菊池省三の「コミュニケーション力が育つ教室づくり」 #6 授業動画で “教室の空気” を学ぶ <後編> ──高知県佐川町立黒岩小学校での授業より

連載
菊池省三のコミュニケーション力が育つ教室づくり

教育実践研究家、教育実践研究サークル「菊池道場」主宰

菊池省三
菊池省三の「コミュニケーション力が育つ教室づくり」

菊池省三実践の最新深化形を紹介する連載第6回。今回は、「教室の空気づくり」の具体例を示すため、黒岩小学校の3年生に対する飛び込み授業導入部の様子を、解説 (ストップモーション分析) 付きライブレポートでお届けします。

黒岩小学校での3年生に対する授業(導入部)

授業冒頭、菊池先生は黒板に<菊池>と書き、「読める人?」と尋ねた。
何人かが手を挙げる。
菊池先生は最前列の女子に「ちょっと立ってみてください」と立たせ、みんなに向かって、「今、一番に手を挙げてくれました。あなたは最前列だから、前には誰もいないよね。後ろは見えないから、誰が手を挙げているのかわからない。にもかかわらず、彼女は読めると思ったから手を挙げた」と話しかけた。

「彼」「彼女」と言うと、“一人前” “大人っぽい” という印象を与えるので、あえてそう呼ぶ。クラスの雰囲気が「固い」と感じたとき、最初に子供たち全員が注目するような呼びかけを行う。

続けて「そういう人のことを<一人が美しい>と言います」と話すと、黒板左側5分の1ほどのスペースに<一人が美しい>と書いた。

授業で目指したい価値語を「5分の1黒板」に書くことで、授業中、子供たちが意識するようになる。

「今、<一人が美しい>を行動で示したあなたの背中に、みんなから拍手が湧き起こるような気がします」と菊池先生が続けると、教室が大きな拍手に包まれた。

体を使った拍手をすることで、子供たちの体が柔らかくなり、緊張感が解ける。

「では、なんと読みますか?」と菊池先生が尋ねると、指名された女子は「きくち」と答えた。すると菊池先生が、彼女を廊下に呼び出して何やら小声で話しかける。二人が教室に戻り、菊池先生が「巻き戻します」と言いながら発言を促す。「きくちせんせいです」と女子が答え直すと、周りから拍手が起こった。

ユーモアを交えながら教室の空気を高めていくことで、子供たちの表情が柔らかくなっていく。

子供たちは「どこまで許されるか」を試している

「今日は、皆さんと一緒に楽しい時間にしたいと思います。楽しいと言えば、世界共通のマークがあります」
菊池先生がチョークを手にし、「ここを見ていないと遅れるぞー」と言いながら、黒板に大きく○を書いた。

「ちゃんと見なさい」ではなく、チョークの先を指しながら「ここを見ていないと遅れるぞー」と煽ると、子供たちは集中して黒板を見るようになる。

○に ^ を一つ入れたところで、「わかった人?」と尋ねると、何人かが手を挙げた。
「じゃあ続きを描いてごらん」
指された子が○の中にもう一つ ^ を入れると、ニコニコマークになった。
子供たちから「おおっ」「ヒャッホー」と声が上がると、菊池先生がその子に笑顔で「いいねえ」と声をかけ、5分の1黒板に「リアクション」と付け加えた。

思わず出てしまった一言を、「余計な一言」「ふざけた行為」とマイナスに受け止めるのではなく、「いいリアクションだね」とほめる。初めて出会う教師に対して、子供たちは「どこまで許されるのか」を試しながら、授業に臨んでいる。「この授業は、声を出したり拍手をしたりして盛り上げてもいいんだ」と安心することで、「楽しい授業」への期待が一層高まっていく。

「教室の中で、こういう笑顔になるのはどんなときですか? いっぱいあると思うので、先生に教えてくれる?」
何人かがノートに手をかけた。すかさず菊池先生が「おっ、もう書いているのか。早いねえ」と声をかけると、他の子たちも慌ててノートを取り出した。

だらだらしている子に向けて「早くやりなさい」と叱責するのではなく、やっている子、やろうとしている子を「早いねえ」とほめる。マイナスではなく、プラスに目を向けたアプローチの方が、子供たちのやる気を引き出す。

子供たちがノートに向かって書き始めた。教室に鉛筆の音だけが響き渡る。
菊池先生が「すごいなあ、もう四つ書いているね」とつぶやきながら机間巡視をすると、子供たちの鉛筆の速度がぐっと上がった。

机間巡視は、書けているかどうかをチェックするためだけのものではない。「四つも書いているね」という言葉かけは、その子をほめるだけでなく、他の子たちに「一つ書いたらおしまいではない。思いつくままたくさん書こう」と促すことにつながる。また、書けない子がいたら、「クラス全員で昼休みに遊んだこと」と他の子が書いた文章を読みあげながら、「なるほど。休み時間に目を付けたんだねえ」と意図的に大きくつぶやき、書けない子にさりげないヒントを与える。

子供たちが書き終えたところで、菊池先生が「友達と相談して、もっといっぱい出し合いましょう。今から作戦チームをつくります」と声をかけると、子供たちから「おおっ」と歓声が上がった。教室の空気が十分に温まり、“楽しい授業” の準備が整った。

菊池先生とのやりとりの中で、子供たちの緊張が少しずつ解けていく。

※この連載は隔週火曜日に公開します。

取材・文/関原美和子 プロフィール写真/西村智晴


Profile
きくち・しょうぞう。1959年愛媛県生まれ。北九州市の小学校教諭として崩壊した学級を20数年で次々と立て直し、その実践が注目を集める。2012年にはNHK『プロフェッショナル仕事の流儀』に出演、大反響を呼ぶ。教育実践サークル「菊池道場」主宰。『菊池先生の「ことばシャワー」の奇跡 生きる力がつく授業』(講談社)、『一人も見捨てない!菊池学級 12か月の言葉かけ コミュニケーション力を育てる指導ステップ』(小学館)他著書多数。


菊池省三の「コミュニケーション力が育つ教室づくり」 ほかの回もチェック⇒
第1回 すべての教科の基盤となる “空気づくり” <前編>
第2回 すべての教科の基盤となる “空気づくり” <後編>
第3回 教師のパフォーマンス力が、教室の空気をつくる <前編>
第4回 教師のパフォーマンス力が、教室の空気をつくる <後編>
第5回 授業動画で “教室の空気” を学ぶ <前編>

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