菊池省三の「コミュニケーション力が育つ教室づくり」 #18 コミュニケーション力が育つ授業レポート③ ~愛知県豊橋市立松山小学校2年ろ組 <後編>

連載
菊池省三のコミュニケーション力が育つ教室づくり

教育実践研究家、教育実践研究サークル「菊池道場」主宰

菊池省三
菊池省三の「コミュニケーション力が育つ教室づくり」

菊池省三実践の最新深化形を紹介する連載第18回。前回に引き続き、豊橋市立松山小学校の2年生に対する飛び込み授業の様子(今回は後半部)を、ポイント解説付きでレポートします。

子供たちの心が揺さぶられる問い

「じつは、ゾウさんとネズミさんの話には続きがあります」
菊池先生がそう話すと、子供たちが姿勢を正した。

ゾウとネズミはケンカしたことをすっかり忘れてまた仲よくなり、毎日一緒に遊びました。
ある日、遊び疲れて二人は寝てしまったのですが、ゾウが寝返りを打ったとき、ネズミが下敷きになって死んでしまいました。

「えっ!」
「ええっ!?」
子供たちからどよめきが起きた。
菊池先生が黒板に書いていく。

<ネズミ きずつけてやろうと思った→なにもおきなかった>

<ゾウ きずつけようとは思っていなかった→ころしてしまった>

「ネズミとゾウ、悪いのはどっちでしょうか? 紙に書きましょう」
菊池先生の問いかけに、「うーん」と頭を抱えて悩み込む子供たち。
じっくり考えた結果、

ネズミ 19人
ゾウ 5人
どっちも悪い 2人

選んだ理由について、再び意見交換。同じ意見のグループごとに集まって作戦会議を行った。
「どっちも悪い」と答えた2人は、どこのグループに入ってもかまわない。

<ゾウが悪い>
ネズミが死んじゃったからゾウが悪い
ゾウが殺してしまったから悪い
ネズミはケガもさせていないのに、ゾウは殺してしまった

<ネズミが悪い>
ゾウは寝ていたからしょうがないと思う
ゾウは寝返りだったから、やりたくてやったわけじゃない
ネズミはケガをさせようとしたけど、ゾウは思っていない
ネズミが悪い。脚をひっかいたり噛んだりして傷をつけて、ゾウが殺してしまったのはネズミにバチが当たった

<どっちも悪い>
ネズミは傷つけてやろうと思ってやったんだから、ネズミは悪い。ゾウも傷つけようと思っていなかったけど殺してしまったから悪い
ネズミは傷つけようと思ってひっかいたりした。自分からやったからのだから悪い。ゾウはわざとじゃないけど、ネズミを殺してしまったのはダメだと思う

子供たちは途切れることなく、次々と自分の意見を発表した。

正解が決まっているわけではない問いかけへの答えには、一人一人の自分らしさが現れる。
子供たちの心が揺さぶられ、全員が自分の意見を話したいと思えるような問いをつくろう。

納得解を求めるモラルジレンマの話し合い

話し合いを終えて席に戻った子供たちに、菊池先生がさらに問いかけた。
この話で、“一番” 責任を取らないといけないのはどちらか。ズバッと書きましょう」

ゾウ 19人
ネズミ 7人

再び席を立って意見交換。あちこちで活発な話し合いが見られた。

<ゾウ>
寝相が悪いから。寝相がよければネズミは助かった
悪くはないけど殺してしまったから、ゾウは責任を取らないといけないと思う
ゾウは殺してしまったから、やっぱり悪い

<ネズミ>
ネズミが先にやって、バチが当たったから
ゾウは傷つかなかったけど、ネズミがやったことは悪い
ひっかいたりすることは一番悪いことだと思う
最初に傷つけようとしたネズミの運が、倍になって返ってきた。死んでしまうほどの悪いことをしたから

発表を終えたところで、菊池先生が「先生は、どっちが “一番” かと聞かれたら、ゾウと答えると思います」と伝えた。

子供たちの視線がまっすぐ菊池先生に向けられている。
「『わざとじゃない』『たまたまだよ』と言い訳をして、自分のしたことに責任を取らなかったら、みんな一緒に楽しく成長できないですよね。だから、たとえわざとじゃなかったとしても、自分のしてしまったことに対しては責任を取れるようになってほしい。そう願って、こういう勉強をしました」

菊池先生の言葉に、子供たちは真剣な表情でうなずいた。

ゾウとネズミの話を、自分の立場に置き換えて考える力をつける。納得解を求めるモラルジレンマの話し合いは、子供たちの思考力を深める。

授業後、子供たちは「意見を発表したとき、みんなに拍手されてうれしかった」「私は最初はネズミが悪いと思っていたけれど、友達の意見を聞いてゾウだと変わった。いろんな意見が聞けて楽しかった」と感想を話してくれた。

子供たちの発表
「意見を話したい!」。子供たちの発表は途切れることなく続いた。

取材・文/関原美和子 プロフィール写真/西村智晴


Profile
きくち・しょうぞう。1959年愛媛県生まれ。北九州市の小学校教諭として崩壊した学級を20数年で次々と立て直し、その実践が注目を集める。2012年にはNHK『プロフェッショナル仕事の流儀』に出演、大反響を呼ぶ。教育実践サークル「菊池道場」主宰。『菊池先生の「ことばシャワー」の奇跡 生きる力がつく授業』(講談社)、『一人も見捨てない!菊池学級 12か月の言葉かけ コミュニケーション力を育てる指導ステップ』(小学館)他著書多数。


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