなどが示されています。そうすると、小学校の単元末テストが既存のテストとは異なるものになるでしょう。
例えば理科で、植物が種から成長して、双葉が出て、花が咲いて、また種を作るといった絵を順番に並べるようなテストがあったかもしれませんが、植物も動物も学んだ上で、「生物が再生産していく仕組みについて、植物と動物との違いを意識しながら説明できる」といったテストが求められることになります。当然、単元もそれができるような学習過程が求められるし、当然、子供たちの学び方も変わってくるはずです。
総合的な学習の時間に関しては、「成果の質」につながる「探究の質」が重要
ここまで、次期学習指導要領の改訂の方向で、私が重要だと思うポイントをお話ししてきたのですが、改めて生活科、総合的な学習の時間について、改訂のポイントを簡単に説明しておきたいと思います。
まず生活科の改訂に関しては、前回もお見せした「本質的意義」の再定義をしっかり読んでいただきたいと思います(資料2参照)。ここでは、「身体性」「対象と自分との関わり」「他者と自分との関わり」「自己認識」の4つを示しています。この中で、少し説明しておきたいのが「自己認識」です。
「自己認識」については、これまでも「自分とは何者か」「どのように育ってきたか」といったことを成長単元の中でやってきていました。その際、体の写真を貼って外面的な変化を捉えるような学習を見ることがありますが、もっと頭の中身にコミットしたようなことを扱うことが大切だと思います。例えば、「以前は使えなかったような言葉を使えるようになっている」とか「友だちの喧嘩を仲裁できるようになった」といった、頭の中にコミットしたことも含めて「自己認識」できるようにすることが大切です。自分を少しずつメタに見られるようにしていくということですね。
資料2

総合的な学習の時間に関しては、「成果の質」につながる「探究の質」が重要です(資料3参照)。「探究の質」の視点として、「課題の質」「プロセスの質」「成果の質」の3つを示していますが、単にプロセスを通ればよいのではなく、プロセスそのものの質を少しでも高め、それによって自分や社会にとって少しでも価値のある成果を創造するのが探究ということです。
これまで、何となく活動していれば満足できていた子供たちの中に、「探究の質」の高まりが生まれ、それによって「問題発見、解決能力」を鍛えながら、「『好き』を育み、『得意』を伸ばす」ことを子供たち自身が行うわけです。「探究」や「問題発見、解決」は先生がやっても意味がないわけで、当然、学習の主語は学習者自身であり、子供が自覚的に自己調整しながら学習していくことになります。
資料3

