菊池省三の「コミュニケーション力が育つ教室づくり」 #39 菊池省三解説付き授業レポート⑧ ~香川県東かがわ市立大内小学校5年1組 <後編>

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菊池省三のコミュニケーション力が育つ教室づくり
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教育実践研究家、教育実践研究サークル「菊池道場」主宰

菊池省三
菊池省三の「コミュニケーション力が育つ教室づくり」

全国各地での飛び込み授業を、菊池先生ご自身の解説付きでレポートする人気シリーズ。今回は東かがわ市立大内小学校の5年生に対する授業レポートの第3回をお届けします。学級崩壊立て直し請負人・菊池省三の「子供を見る目」を学びたい方、必読の連載です。

プラスの発言や行動を、みんなで拍手して認める

「栗山英樹監督はかつて、あるプロ野球の球団の監督さんだった、とさっき発表した人がいました。発表を聞いていて、覚えていて言える人?」
菊池先生の問いかけに、何人かの手が挙がった。
「日本ハムファイターズ」
「そうだね。聞いていて覚えていたのは偉いね。……そして、それを『頑張っていたね』と拍手してあげる教室!」
ハッとした表情になったみんなが拍手した。


「プラスの発言や行動をしたら、みんなで拍手して認める」ことを定着させたいがために、拍手を促す言葉かけをしました。

「栗山監督が、北海道日本ハムファイターズの監督だったときに、ある選手が入団しました」
と菊池先生が栗山監督と並んだ背の高い選手の写真を掲げた。
「大谷選手だ」
「今、公の言葉でつぶやいた人がいました。聞いていて言える人?」
みんなが手を挙げ、指名された子が、
「大谷翔平選手です!」
と答えると、大きな拍手が起こった。
「大谷翔平選手は、アメリカでピッチャーとしてもバッターとしても大活躍しています。
ところが(日本ハムファイターズに)入団して二刀流でやろうとしたとき、周りから『そんなの無理だ』『前例がない』『ピッチャーかバッター、どちらか一つにした方がいい』といろんなことを言われました。しかし、栗山監督は、『前例がない。だから が生まれる』と言ったそうです。監督はどんな言葉を言ったのでしょうか。友達と相談できるから安心して書きましょう」
集中した子供たちの鉛筆だけが教室に響いた。
「はい。何か書いたという人は立ちましょう」
数人が立った。
「書いたら立つんだね」
菊池先生が促すと、さらに何人も立った。

伝説
歴史
前代未聞の選手
未来
成長
新しい何か
目標

一人ひとりの発表を聞きながら、菊池先生が「ほお」「なるほどね」「一人ひとり違うって楽しいね」と合いの手を入れる。
「全部正解です。栗山監督は<違い>と言ったそうです」

学級の活動写真を提示して、成長を促す

<人に対しての言葉>

みんなの発表を聞いたあと、菊池先生がそう黒板に書いた。
「栗山監督は、一人ひとりの努力と成長を一番に考えて、そういう言葉をかけたそうです」
菊池先生がさらに黒板に書き加えた。

<自分に対しての言葉>

「『みんなが言うからやめよう』『どうせ自分は』と、自分をマイナスに捉えるのではなく、栗山監督は成長につながるプラスの言葉を自分にもかけたんだそうです。それで、世界一になったのです。
今、みんなは “相手を大切にした言葉”、“自分が前向きになる言葉” を使っていますか?」
と、菊池先生がみんなに問いかけた。

すごく使っている人は、
まあまあ使っている人は、
あんまりできていない人は、
人に暴言を吐いたり、投げやりになったりしている人は、

「答えは発表しません。今の自分は何番か書きましょう」
子供たちは真剣に考え込んだ。
「書いた人はやる気の姿勢を見せましょう」
みんなが書いている間、菊池先生がまた黒板に書いた。

<3・22>

「この数字はみなさんの5年生最後の日です。の人はもっとへ。に。みんな、またはに向かう教室へ」
と話しながら、黒板に、

<言葉が人を変える>

と書いた。
「今以上に成長してもらいたいと思って、今日の授業をしました。自分にも人にもプラスの言葉をかけてください。公の言葉を使って、心の勢いを整えてください」


真剣に考える子もいますが、自信がなくて怖いから、両極端のを答える子もいます。
この後、学級の活動場面の写真を見せていく際、「おまえが写ってるぞ!」などとふざけ合ってしまう可能性があったので、あえてここで<公の言葉>という言葉を使いました。
正直に自分にをつけて、その後頑張ってになった経験がないと、子供の内面は変わりません。内面の成長とは、発言内容よりも、健全な学習意欲が育つことなのです。

菊池先生が黒板に何枚かの写真を掲げた。運動会のソーラン節、田植え体験、福祉体験……5年1組がみんなで一緒に取り組んだ活動の際の写真だ。
「いろんな人との交流を通して成長を目指した活動です。みんなで活動をつくり上げることは、自分にも人にも『頑張ろう』という気持ちがないとできないことです。素敵な教室ですね」
菊池先生の言葉かけに、子供たちはにっこりとうなずいた。
「3月まで、まだ5か月あります。みんなの『成長したい』という気持ちを感じることができました。その通りだという人は、やる気の姿勢を見せてください」
子供たちはピシッとした姿勢になった。


子供たちの活動の写真を掲示するのは、『前向きになってほしい』というメッセージをより印象付けるためです。なにげなくやっていた活動を、<成長>と結び付けて意識させ、『次も頑張るぞ』と今後につなげていきたいと考えています。
一つひとつの教育活動に、教師自身が「何のためにやるのか」「何が大切なのか」を意識して取り組まなければ、単なる知識や技術の習得で終わってしまいます。

菊池省三先生による第39回解説

学級で気になる子への対応として、よく「教育的スルー」という言葉を耳にします。いろいろな教室を見ていると、次のような場面で見かけることが多いように感じます。

今、子供が落ち着かないからスルー
そもそも基礎的なところが分かっていないのでスルー

このように、個人の知的な理解や技能的な不十分さをスルーすることは、教育的スルーではなく、子供を見捨てていることへの言い訳に過ぎません。
教育的スルーとは、本人の内面や周りとの関係が不十分だから、“この場ではスルーする” ということです。子供たち同士の人間関係ができておらず、マイナスの行動をせざるを得ない力関係がある場合、その場ですぐに立て直せるものではありません。
一人ひとりの内面がまだ育っていないことが原因で起きている発言や行動を、“この場面ではスルーする” という行為の教育的な意味合いを常に考えておく必要があります。

「道徳の授業では、5人に伝わればいい」という言葉をよく聞きますが、ある意味、的を射ているのではないでしょうか。
1回教えれば、1回活動すれば子供たちはできる、というのは教師の傲慢です。確かに知識や技能の習得は一つの目標ですが、習得のスピードや場面は一人ひとり異なります。学級全員が一足飛びに成長することはありません。
だからこそ、内面を豊かにするかかわりを丁寧につくっていく積み重ねが必要なのです。内面が育っていない子を今はスルーする、公にふさわしい行動や態度ができたらほめる――これらを繰り返していかなければなりません。
そういう視点を持たないと、できていない子を責めたり、「自分の指導がうまくいかない」と教師が自分を責めたり、とマイナスのスパイラルに陥ってしまいます。

菊池先生が、5年1組の活動場面の写真を見せると、子供たちは真剣な表情になった。

※次回は、12月19日(火)AM6時に公開予定です。

取材・文/関原美和子 プロフィール写真/西村智晴


Profile
きくち・しょうぞう。1959年愛媛県生まれ。北九州市の小学校教諭として崩壊した学級を20数年で次々と立て直し、その実践が注目を集める。2012年にはNHK『プロフェッショナル仕事の流儀』に出演、大反響を呼ぶ。教育実践サークル「菊池道場」主宰。『菊池先生の「ことばシャワー」の奇跡 生きる力がつく授業』(講談社)、『一人も見捨てない!菊池学級 12か月の言葉かけ コミュニケーション力を育てる指導ステップ』(小学館)他著書多数。


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