菊池省三の「コミュニケーション力が育つ教室づくり」 #48 菊池省三解説付き授業レポート⑪ ~千葉県鎌ケ谷市立初富小学校5年1組<後編>

連載
菊池省三のコミュニケーション力が育つ教室づくり

教育実践研究家、教育実践研究サークル「菊池道場」主宰

菊池省三
菊池省三の「コミュニケーション力が育つ教室づくり」

全国各地での飛び込み授業を、菊池先生ご自身の解説付きでレポートする好評シリーズ。初富小学校の5年生への授業の第3回をお届けします。菊池学級における「学びのレベルを上げる」アプローチの秘密が垣間見える必読回です。

突飛な行動を取った子供をリフレーミングして認める

菊池先生が新しい写真を見せた。
「警察官がいろいろなところをパトロールして被災者から話を聞いている写真です。なぜ見回りをするんでしょうか? 予想で言える人?」
菊池先生が話し終える前に、2人の男子がフライングでさっと立ち上がった。菊池先生が、
「スピード違反だなあ」
と言うと、みんな大笑い。
挙手して指名された4人とフライングの2人が発表した。

ポイント1
フライングの2人は積極的に立ち上がって発表しようとしました。
教室の人間関係が未熟だと「また、あの子か」と冷たい空気になりますが、周りの子供たちも2人を受け入れ、笑顔だったので指名しました。
突飛な行動を取る無邪気な子供に対しては、「フライングだぞ」「スピード違反だな」などとリフレーミングして認めることも大切です。
発言が苦手な教室、重い雰囲気の教室の場合は、列指名等で何人もの子供に発表させ、表現を引き出すようにします。一方、空気が温まっている教室の場合、発表者の人数にこだわる必要はありません。挙手していなくてもそれぞれが考えを持っていると思えるからです。
話し合いは、発表し合うことではなく、むしろ聞き合うこと。聞き合い、考え合うことです。

情報を集めに行っている
ボランティアに紛れてお金を盗む人がいるから、泥棒を捕まえるため
金銭が取られないよう、警戒する
人の命がかかっているから、「少しでも助かることにつながるなら」と見回っている
同じ日本人として、仲間として助けないわけにはいかない

「どれも当てはまっているけれど、“スピード違反” の君が言ってくれたことなんです。被災した家に行って、ものを盗んだり、『修理する』と言って法外な金額を要求する詐欺が出たりしたので、パトロールをしているんですね」と菊池先生が説明した。

学び合う関係性ができている子供たちにあえて負荷をかける

「同じ地球上の人間。救助している人には“ある”けれど、盗んだりだましたりして取り締まらなければならない人には “ない”。何が違うんだろうか。ズバッと紙に書きましょう」
子供たちはすぐに鉛筆を持ち、真剣な表情で書き込んだ。
1分後、菊池先生が次の話し合いに向けて言葉をかけた。
「みんなが同じ教室で学び合ってほぼ1年経つね。みんなで学び合う関係性ができているから、きっと『今の問いは、あの友達のところに行って対話しよう』と考えているよね。楽しみだなあ
菊池先生の言葉かけに、みんながうなずいた。
「さすが世界一に挑んでいる学級だね。じゃあ、そんな友達のところに行って対話しましょう」
子供たちは勢いよく席を立ち、1分間意見交換。1対1で話していた子の周りに他の子が加わり、自然に数人が一緒に意見を出し合う場面も見られた。
席に戻ると、自由起立で次々発表。

悪いことをする人は、大変な思いをしている人の心を理解することができない
欲望に負けてしまう心
自分のことだけを考えている
人のことを考える心がない
優しい心がない
人の心がない
自分のことしか思っていない
相手の気持ちになれない
人が悲しむ姿を見たことがない
感じ方が違う
不安がない

「『大変なことをしている』という不安がないということかな?」
と菊池先生が尋ねると、発表した子がうなずいた。菊池先生が、
「発想がめちゃいいね」
とほめると、発表した子がにっこり笑った。

他己中(たこちゅう)がない
人の苦しみや悲しみがわからない
超一流の心がない

菊池先生が
「超一流の心ってどんなこと?」
と尋ねると、
「他人の気持ちを理解する、小さいことでも人のためになればいいな、と思う心がないということです」と発表した子が答えた。
「一人ひとりの違いを認め合う教室は、その人なりの発想を出し合って、『すごいな』『おもしろいな』と感じ合うことができるんですね」
と菊池先生がほめると、みんなが大きく拍手した。

ポイント2
その子らしさ、ユニークさを意味付け・価値付けすることが大切です。キャラが立つことは一人ひとりの「らしさ」が出ているということ。教師は、年間を通してその視点を意識しましょう。

菊池先生が、
「今、みんなが考えてくれたことは、<○○力>がないからじゃないかと思います」
と言いながら、黒板に、<想○力>と書くと、最前列の女子が「ああっ」とつぶやき、思わず手を挙げ、発表した。
「想像力です」
「そうです。想像するというのは、相手への思いやり・優しさです。前者は、想像力を人への優しさに使おうとする。後者はそういう想像力がないからじゃないでしょうか」
と菊池先生が話し、黒板に書いた。

<想像力を人への優しさに使おう>

「これが、地球上の他の生き物と比べて、人間ができることの一つではないかと思います。そして、この学級でも、3・22に向かって大事にしてきたことだと思います。4月から新しい学年になったら、想像力を、もっと人への優しさに使ってほしいと思います」
もうすぐ最上級生になるみんなに向けて、菊池先生がエールを送った。

ポイント3
「救助している人は優しい。泥棒は悪い」。
尊さと卑劣さ、同じ人間としての違いはどこにあるのか、子供たちをどきっとさせ、より大きな視野で捉えさせたいと考えました。
このような話は、教科書教材では、救助する人たちにスポットライトを当て、いい話だけを切り取って紹介することがほとんどです。救助と火事場泥棒という対極を示して考えさせることで、子供たちの心により深く落としていきたいと思いました。より強いメッセージを伝えるため、<地球の生き物>というマクロな視点から、<人間と他の生き物との違い>という比較する視点を出し、人の心について考えさせていく展開にしました。

菊池省三先生による第48回解説

話し合いを通して、「子供同士の関係性がよくなる」ところまで到達しても、話し合いの質がそこで止まってしまい、それ以上にレベルアップしないのは、子供たち一人ひとりが話し合いの流れを自覚していないからです。
今、自分は「発言するとき」なのか、「質問するとき」なのか、「反論するとき」なのかを自覚することで、「誰に言うべきか」「誰の意見を聞くべきか」を自ら意識できるようになっていきます。 
以前受け持っていた学級で、「話し合いを通して、難しいことが楽しいと思えるようになった」と話した子がいました。正解を覚えるのは楽だけど、正解について考え続けることは難しい。
それを楽しいと思えるのは、話し合いを通していろいろな考え方を知り、学びが自分の血となり肉となっていくからです。
話し合いには、かかわり合いの質と対話の内容の質、2つの質があります。
かかわり合いの質の向上は、「一人ぼっちを作らない」「男女関係なく誰とでも話す」などマイナスをプラスにすることに目が向きがちですが、さらに「誰に意見を聞きたいか」という言葉をかけることで、かかわり合いの質を高め、結果的に対話の質を上げていくことが大切です。
「誰にどんな考えを聞きたいか」「なぜそう考えたのか」「私はこう思うがあなたはどう思うか」。
こうした言葉のやりとりが話し合いの幅を広げていきます。
相手の意見を聞いて自分の意見を磨き、自分の意見をわかりやすく説明する中で自分自身の考えを整理していくことで、内容の質は高まっていきます。
子供たちが自覚的に、内容の質を高める話し合いを目指すようになるためには、ディベートのような型を学び、経験することが必要です。

子供たちによる自由立ち歩き話し合いの場面写真。友達の話をしっかりとききながらメモをとっている。
「誰の意見を聞きたいか」を意識させることで、話し合いの質が高まっていく。

※次回は、4月23日(火)AM6時に公開予定です。

↓2024年5月6日開催 菊池省三先生のオンライン講座、参加者募集中です!


↓若手が菊池実践を学ぶために最適の単行本 「一人も見捨てない!菊池学級 12か月の言葉かけ」発売中!

単行本「菊池学級12か月の言葉かけ」カバー画像

取材・文/関原美和子 プロフィール写真/西村智晴


菊池省三

Profile
きくち・しょうぞう。1959年愛媛県生まれ。北九州市の小学校教諭として崩壊した学級を20数年で次々と立て直し、その実践が注目を集める。2012年にはNHK『プロフェッショナル仕事の流儀』に出演、大反響を呼ぶ。教育実践サークル「菊池道場」主宰。『菊池先生の「ことばシャワー」の奇跡 生きる力がつく授業』(講談社)、『一人も見捨てない!菊池学級 12か月の言葉かけ コミュニケーション力を育てる指導ステップ』(小学館)他著書多数。


菊池省三の「コミュニケーション力が育つ教室づくり」 ほかの回もチェック⇒
第1回 すべての教科の基盤となる “空気づくり” <前編>
第2回 すべての教科の基盤となる “空気づくり” <後編>
第3回 教師のパフォーマンス力が、教室の空気をつくる <前編>
第4回 教師のパフォーマンス力が、教室の空気をつくる <後編>
第5回 授業動画で “教室の空気” を学ぶ <前編>
第6回 授業動画で “教室の空気” を学ぶ <後編> ──高知県佐川町立黒岩小学校での授業より
第7回 子供の “つぶやき” と “雑音” への対応 <前編>
第8回 子供の “つぶやき” と “雑音” への対応 <後編>
第9回 「コミュニケーション力が育つ」授業レポート① ~高知県高知市立三里小学校6年1組 <前編>
第10回 「コミュニケーション力が育つ」授業レポート① ~高知県高知市立三里小学校6年1組 <後編>
第11回 学級の「混乱期」をどう乗り越えるか<前編>
第12回 学級の「混乱期」をどう乗り越えるか<後編>
第13回 コミュニケーション力が育つ授業レポート② ~岡山県浅口市立鴨方中学校2年2組<前編>
第14回 コミュニケーション力が育つ授業レポート② ~岡山県浅口市立鴨方中学校2年2組<後編>
第15回 「標準期」における成長は、子供の主体性にかかっている <前編>
第16回 「標準期」における成長は、子供の主体性にかかっている <後編>
第17回 コミュニケーション力が育つ授業レポート③ ~愛知県豊橋市立松山小学校2年ろ組 <前編>
第18回 コミュニケーション力が育つ授業レポート③ ~愛知県豊橋市立松山小学校2年ろ組 <後編>
第19回 1年間のゴールイメージを実現する「達成期」の指導 <前編>
第20回 1年間のゴールイメージを実現する「達成期」の指導 <後編>
第21回 第5段階「解散期」と学びの「社会化」
第22回 教師と子供の“縦のつながり”で、安心できる教室づくりを
第23回 子供の呼吸に合わせるペーシングで、一人ひとりとつながる
第24回 菊池省三自ら解説! コミュニケーション力が育つ授業レポート④ ~愛媛県松山市立味生第二小学校3年2組 <前編>
第25回 菊池省三自ら解説! コミュニケーション力が育つ授業レポート④ ~愛媛県松山市立味生第二小学校3年2組 <中編>
第26回 菊池省三自ら解説! コミュニケーション力が育つ授業レポート ~愛媛県松山市立味生第二小学校3年2組 <後編>
第27回 菊池省三解説付き授業レポート⑤ ~神戸市立春日台小学校2年1組 <前編>
第28回 菊池省三解説付き授業レポート⑤ ~神戸市立春日台小学校2年1組 <中編>
第29回 菊池省三解説付き授業レポート⑤ ~神戸市立春日台小学校2年1組 <後編>
第30回 菊池省三解説付き授業レポート⑥ ~滋賀県湖南市立岩根小学校 <前編>
第31回 菊池省三解説付き授業レポート⑥ ~滋賀県湖南市立岩根小学校 <後編>
第32回 菊池省三解説付き授業レポート⑥ ~滋賀県湖南市立甲西北中学校
第33回 菊池省三解説付き授業レポート⑦ ~大分県玖珠町立くす星翔中学校2年3組 <前編>
第34回 菊池省三解説付き授業レポート⑦ ~大分県玖珠町立くす星翔中学校2年3組 <中編>
第35回 菊池省三解説付き授業レポート⑦ ~大分県玖珠町立くす星翔中学校2年3組 <中編②>
第36回 菊池省三解説付き授業レポート⑦ ~大分県玖珠町立くす星翔中学校2年3組 <後編>
第37回 菊池省三解説付き授業レポート⑧ ~香川県東かがわ市立大内小学校5年1組 <前編>
第38回 菊池省三解説付き授業レポート⑧ ~香川県東かがわ市立大内小学校5年1組 <中編>
第39回 菊池省三解説付き授業レポート⑧ ~香川県東かがわ市立大内小学校5年1組 <後編>
第40回 菊池省三解説付き授業レポート⑨ ~山梨県甲斐市立敷島中学校生徒会による出前授業 <前編>
第41回 菊池省三解説付き授業レポート⑨ ~山梨県甲斐市立敷島中学校 生徒会による出前授業 <中編>
第42回 菊池省三解説付き授業レポート⑨ ~山梨県甲斐市立敷島中学校生徒会による出前授業 <後編>
第42回 菊池省三解説付き授業レポート⑨ ~山梨県甲斐市立敷島中学校生徒会による出前授業 <後編>
第42回 菊池省三解説付き授業レポート⑨ ~山梨県甲斐市立敷島中学校生徒会による出前授業 <後編>
第43回 菊池省三解説付き授業レポート⑩ ~愛媛県松山市立道後小学校5年4組<前編>
第44回 菊池省三解説付き授業レポート⑩ ~愛媛県松山市立道後小学校5年4組<中編>
第45回 菊池省三解説付き授業レポート⑩ ~愛媛県松山市立道後小学校5年4組<後編>
第46回 菊池省三解説付き授業レポート⑪ ~千葉県鎌ケ谷市立初富小学校5年1組<前編>
第47回 菊池省三解説付き授業レポート⑪ ~千葉県鎌ケ谷市立初富小学校5年1組<中編>

学校の先生に役立つ情報を毎日配信中!

クリックして最新記事をチェック!
連載
菊池省三のコミュニケーション力が育つ教室づくり

授業改善の記事一覧

雑誌『教育技術』各誌は刊行終了しました