不登校だった子どもたち連続インタビュー「私たちがフリースクールで手に入れたもの」~現役中学生が「小学校時代の不登校」を振り返る③~
「学校に行く/行かない」の2択しかない、と迫られた時、親子ともども追い詰められてしまうことがあります。学校に行かない選択をした子どもたちのためのフリースクール、花まるエレメンタリースクール(通称・花メン)で学び、自らの輝きを取り戻して卒業した中学生8人への連続インタビュー企画、第3回。今回のテーマは、「花メンで得たものは何ですか?」。学びの選択肢があることは、不登校だった子どもたちを「追い詰めるだけの時間」から救いました。花メンで過ごした豊かな時間について、子どもたち自身の生の言葉で紹介します。
※インタビュー内容は、本人が特定されないよう一部表現を調整しています。
不登校だった子どもたち連続インタビュー「登校初日に、この学校は違う!ここなら通える!と感じた理由」~現役中学生が「小学校時代の不登校」を振り返る②~の続きです。
目次
自分の意見が言えた

ここで言わなかったら、また同じだ。(Aさん・中1)
もともと、自分は「気弱系」だったと思う。気弱系って、気が強い人と仲良くなることが多い。気の強い人には、歯向かえない。いつも「あなたも私と同じ意見でしょ?」みたいに扱われるっていうか、自分の意見がない人みたいにされちゃう。
だから、花メンに来た最初の頃も、全然自分の意見を言えなかった。話し合いでも、何も言えなかったし、「こう思う」が全然出てこなかった。でも、花メンって、いろいろな人がいて、いろいろな人と関わる。ずっと同じグループでいるわけじゃないし、いろいろな人と話して、いろいろな話し合いをしていくうちに、自分も少しずつ変わっていった。
最初に、自分の意見をちゃんと言えた時のことは、今でも覚えている。
八番教室で、涙が出るくらい緊張していた。でも、「ここで言わなかったら、また同じだな」って思った。ずっと気を遣って何も言えないままだったら、結局また疲れてしまうし、そのうち花メンにも行けなくなる気がした。だから、「自分を変えないと」って思った。それで一回、ちゃんと自分の意見を言ってみた。そしたら、めちゃくちゃスッキリした。「あ、言っていいんだ」って思った。
そこから、少しずつ話し合いの中でも意見を言えるようになっていった。たぶん、自分の中で何かが変わったんだと思う。前は、「人に嫌われないように」が先だった。でも花メンでは、「違う意見を言っても大丈夫」っていう空気があった。それで、自分の言葉を出せるようになった。
「それ違うっしょ」が言える場所。(Sくん・中2)
花メンで好きだったのは、ディベート。前の学校だと自分の意見を言語化して発信することって、あんまりなかった。でも花メンでは、お題を考えるところから楽しかったし、みんなの意見を聞いて「すげえ」って思うことも多かった。KP(友達の名前の略称・以下同)とか、RJは、普通に「それ違うっしょ」って言ってくるし、自分も「でも俺はこう思う」って返せる。そういう空気が面白かった。自分の言葉で人が動く感じもあった。「話す」って、こんなに楽しいんだって思った。
勉強も、全然違った。学校では、みんなが同じペースで進む。でも花メンでは、出されたものが終わったら次のレベルが出てくる。自分で自由にどんどん進められる。なんか、クエストみたいだった。パズルとか、ダンジョン攻略みたいな感じで、「次は何が出てくるんだろう」ってワクワクした。
6年生になってからが、すごく楽しかった。5年生の時も友達はいたけど、まだ完全には馴染めてなかった気がする。「そこそこ仲いい」くらいだった。でも6年生になったら、自分の居場所みたいなものができた。仲間との関係も深くなったし、自分がリーダーっぽいことをやる場面も増えた。
ボードを出して、「はい、聞けー!」みたいに前に立って話したり、みんなをまとめたり。そういうのが、すごく楽しかった。
周りからも「変わったよね」って言われた。前だったら、そんな前に出るタイプじゃなかったと思う。でも花メンでは、「うるさい」が嫌な意味じゃなかった。みんなが好き勝手に喋って、笑って、くだらないことで盛り上がって、その中で自然と自分も前に出るようになっていった。
漫才部での活動も楽しかった。「ハンギョドン」っていうコンビを結成していたんだけれど、発表するたびに笑ってもらえて、ファンまでできて…。あれは本当に嬉しかった。
でも、たぶん、一番大きかったのは、「ここでは本音を言っても大丈夫なんだ」って思えたことだと思う。花メンって、誰かに気に入られようとして話してる感じじゃない。みんな普通に、自分の思ったことを言ってる。だから、自分も「あ、言っていいんだな」って思えた。
前の学校では、周囲に合わせる感じが強かった。でも花メンでは、「違う意見を言う」ことが普通だった。その空気が、自分にはすごく合っていたんだと思う。
「好き」を全力で出せた

“シュッ”って技が決まる瞬間が好き。(Tくん・中2)
「キングフォックス」(花メンが体育でやるゲームの1種)とか、体を使ってやる競技で、技がうまく決まった時とか、めちゃくちゃ楽しかった。「シュッ」って決まる感じっていうか…。そういう瞬間が、すごい気持ちよかった。
花メンって、勉強だけじゃなくて、体を使って遊んだり動いたりすることも多かったから、自分にはそれが合ってたんだと思う。あと、みんなでやる感じも楽しかった。勝った時とか、「うわー!」って盛り上がる感じも好きだったし、「またやりたい」って思えた。
うまく技が決まった時とか、ちゃんとできた時とか、そういう時に、「あ、楽しい」ってなる。花メンでは、そういう瞬間がいっぱいあった。
「宇宙を幸せにする」が目標だった。 (Rさん・中2)
ダンス大会は、大きかったと思う。好きなダンスを、好きな仲間と一緒にできるのが、まずめちゃくちゃ楽しかった。大会に出るのも初めてだったし、それだけでもすごく良い経験だったなって思う。
大会には強豪校もいたけれど、怯むことはなかった。めっちゃ練習したし、「勝つ」が一番の目標じゃなかったから。「宇宙を幸せにする」が目標だったから。
だから、自分たちがちゃんと表現できていたら、それでOKみたいな感じがあった。他のチームがどうとか、あんまり関係なかった。「めっちゃ練習した私たちが、宇宙を幸せにしてるからOK!」みたいな気持ちだった。
実際、踊ってる時は、本当に楽しかった。なんか、自分を全部出せていい感じがしたし、「ちゃんとやり切った!」っていう感覚があった。花メンって、そういう「好き」を全力でやれる場所だったと思う。誰かに勝つためというより、「好きだからやる」がちゃんと許される感じ。それが、自分にはすごく合ってたんだと思う。
「自分に役割がある」と知ることができた

「自分も必要とされていた」と思えた日。(MIさん・中1)
夏のダンス大会のオーディションは、自分にとって結構大きかった。オーディションを受けたんだけど、発表の時に自分の名前が呼ばれなくて、その時は結構ショックだった。そこから、結構「やみやみ」って感じになって、暗くなってたと思う。
そしたら、ある時、リノ(女性スタッフ)に八番教室に呼ばれて、「もっと自分を出しなよ」って言われた。その時、自分はまだ全然、自分を出しきれてなかったんだと思う。だから、その言葉が悔しくて、泣いた。
でも、そのあと少しずつ変わった。自分は「サムライ」(花メンが体育でやるゲームの1種)がちょっと得意だったんだけど、最初は「戦うぞ!」みたいな気分にはなれなかった。でも、「もっと自分を出しなよ」って言われてからは、「サムライ」でも前に出られるようになった。
夏の運動会では、AM(友達の名前の略称・以下同)と戦って、勝てた。それが、すごく自信になった。冬の時も、最初はやられたんだけど、AKがSRとAMを倒してくれて、チームで勝てた。
その時、自分では「何も活躍できなかったな…」って思ってた。でもAKが、「MKが少し削ってくれてなかったら負けてたよ」って言ってくれた。それを聞いて、「自分もちゃんと役に立ててたんだ」って思えた。その時、すごく嬉しかった。
花メンって、目立つ人だけじゃなくて、「その人がいたから勝てた」とか、「その人がいたから回った」みたいなことを、ちゃんと見てくれる場所だった気がする。だから、自分も少しずつ、「もっと自分を出していいんだ」って思えるようになった。
“頼れる”って思ってもらえた。(Kくん・中3)
花メンでは、年下の子と関わることが結構多かった。学年がバラバラだったから、自然と下の子と話す機会があったし、「どうやって話しかけるか」とか、「どう会話に入るか」みたいなのは、たぶん花メンで覚えたんだと思う。
今は、その経験が学校でとても活きている。後輩と話すことを苦手とする友達もいるけど、自分はあんまりそういう感覚はなくて、普通に話せる。たぶん一回話してみて、その子がどんな感じかをなんとなく覚えて、次からその感じで話す、みたいなことを自然にやってるんだと思う。
花メンでは下の子たちから、「Kちゃん、Kちゃん」って感じで、ずっと話しかけられていることも多かった。でも、それは嫌じゃなかった。むしろ、下の子と話している方が楽な時もある。同級生同士だと変に気を使ったり、空気を読んだりすることもあるけど、下の子相手だと、もっと自然に話せる感じがあった。
自分は体が大きい方だから、同年代にはちょっと怖がられることもあったと思う。年下の子たちは普通に話しかけてくるし、「頼れる」みたいに思ってくれてたのかなって、今は思う。
だから、自分も無理しなくてよかった。花メンでは、「こうしなきゃ」って頑張るというより、そのままの自分で自然にいられた気がする。
「そのままの自分」でいられた

一人でいても、浮かない場所。(Oさん・中2)
自分は、花メンに来て「変わった」っていう感じは、あんまりないかもしれない。最初から普通に話してたし、遊んでたし、そのままずっといた感じ。グループにいた時もあるし、一人でいた時もあるし、それを行ったり来たりしてた。でも、それが普通だった。「ちゃんと誰かと一緒にいなきゃ」みたいなのも、あんまりなかった。
花メンって、「自分のペースでいていい」っていう空気があったから、ずっとマイペースでいられた気がする。
あと、自分は、ずっと一人でいる子が気になる。デザイン好きな子とか、絵描くの好きな子って、一人でいることも結構多い。でも、自分もそういう感じが分かるから、「なんで一人でいるんだろう?」って気になって、普通に話しかけたりする。
別に、「助けなきゃ」とかじゃなくて、単純に興味がある感じ。「何描いてるの?」「なんでそっちいるの?」みたいな。普通に興味を持たれる方が、気が楽っていうか。だから、自分もそういう感じで話しかけてた。
花メンって、「みんなで同じ」があんまりない場所だった。一人でいても変じゃないし、でも誰かといたくなったら、自然に話しかけられる。そういう距離感が、自分にはすごく居心地よかった。
「みんなと違う」が、怖くなくなった。(MKさん・中2)
もともと自分は「関わりに行くタイプ」じゃなかったと思う。前にいた学校の時は、「自分はみんなとは違うんだ」って、自分で壁を作ってた。だから、あんまり「話してみよう」とか、「仲良くなろう」とか思えなかった。
でも、花メンに来て、それが結構変わった。花メンって、本当にいろんな人がいた。帰国子女とか、すごい知識持ってる子とか、「この人、地球規模のスケールじゃないか?」みたいな子も普通にいた(笑)。
でも、話してみると、みんな普通に面白かった。自分の知らないことをいっぱい知っているし、「へえー!」ってなるし、「人と違う」が怖いことじゃなくなった。だから、「とりあえず話してみよう」って思えるようになった。
中学に入ってからも、いろんな経歴の子がいるけど、最初の壁をあんまり感じなくなった気がする。話してみたら理解できるし、「結局みんな人間だし、同年代なんだな」って思える。それは、花メンで培われたことだと思う。
あと、「楽しむ力」みたいなのも変わった。前は、「嫌だな」と思ったら、そこで立ち止まっていた。でも花メンでは、「とりあえずやってみよう」って思えるようになった。畑も最初は、汚れるの嫌だし、暑いの嫌だし、歩きたくないし(笑)…、そういうタイプだった。でも、やってみたら、めちゃくちゃ楽しかった。
体育とかダンスとかも、自分は本当は体動かすのが好きだったんだって、花メンに来て初めて気づいた。文化祭前とか、「これやろう!」「明日までにダンス覚えてきて!」とか、どんどん言うようになったし、自分でも、「あれ? こんな自分がいたんだ」って思った。今思うと、そっちの方が、たぶん素の自分なんだと思う。遠慮なしで言えるし、その方が心地いい。
花メンで、「自分を出しても大丈夫なんだ」って知れたことは、すごく大きかったと思う。
「不登校だった」が武器になる未来
卒業生たちが語る「花メンで得たもの」についての話を聞いて、花まるエレメンタリースクールのハヤトカゲこと林 隼人校長は、何を感じたのでしょうか?
ハヤトカゲ 2026年の現在、社会全体としては、まだ「不登校」という言葉にマイナスのイメージを持つ人が多いと思うんです。でも、僕たちは、そのイメージを塗り替えていきます。花メンの子どもたちにとって、不登校の経験がけっしてマイナスでなかったことは、今回のインタビューを読んでもらえれば伝わると思います。
- 自分の意見が言えた。
- 好きを全力で出せた。
- 自分に役割があると知れた。
- そのままの自分でいられた
ハヤトカゲ ひと昔前、「不良」という言葉にポジティブなイメージはありませんでした。でも今、「昔、ヤンチャしていて」という言葉を使う時には、「若い頃は勢いがあった」といったニュアンスが含まれています。「オタク」も当初は暗いイメージでしたが、今は「何かを極めた人」という意味合いです。ヒップホップ(※)は、アメリカで出てきた当初は、「怖いもの」「よくわからないもの」として扱われていましたが、今、ビルボードを席巻しています。
注・ハヤトカゲのプロフィールの最後は「魂はヒップホップ」で締めくくられている。
ハヤトカゲ 言葉の意味は、時代とともに変化していきます。
不登校を経験した子どもたちのポジティブな姿が社会に認知され始めれば、「不登校経験のある子だから、むしろ採用したい」と考える経営者が、きっと増えていくと思うんです。深く悩んだ経験がある。自分で自分を問い直した経験がある。一回立ち止まって、それでも前に進んできた……。そうしたことは、本来すごく力のいることだからです。
だから僕たちは、書籍でもインスタでも、あえて子どもたちの顔を出す形で発信しています。花メンの子どもたちは、不登校という言葉がポジティブなイメージを持つ少し先の未来を、既に生き始めているのです。
書籍 『不登校だから、輝ける! 花まるエレメンタリースクールの挑戦』より抜粋
書籍の「はじめに」で、ハヤトカゲは、こんなふうに語っています。
花メンでは、不安そうな顔をした新入生に、先輩たちが「君の気持ち、よくわかるよ」と寄り添う風景をよく見かけます。ここでは不登校は、アドバンテージです。不登校の「沼」を抜けた子が、別人のように輝き出す場面に、私たちは幾度となく立ち会ってきました。
不登校を経験した子どもたちにとっては、「自分で悩んだ経験」そのものが、強力なアイデンティティーです。それが、後々「武器(強み)」になっていきます。
不登校は、子どもが輝き始めるための「前兆」である。そんなメッセージが詰まった本書。では、不登校を経験している子どもたちが、再び輝き始めるためには、何が必要なのか?
『不登校だから、輝ける! 花まるエレメンタリースクールの挑戦』(6月30日発売予定)は、具体的な提案、そして実践を通じた事実やエピソードを満載してお届けします。
よろしければぜひご予約の上、ご購読ください。
単行本『不登校だから、輝ける! 花まるエレメンタリースクールの挑戦』好評発売中!

花メン校長+チーム花メンによるオンライン講座、参加者募集中です!

撮影/豊永和明・チーム花メン 写真セレクト/トモカ(女性スタッフ)
花まるエレメンタリースクール 「メシが食える大人に育てる」花まる学習会が運営するフリースクール。これからの時代に必要な力を「体験」を通して「五感」を使って身につける。不登校の子、不登校でなくても才能を伸ばす新たな学びの場を探している子が通っている。HPは、コチラ。インスタグラムは、コチラ。
取材・文 / 楢戸ひかる(ならと・ひかる)
ライター。「ギフテッド」や「学校に行かない選択をした子どもたちのためのフリースクール」取材を通じて、教育に選択肢を作ることを探究している。自身のサイト「主婦er」内に「ギフテッド関連記事のリンク集」と「不登校関連記事のリンク集」がある。
