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子どもをよき学び手にする方略【第3回】子どもを「学び手」にするには何が必要か

連載
前田康裕先生の「子どもをよき学び手にする方略」

まんがを通して学べる画期的な教育書として大好評「まんがで知る」シリーズの第10弾として、『まんがで知る学習方略:学び方を学ぶ』(さくら社)を上梓した前田康裕先生による新連載です。この連載では、前田先生が描いた同書のストーリーを背景に、学習方略・認知特性・自律性・教科の見方、考え方等を横断しながら、学校と教師にとって今こそ必要な「学びの再定義」について解説・提案いただきます。第3回のテーマは「子ども自身の学び手化」です。

取材・構成/編集部

前田康裕(まえだ・やすひろ)
1962年、熊本県生まれ。熊本大学教育学部美術科を卒業後、教師となり、小中学校に25年間勤務。その間に、岐阜大学教育学部大学院教育学研究科を終了。熊本大学教育学部附属小学校教諭、熊本市教育センター指導主事、熊本市立小学校教頭、熊本大学教職大学院准教授、熊本市教育センター主任指導主事等を経て、2022年4月より熊本大学特任教授。『まんがで知る教師の学び』、『まんがで知る未来への学び』、『まんがで知るデジタルの学び』シリーズ(さくら社)など、著書多数。

『まんがで知る学習方略:学び方を学ぶ』(さくら社刊)
前田先生による、まんがと解説で学習方略をわかりやすく深く学べるシリーズ第10弾。効果的な学びの工夫を、中学生の実践例を通して具体的に示す。教師と学習者双方の意識改革を促し、自律的に学ぶ力を育てる一冊。読者特典や参考資料も充実。

前回はこちら:子どもをよき学び手にする方略【第1回】学びの出発点は「相手へのリスペクト」である

「習う」と「学ぶ」の本質的な違い

子供たちを受け身の姿勢から脱却させ、自ら進んで学びを引き受ける主体的な「学び手」へと転換していくためには、一体何が必要なのでしょうか。その本質を紐解くための大きな軸となるのが、「習う」ということと「学ぶ」ということの決定的な違いです。

この二つの言葉は、日常生活では混同されて使われることも多いですが、教育の観点から見るとその意味合いは全く異なります。「習う」と言った場合は、あらかじめ決められた特定の知識やスキル、型というものを、教え手から与えられてそのまま自分の形として身につける、受動的なニュアンスが強くなります。一方で「学ぶ」と言った場合は、ただ知識を記憶するだけでなく、例えば自分の犯した失敗から何かを教訓として得たり、あるいは他人の生き方や経験を見てそこから何かを感じ取ったりするというように、対象に対して「自分自身で意味付けたり、価値付けたりする」という能動的なプロセスが必要不可欠になります。

この「自分で意味付けたり価値付けたりできるかどうか」という部分こそが、子供を学び手にするための最も大切な出発点になります。なぜなら、クラスの子供たち全員に全く同じ活動をさせ、同じ経験をさせたとしても、その活動に対して自分自身でどのような意味を見いだすか、どのような価値を付与するかによって、子供たち一人一人の学びの深さや成果はまったく変わってくるからなのです。

経験を意味付けられるように導くこと

しかし、このような「経験を意味付ける」という高度な学び方は、放っておいて自然に身に付くものではありません。教師がしっかりと意図的に教え、導いていかなければ、子供たちはなかなかそのことに気づくことができないのです。だからこそ、日々の授業の中で子供たちが書く「振り返り」の時間が極めて重要な意味を持ってきます。

授業の最後に振り返りを書かせると、子供たちの記述には当然ながらそれぞれの違いが現れてきます。「私は今日、こういうことを学びました」という内容が、一人一人違ってくるわけです。例えば、ある子供が振り返りの中で次のように書いたとします。

「今日は作文を書いてみて、文章はだらだらと長く書くよりも、短く区切って書いた方が相手によく伝わるということを学びました」

これは、教師が最初から「文章は短く書きなさい」と口で教え込んだ結果ではありません。その子供が実際に自分で文章を書くという経験を通して、身をもって「短くした方が分かりやすいよね」ということに自分で気づき、その経験に対して自ら意味付けを行った結果なのです。もしも子供たちの振り返りの中に、このような素晴らしい気づきの文章を見つけたならば、教師はそれを見過ごしてはいけません。その文章を取り上げてクラス全体に見せ、「自分の経験から、こういう風に大切なことに気づくことができるのは本当に素敵なことだよね」と、しっかりと価値付けて全体に返していくのです。

もしも教師が最初から、ただの指示として「文章は短く書きなさい」と言えば、子供たちは何も考えずに、ただ言われた通りに短く書くという「習う」だけの活動になってしまいます。そこには主体的思考は生まれません。そうではなく、実際に書く活動を通して、短く書くことの方がより分かりやすくなるという本質に自ら気づいた子供を取り上げ、「この子はこういう風に素敵な気付き方をするんだね。みんなもこういう学びができるといいよね」という風にメッセージを子供たちに返していくこと。これこそが教師の果たすべき役割なのです。

「振り返り」という活動の本質

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