不登校だった子どもたち連続インタビュー「フリースクールは、ケンカと仲直りができる場所だった」~現役中学生が「小学校時代の不登校」を振り返る④~
学校に行かない選択をした子どもたちのためのフリースクール、花まるエレメンタリースクール(通称・花メン)で学び、自らの輝きを取り戻して卒業した中学生8人への連続インタビュー企画も、ついに最終回。今回は卒業生たちに、「今、どんな毎日を送っているのか?」、そして「花メンを一言で表すと?」を聞いてみました。
※インタビュー内容は、本人が特定されないよう一部表現を調整しています。
不登校だった子どもたち連続インタビュー「私たちがフリースクールで得たもの」~現役中学生が「小学校時代の不登校」を振り返る③~の続きです
目次
「自分で考えろ!」を子どもたちは持ち続けていた

それぞれの中学時代
「今、どんな毎日を送っているの?」そう聞いてみると、子どもたちは、それぞれの「今」を嬉しそうに話してくれました。
弓道部で、袴が届いたことを嬉しそうに話す子。満員電車に揺られながら、友達と「人狼ゲーム」をしながら通学しているという子。海外留学に向けて、選抜条件をクリアしようと頑張っている子もいました。
野球部でピッチャーをしている子は、「球速120キロくらい出せるようになりました」と少し誇らしそうでした。イラストに熱中している子。サッカー部に所属しながら、「クラブチームに入るかどうか迷っています」と話す子や、硬式テニス部に入り、「塩キャラメル系のイケメン先輩がいる」と笑っていた子もいました。
そんな子どもたちに再会して、花まるエレメンタリースクールのハヤトカゲこと林 隼人校長は、何を感じたのでしょうか?
「今」を生きる
ハヤトカゲ 久しぶりに会った子どもたちは、みんな、「今」を生きていましたね。花メンにいた頃は、いくら普段はふざけていても、やるべきことがある時は、「今はやる時だから、きっちりやる」という声かけをしてきました。
今回、インタビューが始まった直後は、子どもたちも照れていて、少し落ち着かない様子でした。中学生ですから笑ったり、友達同士でふざけたりしてしまうのは、ごく自然なことです。
でも、ライターの楢戸さんがインタビューを続けていくうち、ある瞬間、空気ががらっと切り替わったんです。そこからは自分の言葉で話し始め、相手の話をきちんと聞き、真剣に考える。つまり、「今、自分が何をする時間なのか」に集中していく姿が見られました。
今、社会人の採用現場を見ていても、この切り替えができない人は少なくありません。でも、あの子たちはその力を持っているんですよね。「今はやる時だ」という、その感覚をちゃんと持っているんです。
自分で考えろ
切り替えができる理由について、ハヤトカゲはこう表現していました。
何がかっこよくて、何がダサいかを、自分で判断できる子たちだから。
ハヤトカゲ 誰かに合わせて決めるのではなく、自分のフィルターを通して物事を考える。自分なりの「カッコいい」を持っている。その核が、今もちゃんとあるということが見て取れました。
僕らは、それを「花メン魂」と呼んでるのですけど、校訓の「自分で考えろ」を、みんな、ちゃんと持ち続けていました。
正直なところ、以前僕が別の習い事の教室を運営していた頃は、子どもたち一人一人の「核」を、ここまで育てることができている感覚はありませんでした。花メンで過ごした時間は、その子自身の「核」を育む時間だったんだな、と改めて感じました。
花メンは、「ケンカができる場所」だった

子どもたちへのインタビューの最後に、「花メンを一言で表すと?」と聞いてみました。
すると子どもたちは、「待ってました!」と言わんばかりに即答してくれました。誇らしげに、少し照れながら、でも、自分の言葉で。
家みたいに落ち着く場所。
唯一無二の場所。
青春って、こんな感じなのかなって思った。
ケンカができる場所。
「ケンカができる場所」という言葉を聞いて、ハヤトカゲは「それが、小学校の本質なんですよね」と、話し始めました。
「治外法権」としての小学校
ハヤトカゲ 今の時代は、ケンカそのものが「悪いもの」として扱われがちです。でも、人間は本来、強い感情を持っている生き物です。怒るし、ぶつかるし、嫉妬もするし、「なんでだよ!」と思うこともあるでしょう。
その強い感情の扱い方を、子どもたちはどこで、どう学べばいいんですか?
ハヤトカゲ 高校入学以降は、一般社会と同じです。他人に手を出したら停学や退学になりますし、大人だったら警察沙汰になる。でも、唯一、小学校時代は、「練習」が許される場所です。
僕はもちろん、暴力を肯定している訳ではありません。でも、小学校という場所は、「友達とぶつかった後、どうするのか」を実体験で学べる唯一の治外法権の場所です。
仲直りをする、誰かが仲裁に入る、「お前も悪かったよな」とお互いに理解しあう…。そういう実体験を通さない限り、人間を学ぶことはできないのです。
花メンでは、実体験を通じて人間を学ぶことを大事にしています。
ハヤトカゲ 卒業生の口からが「ケンカができる場所」という言葉が出てきたのを聞いた時、「ああ、(花メンで大事にしていることが)ちゃんと伝わっていたんだな」と感じました。
ケンカを経験したことがある子は強い
ハヤトカゲ 実際にケンカを経験したことがある子は、人間を単純な「良い・悪い」で判断しなくなります。「あいつ、すぐ怒るけど、本当はこういうところあるよな」とか、「あの時はあいつにも理由があったよな」とか、人間は多面的で、色々な側面から成り立っているということを実体験として理解できるようになるんです。
ケンカを経験しないまま成長してしまうと、何かトラブルが起きた際、「あの人は悪いことをした人」「空気を乱す人」といった具合に、トラブルと人格とを短絡的に結び付け、他者を一つの側面だけで見てしまいがちになります。当然ですが人間は多面的で、色々な面を持っています。小学校は、「あんな奴いたよな」「こんな奴もいたよな」という「人間の幅」を知る場所だと思うんです。
感情を抑え込むことは、「良いこと」なのか?
ハヤトカゲ 花メンでは、子どもたちが自分の感情を表現することを我慢し、呑み込んでしまわないようにと、すごく気をつけています。もちろん何でも好き放題にやっていいというわけではありません。でも、「怒るな」「我慢しろ」「空気を読め」だけで育てると、子どもは自分の感情をどんどん心の奥に押し込めてしまう。僕は、その積み重ねの先に、不登校という状態が表れている可能性もあると考えています。
悔しい。腹が立つ。認められたい。本来、人間には、そういう強い感情がある。けれど学校では秩序を守ることが第一になりやすい。自分の感情を抑え込み、場を乱さないことが「良いこと」だと教えられる場合が多いでしょう。
でも、本来高校生くらいになれば、社会の中で折り合いをつけることは、誰もが嫌でも学んでいくことになります。だから、小学生の時期には、「自分の感情を抑え込み、場を乱さないこと」を重視しすぎてはいけないと考えているんです。
今の30代〜50代の大人たちは、「秩序第一」「感情を抑えるのが当たり前」という価値観の中で育ってきた世代だと思います。でも、その価値観のもとで作られてきた今の社会は、「多くの人にとって生きやすい社会」になっているんだろうかと、僕は疑問に思うんです。
感情が持つエネルギーって、本当はすごく大きい。だから、扱い方を学ばないまま抑え込み続けると、どこかで爆発してしまう。他者との衝突とて表れることもあるし、自らの心や身体の不調として表れることもあります。だから本当は、「感情を抑え込む」のではなく、「自分の感情とどう付き合うか」を学ぶことが大切です。
だから花メンでは、「感情を出してはいけない」とは、けっして言いません。大事なのは、「感情をどう出すか」を学ぶことなんです。
一度、自分の感情をちゃんと表に出してみる。その経験をした上で、「どう伝えるか」「どうぶつかるか」「どう仲直りするか」を学んでいく。実際に人と関わることで、子どもたちは、自分の感情をただ抑え込むのではなく、自分でコントロールできるようになっていきます。花メンで大切にしている教育活動――ダンス大会や演劇、応援団といった活動も、そこに繋がっています。ケンカをしたいというエネルギーも、表現したいというエネルギーも、根っこは近いんです。悔しい、認められたい、分かってほしい。そういう強い感情があるから、人は踊るし、演じるし、夢中になれる。
