菊池省三の「コミュニケーション力が育つ教室づくり」 #23 子供の呼吸に合わせるペーシングで、一人ひとりとつながる

連載
菊池省三のコミュニケーション力が育つ教室づくり

教育実践研究家、教育実践研究サークル「菊池道場」主宰

菊池省三
菊池省三の「コミュニケーション力が育つ教室づくり」

学級開きから続く気を抜けない日常の中、あなたの学級の子供たちは、どのような姿を見せているでしょうか? 今回は「子供の呼吸に合わせる」をキーワードに、この時期のかかわりについて提案します。

教えているのは未来の大人だ、という意識を

新年度がスタートしてもうすぐ1か月。初日に描いた子供たちの “1年後の姿” を再度思い浮かべましょう。
第21回でも触れましたが、子供たちの1年後の姿とは、教室という小さな枠を飛び出し、外へと向かっていくダイナミックな学びを楽しむ姿です。

そういう子供を育てるために一番大切なことは何か。
「子供を育てる」のではなく、「人を育てる」視点を持つことだと私は考えています。

担当した学年で学ぶべき知識や身に付けるべき技能を教えることは、担任にとってもちろん大切なことです。
しかし、それは “受け持った○年生(子供)を育てること” に留まっているに過ぎません。
本当に大切なのは、知識や技能の先にある、公(おおやけ)社会に必要な「人」を育てる意識を持つことです。

公ではよりよい社会を実現するため、様々な人と協力し合うことが求められます。
自分らしさを発揮し、望ましい社会を築き上げていくこと――。
「大人になる」とは、それができる人になるということです。私たち教師は、子供の未来を見すえた意識を持つことが何より大切なのです。

目の前にいるのは、○年生の子供であり、未来の大人です。その視点を常に忘れずに向き合えば、子供たちへのかかわり方も自ずと見えてくるのではないでしょうか。

呼吸を合わせるのは、子供ではなく教師自身

温かい教室をつくるためには、子供と教師の呼応する関係づくりが必要不可欠です。
呼応する関係とは、子供と教師、さらには子供同士の呼吸が合っているつながりです。
しかし、子供と呼吸を合わせることは、とても難しい。なぜなら、子供の目線に立つという視点を教師が持てないからです。

大切なのは、呼吸合わせにおいて、子供を教師に従わせるのではなく、教師が子供に合わせる「ペーシング」の姿勢で臨むことです。

ペーシングとは、話し方や声の大きさ、速度、表情など、相手の言語や非言語に対して、自分のペースを合わせることです。相手に安心感や親近感を与えるコミュニケーションスキルの1つです。

「高学年らしく、この学級ではみんな1つにまとまりましょう」などと教師が一方的に熱く語っても、呼吸が合っていない段階では、みんなの心はばらばらのまま。子供たちの心に響くどころか、かえって反発されることになりかねません。

教師の呼吸に合わせるよう、子供に強要することは、教師の傲慢です。
自分の指導に子供たちを従わせる教師主導の授業観と同じです。全員を一緒くたにまとめて、一人ひとりの子供をないがしろにしているのです。

“○○スタンダード” を基準に授業を行うことがすべてになると、1つの解き方で1つの正解を求める“効率的な指導”が当たり前になっていきます。
そこから少しでもはみ出た考え方や行動をすると、“問題がある子”と見なされ、教師からたしなめられたり無視されたりするようになります。

そういう教師のかかわり方を見ている周りの子供たちは、「学級開きのとき、先生は『一人ひとりを大切にする』って言ったのに、勉強が始まったら、先生の言うとおりにしないと怒られる。言ってることとやってることが違うなあ」と不満を持ちつつも、「自分は先生に怒られないようにきちんとしなきゃ」「先生の言うことをきかないあの子が悪い」と萎縮するようになっていきます。
このようなマイナスの空気が漂う教室では、ユニークな発想や新たな視点といった個性は消えていく一方です。

それぞれの子供がいろいろな考え方や表現の仕方があることを知り、自分らしさを発揮したいと思うようになることが、教室で学ぶ醍醐味です。
それを潰してしまっていることに気付かない教師も少なくありません。
子供の呼吸に合わせるうえで大切なのは、一人ひとりの子供を観察し、ここぞという場面で引っ張り出してあげることです。
中には「ぼくが、ぼくが」と目立ちたがる子もいるでしょう。普段の授業の中では手を挙げられなくても、「正解を求めない楽しい問いかけならば答えられる」と張り切っているのです。
このような子供に対して、「この子はこういうときだけ出しゃばってうるさくする」と邪魔者扱いしてはいませんか? そういうときこそ、子供と呼吸を合わせてみましょう。
「いつもは手を挙げられないけれど、今日は張り切って参加している。積極的な学びの姿勢は、みんなにも共有させたいな」と捉えられませんか?

もちろん、張り切っているからと、その子ばかり指名する必要はありません。「私も発表したいな」と同じ気持ちでいる他の子にも発表の機会を等しく与えることが必要だからです。健全にバランスよく指名する指導を繰り返すことで、子供たちは自然に順番と平等を学んでいくのです。

子供と呼吸を合わせることは、けっして子供に迎合することではありません。
ときには大きく取り上げ、ときにはスルーしながら、学級全員を活かすようにしましょう。

そのときどきの指導に応じて、一人ひとりの子供を軸にしながら周りの子供を巻き込み、みんなで学び合う楽しさを少しずつ感じられる空気にしていくことが大切です。

教室に入る前から空気を感じ取り、子供たちとの呼吸を合わせていく。

取材・文/関原美和子 プロフィール写真/西村智晴


Profile
きくち・しょうぞう。1959年愛媛県生まれ。北九州市の小学校教諭として崩壊した学級を20数年で次々と立て直し、その実践が注目を集める。2012年にはNHK『プロフェッショナル仕事の流儀』に出演、大反響を呼ぶ。教育実践サークル「菊池道場」主宰。『菊池先生の「ことばシャワー」の奇跡 生きる力がつく授業』(講談社)、『一人も見捨てない!菊池学級 12か月の言葉かけ コミュニケーション力を育てる指導ステップ』(小学館)他著書多数。


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第1回 すべての教科の基盤となる “空気づくり” <前編>
第2回 すべての教科の基盤となる “空気づくり” <後編>
第3回 教師のパフォーマンス力が、教室の空気をつくる <前編>
第4回 教師のパフォーマンス力が、教室の空気をつくる <後編>
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第8回 子供の “つぶやき” と “雑音” への対応 <後編>
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第20回 1年間のゴールイメージを実現する「達成期」の指導 <後編>
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