みんなが参加できる! 体育で考えたいインクルーシブとアダプテッド【絶対うまくいく! 体育の超マネジメント#17】

体育では教室での学習以上に配慮が求められる場面が多いです。運動が得意な子もいれば苦手な子もいます。ルールの理解に時間がかかる子もいれば、勝敗に強い不安を感じる子、大勢の中で活動することに緊張しやすい子もいます。教室では目立ちにくい困り感も、体育では活動の中に表れやすいのです。
特別支援学級に在籍している子だけではなく、通常の学級の中にも何らかの配慮や支援を必要としている子どもがいます。
そこで大切になるのが、インクルーシブとアダプテッドの考え方です。インクルーシブとは、できるだけみんなが一緒に学べるように考えること、アダプテッドとは、そのために必要な調整をしていくことです。難しく考える必要はありません。誰もが参加しやすく、学びに向かいやすい授業をどうつくるかを考える視点だと捉えればよいでしょう。今回は、体育で考えたいインクルーシブとアダプテッドについて、授業づくりの視点から整理していきます。
執筆/環太平洋大学次世代教育学部講師・中安翼
目次
体育では教室での学習以上に配慮が求められる
体育では、子どもの困り感が活動の中に表れやすくなります。ただし、その表れ方は発達段階によって少しずつ変わります。
例えば低学年では、活動の見通しがもてず不安が強く出たり、うまくできないとその場で止まってしまったりする子がいます。周りが次々と活動していく中で、自分だけできないと感じると、それだけで「もうやりたくない」となりやすい時期です。そういう子には、
「まずは転がしてみようか」
「近いところからならできそう?」
と、入りやすい形をすぐに示すことが大切になります。
中学年になると、友達と協力したり、順番を守ったり、相談して決めたりする場面が増えてきます。そのため、自分の思いを優先しやすい子や、友達とのやり取りが苦手な子は、低学年の頃よりも困りが目立ちやすくなります。例えば、友達に強い言い方をしてしまったり、自分のやりたいことを押し通そうとしたりして、活動がうまく進まなくなることもあります。そういうときは、
「まず相手の話も聞いてみよう」
「どうしたいか、順番に言ってみよう」
と、やり取りの仕方そのものを具体的に示す必要が出てきます。
高学年では、勝敗や周りからの見られ方を意識しやすくなります。負けた悔しさから仲間を責めてしまったり、失敗を恐れて最初から参加を避けようとしたりする子もいます。例えば、勝ちたい気持ちが強すぎて周りにきつい言い方をしている子には、
「勝ちたい気持ちは大事だよ」
「チームで勝つには、みんなが動きやすくなる言い方も大事だよ」
と声をかけることがあります。
さらに、特別支援学級から交流で参加する子どもがいる場合もあります。その子にどのような支援が必要か、どの場面で困りやすいか、体育の授業に特別支援学級の担任が入るのかどうかによっても、指導の仕方は変わってきます。
そこで、授業前に特別支援学級の担任と
「どんな場面で止まりやすいですか」
「どんな声かけなら入りやすいですか」
「活動の途中で離れたくなったときは、どう対応するとよいですか」
といったことを、具体的に確認しておくことが欠かせません。
大切なのは「みんなが参加しやすい授業」をつくること
インクルーシブというと、誰かに特別な配慮をすることのように受け取られることがあります。しかし、体育でまず大切なのは、特定の子だけを特別扱いすることではなく、できるだけ多くの子が参加しやすい授業をつくることだと言えます。
子どもたちの発達にあわせて、以下のようなことを大切にしてみましょう。
低学年:安心して活動に入れること
例えばボール遊びなら、最初から「うまく投げる」「うまく捕る」ことだけを求めるのではなく、
「転がして当てる」
「近い距離で投げる」
「一回バウンドさせてから捕る」
といったように、最初から複数のやり方を用意しておきます。すると、どの子も自分に合った入り方を選びやすくなります。
中学年:友達とのやり取りを支えること
例えば、いきなり活動に入るのが難しい子に対して、
「まずは二人でやってみようか」
「一回やってみてから交代しよう」
と参加の仕方を整理したり、教師が
「二人で相談して決めよう」
とつないだりすることで、関わり方が分からず止まってしまう子も入りやすくなります。
高学年:勝敗や条件をどう調整するか
例えば競走では、ただ速い遅いで終わるのではなく、「予想したタイムに近いかどうか」「前回の自己タイムより何秒早くなったか」などと条件を変えることで「勝負になる」「やってみたい」と思えるようにすることができます。こうした工夫は、一部の子のためだけではなく、授業全体をおもしろくすることにもつながります。
私はこれまで、体育で大切なのは「できるようにする」こと以上に、「できなくても楽しい」「参加してみたい」と思える授業をつくることだと考えてきました。だからこそ、みんなが参加しやすい授業をつくることは、配慮であると同時に、学びを深めることにもつながるのです。
