菊池省三の「コミュニケーション力が育つ教室づくり」 #49 菊池省三解説付き授業レポート⑫ ~兵庫県神河町立神崎小学校5年2組<前編>

連載
菊池省三のコミュニケーション力が育つ教室づくり

教育実践研究家、教育実践研究サークル「菊池道場」主宰

菊池省三
菊池省三の「コミュニケーション力が育つ教室づくり」

全国各地での飛び込み授業を、菊池先生ご自身の解説付きでレポートする好評シリーズ。今回は、神崎小学校の5年生への授業レポートの第1回です。「子供たちに負荷をかける」とはどういうことか。考えさせられる三学期の授業です。

いろいろなこととつなげて考えた意見は、一人ひとり違う

「今日は楽しい授業にしたいですね。大丈夫か?」
教室に入るなり、菊池先生が“挑発”すると、子供たちは、
「はいっ、大丈夫です!」
と元気よく答えた。
「本当に大丈夫か? じゃあ近くの人と『アンタ、大丈夫か?』と言い合いましょう」
子供たち同士の言葉のかけ合いを眺めながら、菊池先生が黒板の左端に<目>と書いた。
「素敵な目のA君が笑顔になるように、大きな拍手をしましょう」
みんなが大きな拍手をした。

ポイント1
最後列に座っていたA君は、前の時間の「ほめ言葉のシャワー」の間、ずっと黙り込んでいました。
一生懸命考えたために黙り込んでしまったのですが、この時間では気持ちを切り替えて、やる気の目になっていることがうかがえました。ですから、彼にスポットライトを当てても大丈夫だろうと判断し、みんなで学び合うために拍手をし合いました。

「今日は何枚かの写真を使った授業をしようと思います。写真を見て気付いたこと、思ったこと、何でもかまいません。あとで発表してもらいますね」
菊池先生がみんなに声をかけた。3秒間、隣の人と相談した後、指名された縦2列の子が発表した。

空が青い

「午前中の俳句の授業とつなげているんだね」
と菊池先生が声をかけると、発表した子は嬉しそうに微笑んだ。

応援している
甲子園

先ほどスポットライトを当てたA君の番が来たが、少し考え込んでいるようだ。
すかさず、菊池先生が、
「野球の応援だというのは、何となくわかる?」
と尋ねると、A君がうなずき、
「学生が応援している」と答えた。
すると、みんなが大きな拍手を送った。

甲子園で天理高校を応援している
楽しそう
一生懸命応援している

指名してほしくて、必死に菊池先生を見つめている真ん中の最前列の席の男子に気付くと、菊池先生は笑いながら、
「どうしても言いたい?」
男子が元気よくうなずいた。

マスクをつけているから、コロナ中なのかな

聞いていた子供たちが思わず、
「おおっ」
と声を上げた。 菊池先生が発表した男子と握手しながら、
「一人ひとり違う言葉で発表する。前の子の発言や午前中の授業、ほめ言葉のシャワー、いろんなことをつなげているんだね」
と話すと、みんながにっこり笑った。

21対0の試合結果。やり過ぎか、これでいいか

全国高等学校野球選手権大会の応援席の写真を見せながら、
「ここに横断幕があります。これをアップにしたのが……」
と言いながら、菊池先生が新しい写真を見せた。

<つなぐ心ひとつに 天理高校野球部>

「視力に自信がある人? 天理高校の横断幕なんだけど、ここがなんか違うよね?」
菊池先生が問いかけると、みんながスローガンの下の小さな文字に目をこらした。
「<生駒高校野球部一同>と書いてあります。作ったのは生駒高校なんですね。天理高校と生駒高校は、奈良県の予選決勝戦で戦い、天理高校が勝ちました。そのときのスコアがこんなんだったんです」
菊池先生が、スコアボードの写真を見せると、<21対0>と掲示されている。
子供たちが思わず「えーっ!?」「すごいっ」と声を上げた。
「県の決勝戦なのに、なぜこんなに差がついたのでしょうか? 成長ノートに予想を書きましょう」
子供たちはさっとノートに向かった。
30秒後、鉛筆を置くと、菊池先生が、
「今から自由に友達と交流するんだけど、2組は当然、一人ぼっちをつくらない。いろいろな人と意見を交換してノートに写し合って、どんどんノートに意見が増えていくと先生は予想しているんだけど、当たりそうですか?」
と声をかけた。みんながうなずくと、
「じゃあ、自由に立って、意見を交換しましょう」
と続けた。
子供たちはさっと席を立って、いろいろな友達と意見交換。30秒後、縦2列が意見を発表した。
中に、

まだ考え中です

と答えた子がいた。その子に対し、
「ぐるっと回ってくるから、誰の意見に近いか教えてね」
と菊池先生が声をかけた。

ポイント2
すぐに答えられない子がいる場合、その場で無理に答えを引き出す必要はありません。「後で答えられたら答えてね」と一言声をかけ、最後に指名し直したり、他の問いかけの際に答えさせたり、“挽回”するチャンスを与えることで、発言できるようになっていきます。

天理高校が練習を頑張っていたから
天理高校が強かったから
団結力があったから
応援を頑張っていたから

「さっきの横断幕につなげていったんだね」
と菊池先生が発言をほめ、
「さっき、『マスクをしているから』と、カタカナ3文字を発表してくれた彼の言葉を、聞いていて覚えていて言える人?」
大勢の子が手を挙げた。
「じゃあ、彼にもう1回言ってもらいましょう。さっき何て言ったんだっけ?」
「『コロナ』です」
「そうです。大きな拍手!」
みんなが大きな拍手を送った。
「生駒高校の選手は、決勝戦の直前にコロナに感染して、ベンチに入れる20人のうち、12人が出場できなくなりました。ピッチャーも試合で初めて投げる選手しか残っていなくて、こんな結果になったんですね」
菊池先生の説明に、
「そうだったのかあ」「しょうがないね」とつぶやく子供たち。
「レギュラー選手が出られないうえに、実力がある天理高校との対戦。天理高校との勝負は、『やり過ぎだろう』か。それとも『これでいい』のか。<や><こ>のどっちか、意見を書きましょう」
菊池先生の問いかけに、子供たちは静まり返り、考え込んだ。

菊池省三先生による第49回解説

“問題がある子” に対応する際、「なんとかして拾いあげよう」とするあまり、ハードルを下げて、甘い対応になってしまうことがあります。
学級の人間関係ができている時期であれば、教師が考えるゴールイメージに導くために、その子にも、学級全員にも、もっと負荷をかけてもいいのではないでしょうか。
A君の目を見たとき、「頑張ろう」としている様子がうかがえました。彼を指名するか、指名しないか。私は、こういうときこそ、彼がいる列を指名したいと思います。
もし彼が発言できなくても、教師がフォローし、友達同士でフォローし合うようにすればいいだけの話です。
腫れ物を扱うようにして、彼を指名しないことは、彼を排除することと同じです。それでは、彼も周りの子も育ちません。
“思いやり” として指名しないことが、かえって成長を妨げるのです。
教師の覚悟が試される場面です。

授業風景
写真から何かを見つけようと、集中して見つめる子供たち

※次回は、5月7日(火)AM6時に公開予定です。

↓2024年5月6日開催 菊池省三先生のオンライン講座、参加者募集中です!

オンライン研修会「動画で学ぶ菊池学級の年間指導」募集告知バナー


↓若手が菊池実践を学ぶために最適の単行本 「一人も見捨てない!菊池学級 12か月の言葉かけ」発売中です!

単行本「菊池学級12か月の言葉かけ」カバー画像

取材・文/関原美和子 プロフィール写真/西村智晴


菊池省三

Profile
きくち・しょうぞう。1959年愛媛県生まれ。北九州市の小学校教諭として崩壊した学級を20数年で次々と立て直し、その実践が注目を集める。2012年にはNHK『プロフェッショナル仕事の流儀』に出演、大反響を呼ぶ。教育実践サークル「菊池道場」主宰。『菊池先生の「ことばシャワー」の奇跡 生きる力がつく授業』(講談社)、『一人も見捨てない!菊池学級 12か月の言葉かけ コミュニケーション力を育てる指導ステップ』(小学館)他著書多数。


菊池省三の「コミュニケーション力が育つ教室づくり」 ほかの回もチェック⇒
第1回 すべての教科の基盤となる “空気づくり” <前編>
第2回 すべての教科の基盤となる “空気づくり” <後編>
第3回 教師のパフォーマンス力が、教室の空気をつくる <前編>
第4回 教師のパフォーマンス力が、教室の空気をつくる <後編>
第5回 授業動画で “教室の空気” を学ぶ <前編>
第6回 授業動画で “教室の空気” を学ぶ <後編> ──高知県佐川町立黒岩小学校での授業より
第7回 子供の “つぶやき” と “雑音” への対応 <前編>
第8回 子供の “つぶやき” と “雑音” への対応 <後編>
第9回 「コミュニケーション力が育つ」授業レポート① ~高知県高知市立三里小学校6年1組 <前編>
第10回 「コミュニケーション力が育つ」授業レポート① ~高知県高知市立三里小学校6年1組 <後編>
第11回 学級の「混乱期」をどう乗り越えるか<前編>
第12回 学級の「混乱期」をどう乗り越えるか<後編>
第13回 コミュニケーション力が育つ授業レポート② ~岡山県浅口市立鴨方中学校2年2組<前編>
第14回 コミュニケーション力が育つ授業レポート② ~岡山県浅口市立鴨方中学校2年2組<後編>
第15回 「標準期」における成長は、子供の主体性にかかっている <前編>
第16回 「標準期」における成長は、子供の主体性にかかっている <後編>
第17回 コミュニケーション力が育つ授業レポート③ ~愛知県豊橋市立松山小学校2年ろ組 <前編>
第18回 コミュニケーション力が育つ授業レポート③ ~愛知県豊橋市立松山小学校2年ろ組 <後編>
第19回 1年間のゴールイメージを実現する「達成期」の指導 <前編>
第20回 1年間のゴールイメージを実現する「達成期」の指導 <後編>
第21回 第5段階「解散期」と学びの「社会化」
第22回 教師と子供の“縦のつながり”で、安心できる教室づくりを
第23回 子供の呼吸に合わせるペーシングで、一人ひとりとつながる
第24回 菊池省三自ら解説! コミュニケーション力が育つ授業レポート④ ~愛媛県松山市立味生第二小学校3年2組 <前編>
第25回 菊池省三自ら解説! コミュニケーション力が育つ授業レポート④ ~愛媛県松山市立味生第二小学校3年2組 <中編>
第26回 菊池省三自ら解説! コミュニケーション力が育つ授業レポート ~愛媛県松山市立味生第二小学校3年2組 <後編>
第27回 菊池省三解説付き授業レポート⑤ ~神戸市立春日台小学校2年1組 <前編>
第28回 菊池省三解説付き授業レポート⑤ ~神戸市立春日台小学校2年1組 <中編>
第29回 菊池省三解説付き授業レポート⑤ ~神戸市立春日台小学校2年1組 <後編>
第30回 菊池省三解説付き授業レポート⑥ ~滋賀県湖南市立岩根小学校 <前編>
第31回 菊池省三解説付き授業レポート⑥ ~滋賀県湖南市立岩根小学校 <後編>
第32回 菊池省三解説付き授業レポート⑥ ~滋賀県湖南市立甲西北中学校
第33回 菊池省三解説付き授業レポート⑦ ~大分県玖珠町立くす星翔中学校2年3組 <前編>
第34回 菊池省三解説付き授業レポート⑦ ~大分県玖珠町立くす星翔中学校2年3組 <中編>
第35回 菊池省三解説付き授業レポート⑦ ~大分県玖珠町立くす星翔中学校2年3組 <中編②>
第36回 菊池省三解説付き授業レポート⑦ ~大分県玖珠町立くす星翔中学校2年3組 <後編>
第37回 菊池省三解説付き授業レポート⑧ ~香川県東かがわ市立大内小学校5年1組 <前編>
第38回 菊池省三解説付き授業レポート⑧ ~香川県東かがわ市立大内小学校5年1組 <中編>
第39回 菊池省三解説付き授業レポート⑧ ~香川県東かがわ市立大内小学校5年1組 <後編>
第40回 菊池省三解説付き授業レポート⑨ ~山梨県甲斐市立敷島中学校生徒会による出前授業 <前編>
第41回 菊池省三解説付き授業レポート⑨ ~山梨県甲斐市立敷島中学校 生徒会による出前授業 <中編>
第42回 菊池省三解説付き授業レポート⑨ ~山梨県甲斐市立敷島中学校生徒会による出前授業 <後編>
第42回 菊池省三解説付き授業レポート⑨ ~山梨県甲斐市立敷島中学校生徒会による出前授業 <後編>
第42回 菊池省三解説付き授業レポート⑨ ~山梨県甲斐市立敷島中学校生徒会による出前授業 <後編>
第43回 菊池省三解説付き授業レポート⑩ ~愛媛県松山市立道後小学校5年4組<前編>
第44回 菊池省三解説付き授業レポート⑩ ~愛媛県松山市立道後小学校5年4組<中編>
第45回 菊池省三解説付き授業レポート⑩ ~愛媛県松山市立道後小学校5年4組<後編>
第46回 菊池省三解説付き授業レポート⑪ ~千葉県鎌ケ谷市立初富小学校5年1組<前編>
第47回 菊池省三解説付き授業レポート⑪ ~千葉県鎌ケ谷市立初富小学校5年1組<中編>
第48回 菊池省三解説付き授業レポート⑪ ~千葉県鎌ケ谷市立初富小学校5年1組<後編>

学校の先生に役立つ情報を毎日配信中!

クリックして最新記事をチェック!
連載
菊池省三のコミュニケーション力が育つ教室づくり

授業改善の記事一覧

雑誌『教育技術』各誌は刊行終了しました