【連載】令和型不登校の子どもたちに寄り添う トライアングル・アプローチ ♯20 不登校による「学びの遅れ」をどう捉えるか?

近年の子どもたちと昭和型学校システムとのミスマッチを要因とした令和型不登校への対応を、三角形を組み合わせた模式図を用いて解説、提案する好評連載。今回のテーマは、「不登校による学びの遅れへの捉え方」です。
執筆&イラスト/千葉孝司(元・北海道公立中学校教諭)
目次
今回の相談事例
中学2年生担任からの相談(架空事例)です。
クラスに不登校の生徒が複数います。その子たちの学習について悩んでいます。ある保護者は、オンラインで授業を受けさせてほしいと言います。ところが、こちらが準備をしていても、子どもはその授業を全く受けてくれません。
ある保護者はオンライン授業が無理でも家で学校と同じように勉強させたいと考え、時間割を立てて学習に取り組ませています。他に、校内の支援センターに登校している生徒もいます。教室に入れなくても、学校に来ている以上はなるべく学習をさせたいと考えています。さまざまな不登校の子どもの学習について、アドバイスをいただけると幸いです。 (40代女性)
学習より回復を優先する
学習の遅れを取り戻させたい。
不登校の子どもにかかわる大人は良かれと思って、様々なアプローチをします。しかし、不登校の子どもにとっての学習は、健康な状態の子どもが取り組む学習とはまったく別の意味をもちます。不安や劣等感で身体が緊張し、心が萎縮している状態では、学習は「成長の機会」ではなく「脅威」として感じられるのです。
身体面で考えると、強い不安や劣等感を抱えると、身体は自動的に「防御モード」に入ります。
これは自律神経の働きによるもので、心拍数が上がり、呼吸が浅くなります。こんな緊張状態では、脳は「危険から身を守ること」を最優先し、学習のような高度な認知活動にはエネルギーを回せません。
次に心理面です。不安や劣等感が強い子どもは、「またできなかったらどうしよう」「怒られるかもしれない」「比べられるのが怖い」といった思いが先に立ちます。この状態で学習に向かうことは、心理的な負荷となり、避けたくなるのは自然な反応です。
さらに認知面で考えると、不安が高まると、脳の前頭前野が働きにくくなります。すると、集中できない、頭に入らない、問題が難しく感じる、すぐに疲れるといった状態になります。
この「できない感覚」がさらに劣等感を強め、脳が学習を「回避すべきもの」として記憶してしまいます。
つまり、学習の遅れを理由に負荷をかけることは、遅れを取り戻すどころか、状態をさらに悪化させ、結果として学習から遠ざける行為になってしまいます。

校庭での活動中に熱中症になった子どもを想像してみてください。木陰で休ませているその子に対して、「他の子もやっているんだから、あなたもやりなさい」と言う人はいません。「ここにいてもいいから、筋トレだけしなさい」とも言いません。身体が危険信号を出しているときには、活動よりも回復が優先されるからです。不登校の子どもにとっての学習も、これと同じ構造をもっています。心身が危険信号を出している状態で学習を押し込むことは、熱中症の子に運動を強いるのと同じで、回復を遠ざけるだけです。
学習と回復のどちらが優先されるべきかといえば、答えは明らかに回復です。学習をしたから回復したことになるのではなく、学習をしたくなるほど回復することが大切なのです。
校内支援センターなどで「遊ばせないで、もっと勉強をさせるべきだ」と考える人もいますが、不登校の本質を踏まえると、それは回復を妨げる方向に働きます。遊びや雑談、安心できる時間は、心身を整えるための重要なプロセスです。
学習は「戻すもの」ではなく、「戻ってくるもの」です。大人が焦って押し込めば押し込むほど、子どもは学習から遠ざかっていきます。逆に、安心と回復が整えば、子どもは驚くほど短期間で学びを取り戻します。だからこそ、学習の遅れを理由に無理をさせるのではなく、学習が自然に戻ってこられる状態を整えることこそが、もっとも確実で教育的な支援になります。

回復を遠ざけない学びに必要なこと
学習そのものを否定しているわけではありません。回復を遠ざけない学びが必要なのです。そのためには、「学習を進めること」ではなく、自然に学習に戻ってこられる条件を整えることです。
まず必要なのは、学習の量ではなく、学習をしようとする気持ちを整えることです。不登校の子どもは、学習そのものよりも「学習に向かうときの自分」を怖がっています。できない自分、比べられる自分、責められる自分。それらが学習への最大のブレーキになっています。だからこそ、学習に触れたときに「大丈夫だった」「できた」「怒られなかった」という経験を積むことが、回復を遠ざけない学びの第一歩になります。
次に大切なのは、子どもが自分で選べる学びにすることです。どんなに小さな選択でも構いません。「国語と理科、どっちにする?」「5分にする? 3分にする?」といった選択肢は、子どもの自己決定感を回復させ、学習を「脅威」から「自分でコントロールできるもの」へと変えていきます。選べるという感覚は、自己の安全を支える柱であり、学習への内発的な動きを生む土壌になります。この選択肢の中には、「今日は休む」というのもありとします。そうすることでやらされているという義務感を緩和できます。
さらに、学習を「つながりの手段」として扱うことも重要です。学習を成果としてではなく、学校との細い糸として位置づけるのです。たとえば、支援センターで先生と少し話す、オンラインに1分だけ入る、プリントを1枚だけ提出する。これらは学力向上のためではなく、「学校とつながっている」という安心を育てるための行為です。この安心が、やがて学習への自然な回帰を支えます。オンライン授業において大切なのは、学習そのものよりもつながりの手段だという意識が大切です。
回復を遠ざけない学びのためには、学習の後に適切なフィードバックを与えることが欠かせません。
不登校の子どもは不安や劣等感を抱えているため、せっかく取り組んでも「頑張ったね」と声をかけられると、「仕方なくやっただけ」と返すことがあります。これは反抗ではなく、自分の行動に価値を見いだせない状態から生まれる言葉です。
だからこそ、大人がその行動に意味を与えてあげる必要があります。たとえば、子どもが「仕方なくね」と言ったときには、「仕方なく、と思ったかもしれないけれど、やることを自分で選んで取り組んだよね」と返してあげることが大切です。
このように行動の中にある“自分で選んだ部分”を言語化して返すことで、子どもは自分の行動を肯定的に捉え直すことができます。
そのためにも、学習に取り組む際には「やらない」という選択肢を必ず残しておくことが重要です。選択肢があるからこそ、子どもは「自分で選んだ」という感覚を持つことができます。
具体的な実践ポイント
〇ベイビーステップで
「プリント1枚」ではなく “1問だけ”
「読書1章」ではなく “1段落だけ”
「オンライン授業全部」ではなく “1分だけ入ってすぐ抜けていい”
目的は“量”ではなく 成功体験をつくること
成功体験は、身体の緊張を下げ、関係の安全を育て、自己の安全を回復させる最も確実な方法
〇子どもが選べる余地を残す
「国語と算数、どちらにする?」
「3分と5分、どちらにする?」
「今はやらない」も保証する
小さな選択でも “自分で決められた”感覚が生まれる
自己決定感は、学習を“脅威”から“自分で扱えるもの”へ変える力になる
選べる感覚が戻ると、学習への内発的な動きが自然に生まれる
〇学習を“つながりの維持”として扱う
支援センターで先生と少し話す
オンラインに一瞬だけ入る
プリントを1枚だけ提出する
これらは学力向上のためではなく、学校との細い糸を保つための行為
「つながっている」という安心が、学習への自然な回帰を支える
〇遊び・雑談・安心の時間を“学習の前提条件”として認める
遊びは回復の妨げではなく、回復そのもの
身体の緊張が緩み、関係の安全が育ち、自己決定感が戻るのは遊びや自由時間の中
この時間を削って学習を押し込むと、気持ちは学習からさらに遠ざかる
〇「できた」を必ず言語化して返す
「1問だけできたね」
「1分だけ入れたね」
「今日はここまでで十分だよ」
評価ではなく 承認、成果ではなく 過程を受け止める
言語化された承認は、自己効力感を育て、次の行動につながる力になる
「学びの遅れ」を心配し、焦っている保護者との対話例
教師 お家で時間割を作って学習に取り組ませていらっしゃるんですね。
保護者 はい…。学校に行けていない分、せめて勉強だけでもと思って。でも、思うように進まなくて。時間割を守れないと、本人も落ち込んでしまって。
教師 それは、とてもつらい状況ですね。
※ここで保護者の不安をしっかり受け止め、落ち着かせる
教師 少しだけ、お子さんの状態についてお話ししてもいいでしょうか。いまのお子さんが学習に向かえないのは、怠けているからではなく、心と身体が緊張していて、学習ができる状態ではないのかもしれません。
保護者 そうなんですか。
教師 はい。たとえば、校庭で熱中症になった子が木陰で休んでいるとします。その子に『他の子もやっているから、あなたもやりなさい』とは言いませんよね。不登校の状態というのは、心の熱中症のようなものなんです。まずは回復が必要で、活動を増やすと逆に悪化してしまうことがあります。
※比喩を使うときは、伝わっているかどうかを確認しながら
教師 そして、熱中症の子に運動をさせると悪化してしまうように、心が疲れている状態で学習を押し込むと、“できない自分”を突きつけられてしまって、さらに落ち込んでしまうことがあります。
保護者 たしかに最近は時間割を守れないことで、本人がすごくイライラしています。
教師 それは、とても大事なサインなんです。時間割を守れないと、『自分はダメだ』『どうせできない』という気持ちが強くなってしまいます。そうなると、学習が“怖いもの”になってしまうんです。
※保護者の経験を肯定しながら、視点を少しずつ変える
教師 ここで一つ、安心していただきたいことがあります。実は、学習の遅れは“原因”ではなく“結果”なんです。そして、回復が進むと、子どもは驚くほど短期間で学習を取り戻します。
保護者 短期間で…取り戻せるんですか。
教師 はい。これは多くの子どもたちに共通して見られることです。心身が回復すると、集中力も理解力も一気に戻ります。“やらされる学び”ではなく、“自分からやりたいと思える学び”に変わるので、吸収力がまったく違うんです。だから、今焦って押し込む必要はありません。むしろ、押し込むことで回復が遅れ、結果として学習の遅れが大きくなることのほうが心配です。
※保護者の最大の不安「遅れは取り戻せるのか」を丁寧に解消する
教師 いま大切なのは、“量”ではなく、安心して触れられる学びなんです。たとえば、
・プリントを“一問だけ”
・読書を“1分だけ”
・タブレットを“開くだけ”
こうした小さな一歩でも、『できた』という感覚が積み重なると、心の緊張が下がり、学習に向かう力が自然に戻ってきます。
保護者 そのくらいなら、できそうです。時間割を守らせることが目的になっていたかもしれません。
教師 そのお気持ち、本当によく分かります。でも、お子さんに必要なのは“量”ではなく、“安心して触れられる学び”なんです。今は回復を優先して、できたことを一緒に喜べる学び方に切り替えていきましょう。そのほうが、結果的に学習も、学校とのつながりも、ずっと良い形で戻ってきます。
保護者 少し気持ちが軽くなりました。やれるところから始めてみます。
教師 はい。お子さんのペースで大丈夫です。文部科学省も、不登校の子どもはまず心身の回復を優先し、その子に合った形で学びを保障することを求めています。私たちも一緒に支えていきますので、安心して進めていきましょう。
イラスト/千葉孝司
※この連載は、原則として月に1回の更新予定です。
<千葉孝司 プロフィール>
ちば・こうじ。1970年北海道生まれ。元・公立中学校教諭。ピンクシャツデーとかち発起人代表。いじめ防止や不登校対応に関する啓発活動に取り組み、カナダ発のいじめ防止運動ピンクシャツデーの普及にも努める。著書に「いじめと戦う!プロの対応術」(小学館)、「令和型不登校対応マップ」「WHYとHOWでよくわかる!いじめ 困ったときの指導法」「WHYとHOWでよくわかる!不登校 困ったときの対応術」(いずれも明治図書出版)等がある。
千葉孝司先生のご著書(必読の名著!)、好評発売中です。


