菊池省三の「コミュニケーション力が育つ教室づくり」 #33 菊池省三解説付き授業レポート⑦ ~大分県玖珠町立くす星翔中学校2年3組 <前編>

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菊池省三のコミュニケーション力が育つ教室づくり
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教育実践研究家、教育実践研究サークル「菊池道場」主宰

菊池省三
菊池省三の「コミュニケーション力が育つ教室づくり」

全国各地での飛び込み授業を、菊池先生ご自身の解説付きでレポートする好評シリーズ。
今回からは、玖珠町立くす星翔中学校の2年生に対する授業をレポートします。
菊池省三の「子供を見る目」を学びたい方、必読の連載です。

普段目にしている掲示物も活用して

<四十一○四十一○>
菊池先生が黒板に書き、○に何の文字が入るか、みんなに尋ねた。
最前列に座っている男子の指先を、菊池先生が上から見えない糸で引っ張るように挙げさせて、男子の挙手を促すと、みんな大爆笑。

男子生徒が「四十一 四十一 です」
と黒板に書き込むと、大きな拍手が起こった。
「41人41色のように、一人ひとりが自分らしさを発揮する1時間にしましょう」
と菊池先生が話すと、みんなが元気よくうなずいた。


教室に入ったとき、<四十一人四十一色>と書かれている掲示物を見かけました。
「一人ひとり違っていい」「自分らしさを発揮する」授業を、一言で説明するのにふさわしいキャッチコピーです。このキャッチコピーは、普段子供たちが目にしていますから、クラスの誰もが答えられます。「安心して授業を受けられる」空気感が教室に生まれます。

<好きこそものの上手なれ>
菊池先生が黒板に書きながら、
「見たことがある、聞いたことがある、読んだことがある人は、やる気の姿勢を見せましょう」
と話しかけると、生徒たちがぴしっとした姿勢になった。
「どういう意味か、ずばっと一言で書きましょう」
生徒たちが一斉に紙に書き始めた後、菊池先生は一人の生徒に向かって、
「タブレットも辞書もないんだから、自分で思ったことを書けばいいんだよね? どれもが正解だよね?」
と話しかけた。その生徒がうなずき、他のみんなもほっとした表情になった。


「やる気の姿勢を見せましょう」
という言葉かけで、ぱっと切り替えができるか、すぐに体が反応するか、子供たちの呼応の距離(反応速度)を読み取ります。また、
「自分の思ったことを書いていい」
と示すことで、子供たちは安心感を抱き、体も心も「頑張るぞ!」とやる気になります。
こうして温かい空気感の温度をさらに上げていきます。

書き終えたところで、自由に席を立ち歩いて友達と意見交換し、その後発表。

自分の好きなことや好きなものを上手にする
好きなことは何時間でもできるから、上手になる
自分の好きなことを続けることで、上手になる

「今、2番目に発表してくれた彼女は、書いた文章を読むのではなく、紙を持たずにみんなに伝えようと話していました。すごいことです。ここで拍手!」
と菊池先生が話すと、教室に大きな拍手が響いた。

価値づけてほめることで、周りの子供にも影響を与える

「今日は、ある人について話します。誰でしょうか?」
と、菊池先生が幼い男の子の写真を見せた。
「え、誰?」
「菊池先生?」
生徒のつぶやきを聞きながら、菊池先生がヒントになる2枚目の写真を掲げた。
「この子が描いた魚の絵です。わかる人?」
菊池先生が問いかけると、最前列の男子が手を挙げた。菊池先生がその子に対し、
「あなたの前には誰もいないし、後ろも見えない。もしかしたら間違っているかもしれないけれど、わかったから一人でも手を挙げた。かっこいいことだよね」
と伝え終わると同時に、大きな拍手が起こった。
「みんなが手を挙げていないと、自分も手を挙げるのを止めてしまう人もいるのに、あなたは一人だけでも手を挙げた。“一人が美しい” ですね。こういう人がいると、どんどん手を挙げていく人が増えていく教室になっていくんですね」
と菊池先生が男子をほめ、発言を促した。
その生徒が、
「さかなクンです」
と答えると、さっきよりさらに大きな拍手が教室に響いた。


周りの子の目を気にして、なかなか自分を出せない――日常の教室でよく目にする光景です。
特に中学生は、目立ちたくないという気持ちが強く出ます。 そんな中で、勇気を持って手を挙げた子がいたら、「一人が美しい」と価値づけてほめます。「間違えても、一人でも、自分の意思で発表する」ことの価値を示すことで、その後の子供たちの反応が大きく変わっていくのです。

※このレポートは第34回に続きます。

菊池省三先生による第33回解説

大勢の大人が参観する中で、初めて出会う先生(私)の特別授業を受ける――「どんな授業なんだろう」「ちゃんと答えられるかな」と、子供たちは期待と不安でいっぱいです。
そんな<非日常>の授業と、普段の教室に存在する<日常>を授業の冒頭でつなげることで、子供たちの緊張感を解いていきます。

飛び込み授業の前、私はいつも、教室の掲示物をさっと見渡します。
その教室の<日常>と、<非日常>であるこの授業との接点を見つけるためです。
今回のこの教室では、「四十一人四十一色」というクラスのキャッチコピーを見つけました。
「一人一人の違いが出る」「様々な意見がある」楽しさを学ぶこの授業の冒頭に、クラスのキャッチコピーを持ってくることで、子供たちに<日常>とのつながりを感じさせたのです。

通常の学級でも、新たな単元や初めての活動に取り組むときには、教室の<日常>とつなげてみましょう。「新しいことに挑戦する」ことに尻込みしがちな子供たちも、初めの一歩が踏み出しやすくなるはずです。

たった一人で挙手した最前列の男子を価値づけてほめる

取材・文/関原美和子 プロフィール写真/西村智晴


Profile
きくち・しょうぞう。1959年愛媛県生まれ。北九州市の小学校教諭として崩壊した学級を20数年で次々と立て直し、その実践が注目を集める。2012年にはNHK『プロフェッショナル仕事の流儀』に出演、大反響を呼ぶ。教育実践サークル「菊池道場」主宰。『菊池先生の「ことばシャワー」の奇跡 生きる力がつく授業』(講談社)、『一人も見捨てない!菊池学級 12か月の言葉かけ コミュニケーション力を育てる指導ステップ』(小学館)他著書多数。


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第1回 すべての教科の基盤となる “空気づくり” <前編>
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第4回 教師のパフォーマンス力が、教室の空気をつくる <後編>
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