菊池省三の「コミュニケーション力が育つ教室づくり」 #50 菊池省三解説付き授業レポート⑫ ~兵庫県神河町立神崎小学校5年2組<中編>
全国各地での飛び込み授業を、菊池先生ご自身の解説付きでレポートする好評シリーズ。今回は、神崎小学校の5年生への授業レポートの第2回です。菊池実践の中核をなす「ディベート」指導のポイントに言及する必読回です。
目次
自分らしさが発揮できている教室では、話し合いの人数比を考慮しない
レギュラー選手がコロナに感染した生駒高校と天理高校の試合は、0対20という大差がついた。
天理高校は、『やり過ぎ』か、それとも『これでいい』のか。
子供たちが選んだ結果は、「やり過ぎ」4人、「これでいい」11人となった。
菊池先生が、
「選んだら、次は当然、理由ですね」
と言いながら、黒板の左端に書かれた言葉(価値語)、<自分らしさ><違いを楽しむ>を指すと、子供たちはノートに理由を書き込んだ。
一人ひとりが理由を書いたところで、まずは同じ意見同士で作戦会議。<これでいい派>は、3~4人の少人数グループに分かれ、意見を交換した。
この作戦会議中、菊地先生が<やり過ぎ派>の子供たちに対し、
「人数が少ないけど負けるなよ。今、ぱっと見たら、<これでいい派>の理由は大したことがなかったから」
と笑いながら話すと、4人もつられて笑った。
話し合いにおいて人数に偏りが生じた場合、私はよく「誰か散歩に行く(異なる意見の立場に変更する)人はいますか?」と問います。
しかし、5年2組の場合、一人ひとりが聞き合い、考え合ったことを元に意見を出し合い、自分らしさを発揮できている印象を受けたので、人数比を考慮しなくてもよいと判断しました。
たとえ少人数でも意見を戦わせることができるかどうかが、話し合いのレベルを上げるポイントの1つです。
菊池先生が、
「今、オンラインの二人は、『やり過ぎ』の意見みたいだよ」
と、インフルエンザで欠席したクラスメートの立場を説明すると、<やり過ぎ派>の子たちがにっこり笑った。
教師がディベートを操縦すると、子供たちが手順を学べない
作戦会議から2分後、そのままの立ち位置で意見を発表した。
<やり過ぎ派>
●もうちょっと手加減したらいいのに
●コロナで出られなくなったんだから
●コロナにかかって出られなかったら、試合を少し遅らせてくれてもいいのに
菊池先生が、
「なるほど。高野連に言っておきますね」
と言うと、みんなが笑った。
●いつも試合に出ている選手とは、練習の厳しさが違うから
続いて、
「<これでいい派>の人、言いたいことがあるで……」
と菊池先生が話している途中で、一人の男子がぱっと素早く手を挙げ、さっと引っ込めた。
菊池先生が、
「君のスピード、いいね。もう1回見せてもらっていい?」
と “時間を巻き戻し”、笑いながら同じ質問を繰り返すと、その男子はまたぱっと手を挙げた。
「じゃあどうぞ」
と菊池先生に指名された男子から答えた。
<これでいい派>
●こういうことを経験して強くなる
●やり過ぎだったとしても、天理高校も甲子園に出たいんだから、なぜ手抜きをしないといけないのか
●これからがかかっている勝負だから
●お互いに頑張っているから
●天理高校も勝負だから
●初めての試合で経験になる
菊池先生が、
「こういう意見が出たけれど、言い返す?」
と<やり過ぎ派>に尋ねると、子供たちが答えた。
●頑張っているけれど、さすがにコロナで休んだ選手が12人もいるから
続いて、<これでいい派>が反論。
●天理もみんな頑張ったから
●プロ野球選手はそんな簡単にプロになったわけじゃない。ダメだったことも経験を通して強くなっていく
書いていなくても話せると判断したので、反論させました。さらに上のレベルへ進めていく場合は、ディベートの手順を学ばせる必要があります。そのためには、まず教師自身がディベートを学ぶことが不可欠です。
ディベートは、どのような手順で話し合いを進めていけばいいのか、話し合いの筋道が決まっています。今は質問するとき、今は反論するとき、と手順がわかっていれば、質問のときに反論したりといった場違いな発言は出ません。
しかし、子供たちにディベートの経験がない場合、話し合いの進行をリードするのは、教師一人です。教師が子供たちのディベートを操縦してしまうと、子供たちは先の手順を知らないまま、話し合いを続けることになります。どういう手順で話し合いをするのかわからないから、子供たちは質問と反論を分けずに発言してしまうのです。
人の意見を聞いているからこそ、違う言葉で発表しようとする
意見を出し合い、子供たちが自分の席に戻ると、菊池先生が新たな写真を見せた。
「9回表、生駒高校がツーアウトになり、あと一人となったときに、天理高校の選手がマウンドに集まって話し合っています。このとき天理高校の選手はどんなことを話し合っていたでしょうか? 完全に予想ですね」
再び、子供たちは真剣な表情でノートに書き込んだ。
30秒後、友達と1分間意見交換し、席に戻った。
「『何か書いたぞ』と言う人は手を挙げてください」
さっと手を挙げた7人が発表した。
●油断することなく作戦を話し合っている
●かわいそうだな
●確実に勝つための相談
●勝負なんだから最後までやろう
●ゲームセットまで何が起こるかわからないから、手を抜かないで最後までやろう
●油断しないように
●最後に点を取られないようにしよう
菊池先生が最後に発表した女子のノートを手に取り、
「今、彼女はノートに書いていないことを発表しました。いろいろな人の意見を聞いているから、人と同じことを言わないようにしようとしたんだね。拍手を送るしかないなあ」
みんなが大きな拍手を送った。
「生駒高校のレギュラー選手が12人も出られなかったから、明らかに勝負はついていました。だから、天理高校の選手たちは『勝っても派手に喜ぶのはやめよう。さっと整列しよう』と話し合っていたそうです。
監督も手を抜くのは相手に失礼だから、『全力で勝負しよう』と話し、選手たちも全力で戦った。でも、派手に喜ぶのはやめようとなった。この気持ちを受け取った生駒高校の選手たちは、甲子園大会で天理高校の応援に行ったそうです」
菊池先生がそう話すと、さらに新しい写真を見せた。
菊池省三先生による第50回解説
AかBか、2択の問題の場合、大人は「多分こういうことだろう」と忖度します。
小学生は、自分の価値基準でどちらかを決めます。そこには、本人の価値観が出てきます。これはとても重要なことです。
自分の価値基準に基づいて意見を決めるのは、とても難しいことです。幼いレベルにとどまっている学級の子供たちは、「多分こっちかな」と周りをうかがい、自分の価値観を隠し、多数派の意見に流されます。その結果、集団の負の凝集性が高まり、なかなか意見を変えることができません。
一方、それぞれが自分らしさを発揮しているクラスでは、たとえ同意見の人数が少なくても忖度せず、マイナスの凝集性が高まることはありません。
「私は私」「あなたはあなた」と、お互いを認め合い、一緒に話し合って深めようという考えになっていきます。
心理的安全性が高まり、子供たちの関係性の質が上がると、健全な話し合いができるようになります。
2択の話し合いにおける意見の分かれ方1つを見ても、学級の質の“今”が如実に表れるのです。
※次回は、5月21日(火)AM6時に公開予定です。
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取材・文/関原美和子 プロフィール写真/西村智晴
Profile
きくち・しょうぞう。1959年愛媛県生まれ。北九州市の小学校教諭として崩壊した学級を20数年で次々と立て直し、その実践が注目を集める。2012年にはNHK『プロフェッショナル仕事の流儀』に出演、大反響を呼ぶ。教育実践サークル「菊池道場」主宰。『菊池先生の「ことばシャワー」の奇跡 生きる力がつく授業』(講談社)、『一人も見捨てない!菊池学級 12か月の言葉かけ コミュニケーション力を育てる指導ステップ』(小学館)他著書多数。
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