子どもをよき学び手にする方略【第5回】暗記で終わらせない、概念的理解の授業へ
まんがを通して学べる画期的な教育書として大好評「まんがで知る」シリーズの第10弾として、『まんがで知る学習方略:学び方を学ぶ』(さくら社)を上梓した前田康裕先生による新連載です。この連載では、前田先生が描いた同書のストーリーを背景に、学習方略・認知特性・自律性・教科の見方、考え方等を横断しながら、学校と教師にとって今こそ必要な「学びの再定義」について解説・提案いただきます。第5回のテーマは「概念的理解」です。
取材・構成/編集部

前田康裕(まえだ・やすひろ)
1962年、熊本県生まれ。熊本大学教育学部美術科を卒業後、教師となり、小中学校に25年間勤務。その間に、岐阜大学教育学部大学院教育学研究科を終了。熊本大学教育学部附属小学校教諭、熊本市教育センター指導主事、熊本市立小学校教頭、熊本大学教職大学院准教授、熊本市教育センター主任指導主事等を経て、2022年4月より熊本大学特任教授。『まんがで知る教師の学び』、『まんがで知る未来への学び』、『まんがで知るデジタルの学び』シリーズ(さくら社)など、著書多数。

『まんがで知る学習方略:学び方を学ぶ』(さくら社刊)
前田先生による、まんがと解説で学習方略をわかりやすく深く学べるシリーズ第10弾。効果的な学びの工夫を、中学生の実践例を通して具体的に示す。教師と学習者双方の意識改革を促し、自律的に学ぶ力を育てる一冊。読者特典や参考資料も充実。
目次
暗記で終わらせない概念的理解
「概念的理解」は学習指導要領、とくに「総合的な学習の時間」でよく使われる言葉です。これを説明するために、私は農耕以前の時代をよく例に挙げます。
食料が十分に確保できなかった時代、食料がある状態が「理想」、ない状態が「現状」であり、その隔たりが「問題」です。この問題を解決するための具体的な行動が「課題」です。大昔の人々は「マンモスのような大型動物を狩ろう」と考えましたが、素手では太刀打ちできません。そこである人は石を遠くから投げ、また別の人は石を尖らせて棒の先に固定しました。
もしこれらの行動をやりっぱなしで終えていたら、人間の知恵はそこで停滞していたでしょう。しかし彼らは「なぜ効果的だったのか」を抽象度を上げて考えました。石を投げた経験からは「攻撃相手との距離」が重要だという気づきが、石を尖らせた経験からは「鋭利さ」が破壊力を高めるという気づきが得られます。この「距離」と「鋭利な先端」という二つの概念を組み合わせることで、のちに「弓矢」という画期的なテクノロジーが発明されました。
このように、実践をやりっぱなしにせず、「なぜうまくいったのか」を言葉にして次の場面へ応用していくというプロセスこそが、「概念的理解」です。大事なのは「暗記が必要ない」ということではなく、「暗記の段階で終わらせない」ということです。
社会科における概念的理解の一例
この思考プロセスは社会科の授業でも同じです。教科書に頻出する「地域の工夫」や「町の取り組み」を、一つひとつ暗記することにあまり意味はありません。知識として知ることは土台として大切ですが、そこで終わらせてはならないのです。
私の『まんがで知る学習方略』では、主人公の的芽(まとめ)先生が中2社会科「人々が集まる地域活性化の工夫」の授業で、「人口が減少していく中で、持続可能な社会を作るためにはどんなことが必要なのでしょう」という本質的な問いを投げかけます。人口減少を食い止めている地域の具体例を比較しながら、そこに通底する共通点を見つけ出す作業こそが不可欠なプロセスです。子供たちは「テクノロジーの活用が鍵だ」など多様な意見を出し、議論の終盤である生徒が「一番必要なことって、自分たちの力で変化を起こすことなんじゃないか?」と言葉にします。
この「自ら変化を起こすことが重要だ」という気づきこそが、まさに「概念的な理解」に他なりません。こうした理解が根底にあれば、子供たちが将来大人になったとき、自分たちの社会をより良くしていくためには「自分たちの手で変化を起こしていく必要がある」という主体性へとつなげていくことができます。

社会科は本来、表面的な情報を暗記するための教科ではありません。その目的は「より良い社会の担い手や作り手を育てる」ことにあり、人間の営みを追体験し、そこで得た知恵を自分の人生やこれからの社会に生かしていくことこそが真の目的です。
テストのために熱心に勉強すること自体は悪いことではありません。ただし、教科が目指す最終ゴールは点数を取ることそのものではない、ということを子供自身が自覚しているかどうかで、その後の知的な成長に大きな差が生まれます。
