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不登校に寄り添う プロの対応術 Episode1「世界の美しさ」と「その子の素晴らしさ」を伝えよう

連載
令和型不登校の子どもたちに寄り添う トライアングル・アプローチ
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元北海道公立中学校教諭

千葉孝司

学校に行けなくなった子どもたちや、その保護者たちへの温かい発信で有名な千葉孝司先生による新連載。千葉先生の名著『マンガで解説 いじめと戦う!プロの対応術』の世界観と登場人物をそのままに、今度は小説の連載をお届けします。挿絵は、その名著で千葉先生とタッグを組んだ漫画家、黒川清作さんの作品です。

執筆/千葉孝司(元・北海道公立中学校教諭、ピンクシャツデーとかち代表)
挿絵/黒川清作(漫画家)

プロローグ

子どもたちが帰ったあとの教室は、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っていた。窓から差し込む西日が黒板の端に長い影を落とし、風に揺れるカーテンに合わせてゆらりと揺れる。まるで、帰り損ねた子どもがひとり残っているようだった。

私は自分の机に座り、入り口横の掲示をぼんやりと見つめていた。

3年2組 担任 広瀬まどか

その文字が、今の私には少し重たく感じられた。

「まどか、また難しい顔してるよ。何かあったの?」

同期の大島慶子が笑いながら教室に入ってきた。メガネの奥の目はよく動く。

「うちのクラス、また行き渋りの子が増えて…。私、何か間違ってるのかなって」

自分でも驚くほど弱々しい声が出た。慶子は私の隣の席に腰を下ろし、机に肘をついて外を眺める。校庭の鉄棒が夕陽を反射して、細い光の線をつくっていた。

「まどか、じつは前にね、私も同じことで悩んだことがあったんだよ」

私は顔を上げる。慶子は少し遠くを見るような目をしていた。

左が主人公の広瀨まどか。右が同僚の大島慶子。
左がこの物語の主人公・広瀨まどか。教員4年目。右が同僚の大島慶子。

「うちのクラスにも行き渋りの子がいてさ。その子、毎朝泣いて、玄関から動けなくて…。悩んで、どうしたらいいかわからなくなって、思い切って茨木先生に相談してみたの」

私は思わず目を丸くした。茨木耕司先生は、いざという時に頼りになる変わり者の先輩だ。茨木先生なら何て言うのだろう。

「そしたらね、あの人、こんなこと言ったんだよ」

慶子は、茨木先生の声を思い出すように、ゆっくりと言葉を置いた。

世界の美しさと、自分の素晴らしさを教えてあげてください。それがわかれば、人は自然と誰かに会いに行きたくなりますよって」

その言葉は、私の胸の奥にすっと落ちていった。正解とか指導法とか、そういうものとは違うのに、なぜか心が揺れる。

「最初は意味がわからなかったよ。でもね、そのまま保護者に伝えてみたの。そしたらお母さん、はっとしてね、こう言ったの」

慶子の声が少し低くなった。

「私、息子にいつも暗いニュースを見せて、気をつけなさいって伝えていました。わが子に『世界は危ないところだ』って刷り込んでいましたって」

私は息をのんだ。確かに、世界を怖い場所だと思ってしまったら、外に出るのが嫌になるのは当然だ。

「それからお母さん、毎晩その子と一緒に、世界の美しい景色の写真集を見る時間をつくったんだって。海の青とか、山の緑とか、街の夜景とか…。こんなところに行ってみたいね、って話しながら」

慶子の表情がふっと柔らかくなる。

「そしたらね、不思議なくらいその子の行き渋りが減っていったの」

私は胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。

子どもが学校に来るのは、義務感からでも叱咤されるからでもなく、「誰かに会いたい」という気持ちからなのかもしれない。

「だからさ、まどか。焦らなくていいんだよ。あんたのやり方、きっと間違ってない」

慶子はそう言って、私の背中を軽く叩いた。
夕焼けの光が、教室に掲示された子どもたちの作品を優しく照らしていた。

エピソード1 

放課後の会議室、学年部会の場所にはまだ誰も来ていなかった。

長机の上に積み上げられた資料を見て、場所を間違えていないことがわかり、ほっとする。

私は一番奥の席に座る。ただのパイプ椅子なのに身体が沈んでいくような気がする。議題が印刷された紙を指先でなぞっていた。

そこへ、勢いよくドアを開け、3年1組の担任、河村俊介先生が入ってきた。私と5歳くらいしか違わないのに、自信満々だ。夕陽を背にして立つ彼は、どこか舞台の上の役者のように見えた。

「広瀬先生、ちょっといい?」

私は顔を上げる。

「例の不登校の子に、無理に来なくていいって言ったって、本当?」

「無理にという部分を強調したつもりだったんです。来られるようになるまで、少しずつでいいって」

河村先生は、遮るように言う。

「でもさ、それって『来なくていい』と受け取られるよ。子どもは楽な方に流れるんだから

胸がちくりと痛む。私は言い返したいのに、言葉が喉の奥で固まってしまう。

河村先生は続けた。

「去年のタクミ、覚えてる?3か月来なかったけど、俺、毎朝家に行って“今日の目標”を渡したんだよ。“教室に5分いる”とか、“プリント一枚やる”とか。そしたら1か月で戻ってきた。“戻す”って、そういうことだと思うんだよね」

彼の声には確信が宿っていて、私の胸に重くのしかかる。

その時だった。会議室のドアが、勢いよく開いた。

「広瀬先生、ちょっといいですか!」

低く震える声。

振り向くと、ユウタのお父さんが立っていた。背広の肩が上下し、息が荒い。目は怒りで赤く染まり、拳は固く握られていた。

「先生、“無理に来なくていい”って言ったそうですね。それで、うちの子、行く気をなくしましたよ!」

私は慌てて首を振る。

「ち、違うんです。プレッシャーをかけすぎないようにという意味で…」

「でも結果として来なくていいって言ったんでしょう? 学校は来なきゃいけないところでしょう! 来ないなら無理にでも来させなきゃいけないじゃないですか!」

お父さんの声が会議室の空気を震わせた。河村先生が、父親の怒りに寄り添うように言う。

「お父さんの言うのももっともです。子どもは甘やかすと戻れなくなりますから…」

私は、胸の奥がぎゅっと締めつけられ、目の前が真っ暗になった。

その時だった。

「すみません。少しだけ、お話ししてもいいですか」

その声は、まるで水面に落ちる小石のように静かで、けれど確かに空気を変えた。

振り向くと、職員室の隅にいるはずの茨木耕司先生が、会議室の入り口に立っていた。

後ろで慶子が、父親に見えないよう小さく手を振る。呼んできてくれたのだと気づき、胸が熱くなる。

茨木耕司先生
頼りになる先輩、茨木耕司先生

茨木先生は、父親の前に静かに歩み寄った。その動きは、怒りを吸い取るようにゆっくりで、まるで部屋の温度が少し下がったように感じた。

「お父さん、山に行くのはお好きですか?」

突然の問いに、父親は戸惑いながらも答える。

「山!? いや、別に。クマが出るってニュースを見ると、怖くて行く気になれませんね」

「そうですよね。『行かなきゃいけない』と言われても、クマが怖ければ足はすくみます」

父親は眉をひそめる。

「でも、学校は山とは違うでしょう? 行かなきゃいけない場所なんですよ」

茨木先生は、少しだけ首をかしげた。

「もちろん、学校は大切な場所です。でも、ユウタくんにとってはクマがいる山と同じなんです」

「でも、学校にクマはいませんよね? 」

「ユウタくんは登校に恐怖を感じている、ということです。不登校になった原因、つまりクマを排除すれば同じ目には遭わないですむでしょう。でも、ユウタくんが抱いているクマに会うんじゃないかという不安は、なかなか消えないんですよ」

父親は口を開きかけて、閉じた。怒りの熱が、まだ彼の胸の奥に残っているのがわかる。

茨木先生は、さらに静かに続けた。

「では、お父さん。もしお父さんが誰かに、『怖がるな、行け!』と背中を押されたとして、クマのいる山に向かえますか?」

父親は、しばらく黙った。その沈黙の間、夕陽がゆっくりと会議室の床を染めていく。

「……いや。怖いものは、怖いです…」

「そうですよね。無理やり連れていかれたら、ますます山が嫌いになります。行っても目を閉じて耳をふさいでいるだけでしょう。でも、山の美しい景色や澄んだ空気の話を聞いたら、少しだけ行ってみようかな、と思いませんか?」

父親の表情が、わずかに揺れる。

「……まあ、そうかもしれません」

「ユウタくんにとっての“美しい景色”は、学校での安心できる時間や、話を聞いてくれる先生や友達です。美しい景色が見えれば、自分から一歩を踏み出せるきっかけになります」

父親は、ゆっくりと息を吐いた。その怒りがしぼんでいくのがわかった。

「……すみません。少し、焦っていたのかもしれません」

私はただ、胸の奥に広がる温かさを感じていた。茨木先生が、光を取り戻してくれたのだ。

「今後ともよろしくお願いします」

父親は深く頭を下げて帰っていき、続いて河村先生も気まずそうに資料をまとめて部屋を出ていった。会議室には静けさが戻った。

「あの、茨木先生…」

声を出した瞬間、自分でも驚くほど小さく震えていた。

慶子が駆け寄ってきて、抱きしめてくれる。泣いてしまいそう。茨木先生にお礼を言わなければ。本当は慶子を抱きしめて泣きたいのをこらえて、茨木先生に伝える。

「本当にありがとうございました。私の言葉が誤解を生んでしまって」

茨木先生は、少しだけ首を横に振った。

「こちらがどんな言葉を使っていたとしても、お父さんの怒りは変わりませんよ。それが子どもに向かうか、学校に向かうかの違いです」

私は思わず目を伏せた。涙がこぼれそうになるのを、必死でこらえる。

「ありがとうございます。私、もう少し頑張れそうです」

茨木先生は、淡く微笑んだ。

「頑張りすぎないように。クマに会ったら避難ですよ」

その言葉に、私は小さく笑ってしまった。胸の奥に、ふっと灯りがともるようだった。

(この物語は第2話に続きます)

茨木耕司先生によるエピソード解説

子どもたちの目から見て、今の世の中には恐怖や不安があふれているように見えます。とくにネットの世界を通すと、その印象はいっそう強まります。恐怖は現実に存在する対象に対する反応であり、不安は「起こるかもしれない」という、まだ現実にはないものへの反応です。現実にある恐怖には対処できても、不安への対処は難しいものです。

こうした恐怖や不安に満ちた社会で育つ子どもは、無意識に「世界は怖ろしい場所だ」というイメージを刷り込まれていきます。その結果、ちょっとしたきっかけで身体がすくみ、登校できなくなることがあります。

不安で身体が固まり、登校できない
登校できない自分に劣等感や引け目を抱く
「そんな自分が外でうまくやれるはずがない」とさらに不安が強まる

このような悪循環に陥ってしまうのです(連載「令和型不登校の子どもたちに寄り添う トライアングルアプローチ#1」参照)。

周囲の大人による強制的に登校させようとする対応は、まるで北風のようなものです。北風のような対応を受けると、子どもはますます家にしがみつき、心を閉ざしてしまいます。無理に学校に連れていくことは、学校生活への不安に加えて「無理強いされるかもしれない」という二重の不安を与えることになります。

一方で、大人自身も「このまま行けなくなったらどうしよう」「いつになったら普通に登校できるのか」という不安を抱えています。不安は怒りに変わりやすく、その結果「無理にでも行かせよう」という発想につながってしまいます。しかし、無理やり連れて行った登校は長続きしません。週5回行けていたものが4回、3回と減っていき、やがて梃子でも動かない状態になる場合もあります。

反対に、自分の意志で「行ってきます」と登校できた日があったとしたら、最初は月に1度であっても、それはやがて2度、3度と増えていきます。徐々に「安心」と「自信」が生まれてくるからです。

北風のような対応でうまくいく場合も確かにあるでしょう。しかし、その方法は短期的なものにとどめなければなりません。長く続ければ、子どもの心に深いダメージを与え、世界に対するイメージも、自分自身のイメージもますます否定的なものになってしまいます。

子どもが「世界の美しさと自分の素晴らしさ」を知ることができれば、自然と「誰かに会いに行きたい」という気持ちが芽生えます。その“誰か”が教師であれば、これほど嬉しいことはありません。

大切なのは、太陽のような存在になることです。
子どもを優しく照らし、そっと温めるような関わりが、安心と前進の力を育てます。

<千葉孝司 プロフィール>
ちば・こうじ。1970年北海道生まれ。元・公立中学校教諭。ピンクシャツデーとかち発起人代表。いじめ防止や不登校対応に関する啓発活動に取り組み、カナダ発のいじめ防止運動ピンクシャツデーの普及にも努める。著書に「いじめと戦う!プロの対応術」(小学館)、「令和型不登校対応マップ」「WHYとHOWでよくわかる!いじめ 困ったときの指導法」「WHYとHOWでよくわかる!不登校 困ったときの対応術」(いずれも明治図書出版)等がある。

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