菊池省三の「コミュニケーション力が育つ教室づくり」 #37 菊池省三解説付き授業レポート⑧ ~香川県東かがわ市立大内小学校5年1組 <前編>

連載
菊池省三のコミュニケーション力が育つ教室づくり
関連タグ

教育実践研究家、教育実践研究サークル「菊池道場」主宰

菊池省三
菊池省三の「コミュニケーション力が育つ教室づくり」

全国各地での飛び込み授業を、菊池先生ご自身の解説付きでレポートする好評シリーズ。
今回は、東かがわ市立大内小学校の5年生に対する授業レポートです。
学級崩壊立て直し請負人・菊池省三の「子供を見る目」を学びたい方、必読の連載です。

スピード展開で、子供たちは一気に集中

「5年1組のみなさん、こんにちは! さっきみなさんの4時間目の授業を見ていたんだけど、めっちゃよかったので、そのことを早く黒板に書いてもいいかな?」
菊池先生がそう話しかけると、子供たちは興味津々の表情で「いいよ!」と元気よく答えた。
「じゃあ、本気の拍手で迎えてもらえる? 本気の拍手というのは、指の骨が折れるほど大きな拍手のことだよ」
菊池先生が教室に入ると、みんな笑顔で本気の拍手で迎えた。
教室に入るなり、菊池先生が黒板の左側に行き、<成長>と書いた。
「読める人いますか?」
「せいちょう」と何人かがつい口に出してしまった。菊池先生はそれをスルーし、黙って手を挙げている子に向かって、
「早いなあ」
とほめた。
「手を挙げるというのは、中指の爪の先を天井に突き刺すことなんだぞ」
菊池先生がそう話しながら、挙手をしていた女子のところまで歩いていき、その子を指名した。
発言しようと女子が席を立つと、
「みんな、拍手の準備をしているか?」
と菊池先生。子供たちがさっと両手を合わせてスタンバイした。
「せいちょう」
「はい、大きな拍手!」
子供たちの拍手が教室に響いた。
黒板に書いた<成長>の文字の下に、菊池先生が<生長>と書き加え、説明した。
「生長は、草や木や虫のせいちょう、こっちは人間のせいちょうを言います。成長を目指す人は、やる気の姿勢を見せましょう」
子供たちがぴしっとした姿勢になった。
「今日4時間目の授業を見て、みなさんの<成長>を感じました。5時間目も、一緒に成長していく授業にしましょう」
菊池先生がそう話すと、子供たちの姿勢がさらにぴしっとなった。


昼休みが終わった5時間目の授業、周りに先生や見知らぬ大人が授業を参観している様子に緊張しているのか、教室がざわざわと落ち着かない様子でした。 このまま授業に進むと、次のようなマイナスの行為をする子が出てきます。
後ろの子とおしゃべりをする
手遊びをする
机に突っ伏す
水筒の水を飲み始める
奇声を上げる
下品な言葉を発する
髪をとかす

こうした行為は、授業が進むにつれ、さらなるマイナスの行為につながっていきます。
教科書やノートを出さない
発問しても、挙手しない
グループの話し合いに参加しない

そうなってしまっては、教室での学びが共有できず、授業が成立しません。
教室がざわついていたら、マイナスの空気を素早く変えてしまうことが大切です。
教室に入る前の声かけから、<生長>の説明まで約2分。子供たちの関心を引きつけて一気にたたみかけ、「みんなで学ぶ」空気を教室につくりました。

学びにふさわしい教室の空気を、子供自らが感じる

「今日は、ある人について勉強します。知らなくてもかまいません。30人の誰かが知っているかもしれないから、知らなくても安心しましょう。『見たことある・名前を知っている』人はやる気の姿勢を見せましょう」
菊池先生が一枚の写真を見せた。
「この人の名前を知っている人?」
4、5人が手を挙げた。
手をぐるぐる回して挙げている子に対して、
「みんな見て見て。『当てて、当てて!』とアピールする彼のやる気!」
と菊池先生が言うと、みんな大爆笑。
「じゃあ、君に答えてもらいましょう。この人は誰ですか?」
「栗山監督」
男子が答えると、菊池先生がその子に歩み寄り、握手しながらみんなに話しかけた。
「いい教室だね。さっき、先生がみんなに写真を見せたとき、あちこちで『栗山』『栗山』というつぶやきが聞こえました。けれども、彼は『栗山』と言わずに、『栗山監督』と言いました」
菊池先生が黒板に戻り、<公>と書いた。
「教室はみんなで成長する場所。公の場です。公にふさわしい、『栗山監督』という答え。公の言葉を使ったり、公にふさわしい態度、行動、仕草、振る舞いをしたりすること。彼は公にふさわしい言葉を使いましたね」
「栗山」と勝手につぶやいていた教室がシーンとなった。
そこですかさず菊池先生が、
「ここで拍手!」
と声をかけた。すると、みんなが笑顔に戻って、大きな拍手をした。


勢いづいて手をぐるぐる回した行為を「やる気の表れ」というプラスの視点で子供たちに示す。
「公の言葉を使ってすごいね」とほめることで、学びにふさわしい言葉づかいに気付かせる。
「きちんとした言葉づかいをしなさい」と言わなくても、何人かの鋭い子供たちは感じ取ります。感じ取った子供たちが次の発言から実行したら、またそれをほめる。
この繰り返しによって、学びにふさわしい空気が教室に広がっていきます。このような指導は、集団の中でこそ、生きてくるのです。

子供たちが積極的になる言葉かけ

「今日は栗山監督について学びます。栗山監督について知っていることは何でもいい。近くの人と7秒だけ相談しましょう。……はい、やめましょう」
菊池先生が、
「知っている人に言ってもらおうかなあ…」
とつぶやき気味に問いかけると、何人かがさっと手を挙げた。
「時を戻そう。――何か知っている人? 言えそうな人?」
さっきより多くの子が手を挙げた。
「いいねえ! みんなの手がどんどん挙がるから、それを見た子も『僕も』『私も』と感じて手を挙げる…」
と言いながら、挙手していない廊下側の席の列の男子2人に歩み寄り、
「すると、君も手が挙がる…」
と、彼らの挙手を促したので、みんな大笑い。
「じゃあ、今、手を挙げた人は立ちましょう!」
挙手していなかった窓側の席の男子がさっと立つのを見て、菊池先生はニコニコしながら、
「手を挙げていなかったのに立ったんだね。後で立つというのは、有りか無しか?」
そう尋ねると、みんなが大きな声で、
「有り!」
と元気よく答えた。


挙手をしていなくても、答えを思いついたら立ち上がる。このような積極的な姿勢は教室全体に広げていきたいものです。だからこそこの場面でみんなに「有りか無しか」を問いかけました。
子供たちに「有り!」と答えさせることで、学級全員に授業に積極的に取り組む意識を持たせることができます。

挙手、起立した子たちがどんどん発言していった。

WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)の日本の監督
野球の人
日本ハムファイターズの監督
61歳
侍ジャパンの日本の監督
元々プロ野球の選手
日本を金メダルに導いた人

やがて、先ほど「強引に」挙手させた男子2人の発言の順番がやってきた。彼らが発言する前に、菊池先生は最前列の子に、
「『みんなと同じです』『一緒です』はないよね?」
と尋ねた。その子がうなずくと、菊池先生はそれを受けて、
「そうだよね。逃げることなく、成長する教室は何かひねり出してでも違うことを言う。いい教室だなあ!」
と、これから発言する男子2人にプレッシャーをかけた。彼らが発言した。

日本人
日本の監督

「自分で考えたんだね、腕を上げたなあ」
と菊池先生がほめると、2人はうれしそうな表情になった。
次に菊池先生は、窓の方へ歩み寄り、
「お待たせしました。みんなも拍手の準備!」
と、窓側の男子の発言を促した。その子は、
「ある選手の元カノと結婚して、その選手は気まずくてコーチをやらなかった!」
と答えた。
菊池先生がそれを聞き、笑いながら全員に、
「隣の人と、『マニアックだなあ!』と言い合いましょう!」
と声をかけると、教室中が笑いに包まれた。

(このレポートは次回へ続きます)

菊池省三先生による第37回解説

教室がざわついているとき、どれだけ子供たちを授業に引き込めるかが、教師の腕の見せ所です。
「うるさい」「静かにしなさい」と叱るよりも、授業に関心を持たせることに力を入れましょう。 子供たちを集中させるポイントとして、いくつか具体例を挙げましょう。

子供が黙るまで、教師が声を発さない
つぶやくように小声で話しかけ、聞くことに集中させる
写真を見せる、指名する、説明するなどいろいろな場面で教師が教室中を歩き回り、子供たちの視線を集める
挙手や拍手など、子供たちが体を使う動きを随所に入れていく
マイナスの言葉や行為は軽くスルーし、子供のプラスの言動を取り上げてほめる

今回の授業のように、導入場面では、緩急、お笑いと真剣さ、緊張と緩和を交互に繰り返し、スピード感のある授業を展開していきます。
いったん授業に関心を持てば、子供たちの集中度はどんどん高まっていきます。
教師は、言葉かけにとどまらず、全身を使って子供たちに関心を持たせるようにしましょう。

菊池先生が教室中を歩き回るにつれ、子供たちの視線は菊池先生に集中していった。

※次回は、11月21日(火)AM6時に公開予定です。

取材・文/関原美和子 プロフィール写真/西村智晴


Profile
きくち・しょうぞう。1959年愛媛県生まれ。北九州市の小学校教諭として崩壊した学級を20数年で次々と立て直し、その実践が注目を集める。2012年にはNHK『プロフェッショナル仕事の流儀』に出演、大反響を呼ぶ。教育実践サークル「菊池道場」主宰。『菊池先生の「ことばシャワー」の奇跡 生きる力がつく授業』(講談社)、『一人も見捨てない!菊池学級 12か月の言葉かけ コミュニケーション力を育てる指導ステップ』(小学館)他著書多数。


菊池省三の「コミュニケーション力が育つ教室づくり」 ほかの回もチェック⇒
第1回 すべての教科の基盤となる “空気づくり” <前編>
第2回 すべての教科の基盤となる “空気づくり” <後編>
第3回 教師のパフォーマンス力が、教室の空気をつくる <前編>
第4回 教師のパフォーマンス力が、教室の空気をつくる <後編>
第5回 授業動画で “教室の空気” を学ぶ <前編>
第6回 授業動画で “教室の空気” を学ぶ <後編> ──高知県佐川町立黒岩小学校での授業より
第7回 子供の “つぶやき” と “雑音” への対応 <前編>
第8回 子供の “つぶやき” と “雑音” への対応 <後編>
第9回 「コミュニケーション力が育つ」授業レポート① ~高知県高知市立三里小学校6年1組 <前編>
第10回 「コミュニケーション力が育つ」授業レポート① ~高知県高知市立三里小学校6年1組 <後編>
第11回 学級の「混乱期」をどう乗り越えるか<前編>
第12回 学級の「混乱期」をどう乗り越えるか<後編>
第13回 コミュニケーション力が育つ授業レポート② ~岡山県浅口市立鴨方中学校2年2組<前編>
第14回 コミュニケーション力が育つ授業レポート② ~岡山県浅口市立鴨方中学校2年2組<後編>
第15回 「標準期」における成長は、子供の主体性にかかっている <前編>
第16回 「標準期」における成長は、子供の主体性にかかっている <後編>
第17回 コミュニケーション力が育つ授業レポート③ ~愛知県豊橋市立松山小学校2年ろ組 <前編>
第18回 コミュニケーション力が育つ授業レポート③ ~愛知県豊橋市立松山小学校2年ろ組 <後編>
第19回 1年間のゴールイメージを実現する「達成期」の指導 <前編>
第20回 1年間のゴールイメージを実現する「達成期」の指導 <後編>
第21回 第5段階「解散期」と学びの「社会化」
第22回 教師と子供の“縦のつながり”で、安心できる教室づくりを
第23回 子供の呼吸に合わせるペーシングで、一人ひとりとつながる
第24回 菊池省三自ら解説! コミュニケーション力が育つ授業レポート④ ~愛媛県松山市立味生第二小学校3年2組 <前編>
第25回 菊池省三自ら解説! コミュニケーション力が育つ授業レポート④ ~愛媛県松山市立味生第二小学校3年2組 <中編>
第26回 菊池省三自ら解説! コミュニケーション力が育つ授業レポート ~愛媛県松山市立味生第二小学校3年2組 <後編>
第27回 菊池省三解説付き授業レポート⑤ ~神戸市立春日台小学校2年1組 <前編>
第28回 菊池省三解説付き授業レポート⑤ ~神戸市立春日台小学校2年1組 <中編>
第29回 菊池省三解説付き授業レポート⑤ ~神戸市立春日台小学校2年1組 <後編>
第30回 菊池省三解説付き授業レポート⑥ ~滋賀県湖南市立岩根小学校 <前編>
第31回 菊池省三解説付き授業レポート⑥ ~滋賀県湖南市立岩根小学校 <後編>
第32回 菊池省三解説付き授業レポート⑥ ~滋賀県湖南市立甲西北中学校
第33回 菊池省三解説付き授業レポート⑦ ~大分県玖珠町立くす星翔中学校2年3組 <前編>
第34回 菊池省三解説付き授業レポート⑦ ~大分県玖珠町立くす星翔中学校2年3組 <中編>
第35回 菊池省三解説付き授業レポート⑦ ~大分県玖珠町立くす星翔中学校2年3組 <中編②>
第36回 菊池省三解説付き授業レポート⑦ ~大分県玖珠町立くす星翔中学校2年3組 <後編>

学校の先生に役立つ情報を毎日配信中!

クリックして最新記事をチェック!
連載
菊池省三のコミュニケーション力が育つ教室づくり
関連タグ

学級経営の記事一覧

雑誌『教育技術』各誌は刊行終了しました