菊池省三の「コミュニケーション力が育つ教室づくり」 #51(最終回) 菊池省三解説付き授業レポート⑬ ~兵庫県神河町立神崎小学校5年2組<後編>

連載
菊池省三のコミュニケーション力が育つ教室づくり

教育実践研究家、教育実践研究サークル「菊池道場」主宰

菊池省三
菊池省三の「コミュニケーション力が育つ教室づくり」

全国各地での飛び込み授業を菊池先生ご自身の解説付きでレポートするこの連載は、今回で最終回となります。最終回では、コミュニケーション力を育てる授業づくりに不可欠な「答えが分裂する問い」づくりと、その問いをめぐる話し合いの組み立て、仕掛け等について考えていきます。
次回、6月4日公開予定分からは、テーマを一新し、リニューアル新連載としてお届けします。
どうぞご期待ください。

すべて子供たちに選択させる発問で

菊池先生は、高校野球の選手たちが並んだ新しい写真を見せながら、
「『なにかおかしい、不思議だな』と思いませんか? 気付いた人?」
と問いかけた。
手を挙げた4人が発表した。

背番号1が2人いる
靴下の色がちがう
敵同士が喜んでいる
両方の高校同士が喜んでいる

「そうです。甲子園が終わったあと、『ベストメンバーでもう一回試合をしよう』と、天理高校と生駒高校は再び対戦しました。どっちが勝ったと思う?」
子供たちが口々に、
「天理高校?」「生駒?」
とつぶやいた。
菊池先生が、
「3対2で、このときも天理高校が勝ちましたが、試合中にホームランを打った天理高校の選手と生駒高校のキャッチャーがハイタッチをしたんです」
と次の写真を見せた。
菊池先生は続けて、
「そんな生駒高校が天理高校に送った言葉が……」
と言いながら、授業冒頭に黒板に書いた横断幕の言葉を指した。
<つなぐ心ひとつ> 
「この<心>は、どんな心のことを言っているのでしょうか? これも一人ひとり違っていいんだよね。ノートに書きましょう」
子供たちが真剣な表情でノートに書き込んだ。
「話し合い3回目。今度は1つだけじゃなく、2つ3つ書いて戻ってくるんだよね? では、話し合いましょう」
話し合いの途中で、菊池先生が声をかけた。
「後で発表してもらうけど、どうしてそう考えたのか、理由を聞かれるはずだよね? ということは、当然、理由も話し合っているんだよね?」
さっきより、子供たちがより詳しく、深く話し合うようになった。

ポイント1
私の授業を見て、ある先生が「菊池の発問はすべて子供たちに選択させている」と分析しました。「○○しなさい」ではなく、「○○でしょう」「○○するはずですよね」と。
2022年に改訂された生徒指導提要では、生徒指導の実践上の視点として、①自己存在感の感受、②共感的な人間関係の育成、③自己決定の場の提供、④安全・安心な風土の醸成の4つの機能を掲げています。
この授業での発問は、授業の中で常に③の自己決定の場の提供を試みているものです。
「少人数のグループならば、自分の意見が言いやすい。みんなの前で発表する練習になる」という意見をよく耳にします。しかし、年度初めの段階においては、座席が決まっているペアやグループよりも、自由に立ち上がって意見を交わすほうが、自分の親しい友達のところにいけるので、より安心して自分の意見が言えるのではないでしょうか。それを積み重ね、繰り返していくことで、学級の関係性と発言内容の質を高めていく次のステップにつながっていきます。
自由な立ち歩きによる交流は、①自ら体を動かすので、学びに向かう積極的な意識が高まる、②「一人ぼっちをつくらない」という教師の指示で仲間意識が高まる、というメリットがあります。
「仲のいい同士で話す」「同性同士で話す」「一人ぼっちができる」というデメリットは、教師の言葉かけでなくしていけばいいのです。
活動後に、「活動しておもしろかった」というレベルで終わらせないためには、ディベート的な話し合いを経験させることが必要です。
議論を作ったりかみ合わせたりする経験により、議論の質を高め、人と論を区別して、チームで協力し合うことで、関係性が深まる。
交流すること自体を目的とせず、その先を見据えることが大切です。

教師自身の心が動かされた “事実” を教材に

1分間意見交換をした後、そのままの位置で発表。

つなぐ心……天理も生駒も負けても勝ってもつながっている
勝負の心……あきらめずに最後まで2つの高校とも頑張った
あきらめない心……生駒が天理に勝負を挑むことは、あきらめない心があるから
仲間の心……最後はみんなで喜んでいる
感謝の心……ありがとうという気持ちを持っている
思いやりの心……勝っても負けても一緒に喜んでいる
勝負の心……何事も弾き飛ばす力

オンラインで参加していた友達も発表し、教室のみんなが拍手を送った。
「<つなぐ>は天理高校の、<心ひとつ>は、生駒高校の学校目標だそうです。これを1つにして、みんなが今言ってくれたような思いで、勝った天理高校に対し、生駒高校の生徒が作った言葉で応援したんです」
みんなが自分の席に戻った。
「先生は、<お互いに尊敬する心>だろうと思います。勝ち負けを超えて、お互いを尊敬する。『敬意を表する』というんだけどね、2つのチームは敬意を強く感じて、そういうつながりを作ったのだと先生は思います」
菊池先生がさらに続けた。
「これからみんなもいろいろなことに熱中することでしょう。でも、お互いに相手がいないと何もできません。これからも尊敬し合い、一緒に学び合う友達と成長してください」
菊池先生がそう授業を締めくくると、子供たちが納得した表情でうなずいた。

ポイント2
道徳で教科書教材を扱う場合、授業そのものが、どうしても “借り物” になりがちです。教師が価値項目にあった説話をしても、形式的になってしまい、子供たちにはあまり響かないように感じています。
それよりも、教師自身の心が動かされた“事実”を羅列していきながら、子供と一緒に学びを通して伝えていく方が、より響くように感じます。

菊池省三先生による第51回解説

写真資料を伴う授業を行う場合、教材そのものの力が大きな鍵を握ることは言うまでもありません。
私が教材を選ぶ基準は、ニュースや書物などを通して、私自身が心を動かされた内容であること。
「これはすごい」と思うと同時に、「どうしてこの人はこう言ったんだろう」「この結果で本当によかったのか」と感じたことが、授業の中の “答えが分裂する問い” の中心になっています。
対話・コミュニケーションの授業には、“答えが分裂する問い” が欠かせません。
そのメインの話し合いをより強くするために、マクロからミクロに、抽象から具象にといったように、メインの話し合いの前後の内容を肉付けしていきます。
そこにいくつかの発問を入れ、個人で考えさせ、交流して他者の意見も知る。
資料→発問→個人作業→交流を通して核となるテーマを考えさせ、最後に強いメッセージを伝えていく授業展開になります。
その中に、自己選択の場面や学び合う仕掛け、ほめて認める言葉かけを入れ、学び合いの質を高めていくのです。

インフルエンザでオンライン参加になったクラスメートも話し合いに参加し、学級全員で学んだ。

※リニューアル新連載は、6月4日(火)AM6時に公開予定です。


↓若手が菊池実践を学ぶために最適の単行本 「一人も見捨てない!菊池学級 12か月の言葉かけ」発売中です!

単行本「菊池学級12か月の言葉かけ」カバー画像

取材・文/関原美和子 プロフィール写真/西村智晴


菊池省三

Profile
きくち・しょうぞう。1959年愛媛県生まれ。北九州市の小学校教諭として崩壊した学級を20数年で次々と立て直し、その実践が注目を集める。2012年にはNHK『プロフェッショナル仕事の流儀』に出演、大反響を呼ぶ。教育実践サークル「菊池道場」主宰。『菊池先生の「ことばシャワー」の奇跡 生きる力がつく授業』(講談社)、『一人も見捨てない!菊池学級 12か月の言葉かけ コミュニケーション力を育てる指導ステップ』(小学館)他著書多数。


菊池省三の「コミュニケーション力が育つ教室づくり」 ほかの回もチェック⇒
第1回 すべての教科の基盤となる “空気づくり” <前編>
第2回 すべての教科の基盤となる “空気づくり” <後編>
第3回 教師のパフォーマンス力が、教室の空気をつくる <前編>
第4回 教師のパフォーマンス力が、教室の空気をつくる <後編>
第5回 授業動画で “教室の空気” を学ぶ <前編>
第6回 授業動画で “教室の空気” を学ぶ <後編> ──高知県佐川町立黒岩小学校での授業より
第7回 子供の “つぶやき” と “雑音” への対応 <前編>
第8回 子供の “つぶやき” と “雑音” への対応 <後編>
第9回 「コミュニケーション力が育つ」授業レポート① ~高知県高知市立三里小学校6年1組 <前編>
第10回 「コミュニケーション力が育つ」授業レポート① ~高知県高知市立三里小学校6年1組 <後編>
第11回 学級の「混乱期」をどう乗り越えるか<前編>
第12回 学級の「混乱期」をどう乗り越えるか<後編>
第13回 コミュニケーション力が育つ授業レポート② ~岡山県浅口市立鴨方中学校2年2組<前編>
第14回 コミュニケーション力が育つ授業レポート② ~岡山県浅口市立鴨方中学校2年2組<後編>
第15回 「標準期」における成長は、子供の主体性にかかっている <前編>
第16回 「標準期」における成長は、子供の主体性にかかっている <後編>
第17回 コミュニケーション力が育つ授業レポート③ ~愛知県豊橋市立松山小学校2年ろ組 <前編>
第18回 コミュニケーション力が育つ授業レポート③ ~愛知県豊橋市立松山小学校2年ろ組 <後編>
第19回 1年間のゴールイメージを実現する「達成期」の指導 <前編>
第20回 1年間のゴールイメージを実現する「達成期」の指導 <後編>
第21回 第5段階「解散期」と学びの「社会化」
第22回 教師と子供の“縦のつながり”で、安心できる教室づくりを
第23回 子供の呼吸に合わせるペーシングで、一人ひとりとつながる
第24回 菊池省三自ら解説! コミュニケーション力が育つ授業レポート④ ~愛媛県松山市立味生第二小学校3年2組 <前編>
第25回 菊池省三自ら解説! コミュニケーション力が育つ授業レポート④ ~愛媛県松山市立味生第二小学校3年2組 <中編>
第26回 菊池省三自ら解説! コミュニケーション力が育つ授業レポート ~愛媛県松山市立味生第二小学校3年2組 <後編>
第27回 菊池省三解説付き授業レポート⑤ ~神戸市立春日台小学校2年1組 <前編>
第28回 菊池省三解説付き授業レポート⑤ ~神戸市立春日台小学校2年1組 <中編>
第29回 菊池省三解説付き授業レポート⑤ ~神戸市立春日台小学校2年1組 <後編>
第30回 菊池省三解説付き授業レポート⑥ ~滋賀県湖南市立岩根小学校 <前編>
第31回 菊池省三解説付き授業レポート⑥ ~滋賀県湖南市立岩根小学校 <後編>
第32回 菊池省三解説付き授業レポート⑥ ~滋賀県湖南市立甲西北中学校
第33回 菊池省三解説付き授業レポート⑦ ~大分県玖珠町立くす星翔中学校2年3組 <前編>
第34回 菊池省三解説付き授業レポート⑦ ~大分県玖珠町立くす星翔中学校2年3組 <中編>
第35回 菊池省三解説付き授業レポート⑦ ~大分県玖珠町立くす星翔中学校2年3組 <中編②>
第36回 菊池省三解説付き授業レポート⑦ ~大分県玖珠町立くす星翔中学校2年3組 <後編>
第37回 菊池省三解説付き授業レポート⑧ ~香川県東かがわ市立大内小学校5年1組 <前編>
第38回 菊池省三解説付き授業レポート⑧ ~香川県東かがわ市立大内小学校5年1組 <中編>
第39回 菊池省三解説付き授業レポート⑧ ~香川県東かがわ市立大内小学校5年1組 <後編>
第40回 菊池省三解説付き授業レポート⑨ ~山梨県甲斐市立敷島中学校生徒会による出前授業 <前編>
第41回 菊池省三解説付き授業レポート⑨ ~山梨県甲斐市立敷島中学校 生徒会による出前授業 <中編>
第42回 菊池省三解説付き授業レポート⑨ ~山梨県甲斐市立敷島中学校生徒会による出前授業 <後編>
第42回 菊池省三解説付き授業レポート⑨ ~山梨県甲斐市立敷島中学校生徒会による出前授業 <後編>
第42回 菊池省三解説付き授業レポート⑨ ~山梨県甲斐市立敷島中学校生徒会による出前授業 <後編>
第43回 菊池省三解説付き授業レポート⑩ ~愛媛県松山市立道後小学校5年4組<前編>
第44回 菊池省三解説付き授業レポート⑩ ~愛媛県松山市立道後小学校5年4組<中編>
第45回 菊池省三解説付き授業レポート⑩ ~愛媛県松山市立道後小学校5年4組<後編>
第46回 菊池省三解説付き授業レポート⑪ ~千葉県鎌ケ谷市立初富小学校5年1組<前編>
第47回 菊池省三解説付き授業レポート⑪ ~千葉県鎌ケ谷市立初富小学校5年1組<中編>
第48回 菊池省三解説付き授業レポート⑪ ~千葉県鎌ケ谷市立初富小学校5年1組<後編>
第49回 菊池省三解説付き授業レポート⑫ ~兵庫県神河町立神崎小学校5年2組<前編>

学校の先生に役立つ情報を毎日配信中!

クリックして最新記事をチェック!
連載
菊池省三のコミュニケーション力が育つ教室づくり

授業改善の記事一覧

雑誌『教育技術』各誌は刊行終了しました