菊池省三の「コミュニケーション力が育つ教室づくり」 #44 菊池省三解説付き授業レポート⑩ ~愛媛県松山市立道後小学校5年4組<中編>
全国各地での飛び込み授業を、菊池先生ご自身の解説付きでレポートする連載。今回は、松山市立道後小学校の5年生に対する授業レポートの第2回。菊池先生の「子供を見る目」を学びたい方にとって、必読の連載です。
目次
授業は、リズムとテンポ、スピード感が大切
菊池先生が2枚の写真を見せながら、
「この写真を見て思ったこと、気付いたこと、または大谷翔平選手について知っていること・思ったこと、何でもかまいません。『あっ、日本人だ』でもいいよ。あとで友達と相談する時間があるので、まず自分の考えを紙に書きましょう」
と問いかけると、子供たちがシートに書き込んだ。
1分後、菊池先生が、
「鉛筆を置きましょう」
と話すと、子供たちはさっと鉛筆を置いた。
授業は、リズムとテンポ、スピード感が大切です。
3~5分も書く時間を取っても、時間の無駄です。書き切れずに途中で終わっても、あとから友達と意見を交換すれば“答え”は見つかるのだから、こういう問いには時間をかけずさっさと進めます。
「さっきと同じように、いろいろな友達と相談して写し合えばいいよね? じゃあ、紙を持って2回目の話し合いをします。一人ぼっちをつくらないで、いろいろな友達と交流しましょう」
菊池先生の言葉かけに、子供たちは1回目の意見交換より素早く動いた。
話し合いの途中で、
「ちょっとそのままで聞いてくれる?」
と菊池先生がみんなに話しかけた。
「この2人と、ここのグループとの違いがわかる人?」
「あっ」という表情で何人もの子が手を挙げた。
「男子と女子が一緒に相談しています」
「そうですね。このまま続ければ、男女関係なく意見を交流する光景が見られるんですね?」
と菊池先生が “あおる” と、みんなが元気よく「はいっ」と答えた。
意見交流が再開すると、
「○○さん、一緒にやろうよ」
と声をかける子や、1人でいる子に気付いて、離れた場所まで声をかけに行く子の姿が見られた。
2分間ほど意見を交流したあと、子供たちは席に戻り、指名された横列の子が発表した。
●野球選手
●ジャングルジムに登っているから、子供の頃から元気だった
●野球のボールを持っている
●ジャングルジムに登っているから、小さい頃から握力が強かったのかも
●小さい頃から野球に興味がある
●大谷選手はメジャーで2桁勝利・2桁本塁打で、ベーブ・ルース以来の快挙を果たしている
菊池先生が、
「『なんかマニアックな情報だね』と隣の人と言いましょう」
と話すと、みんな笑いながら言い合った。
「今の発表以外に『言えるぞ』と言う人?」
と菊池先生が尋ねると7人が手を挙げた。
●野球がとても上手な選手
●岩手県出身
●写真の奥に野球場が見えるので、昔から野球が好きだった
●今の大谷選手の面影がある
●ニコッとしている笑顔は、今の大谷選手を表している
●アメリカで野球をしている
●男の人
菊池先生が、「男の人」と答えた子に対し、
「さっきもみんなの緊張を和らげるために “公の言葉” を使い、今も緊張している友達のために、あえて笑いを取ったんだよね? 拍手を送るしかないな」
と話すと、みんな大笑いで拍手をした。
自分らしさが吹き出した瞬間
菊池先生がさらに新しい写真を見せながら、
「大谷選手は新しい球団に移るそうです。10年間でいくら……」
と話している途中で、さっき “マニアック” に詳しく説明した子がつい、
「10……」とフライングしかけて引っ込めた。
「おっ、マニアがいますね」
と菊池先生が笑いながら、
「いくらで移籍するか知ってる人?」
と尋ねると、何人かが手を挙げた。
「じゃあ、元気よく手を挙げている君の斜め後ろに座っている君、どうぞ」
指名されたのは先ほどフライングしかけた男子。嬉しそうにあらためて、
「1015億円です」
と言うと、みんなが大きな拍手を送った。
「正解!1015億円の移籍金でロサンゼルス・ドジャースに行くそうです。こんな高額な契約金もすごいけれど、一番たくさんホームランを打って活躍し、大谷選手は世界中のスーパースターですね」
指名した横列の子供たちは、大谷翔平選手についてあまり知らないのか、写真そのものから感じたことを述べていました。その中で、大谷ファンの男子がとても詳しい説明をしました。
この子の自分らしさが吹き出した瞬間です。移籍金のくだりでも、ついこの男子は口に出てしまいましたが、“公の言葉” を意識したのか、途中で止めました。そこで私は、一瞬スルーに見せかけ、再度その子を指名し、スポットを当てたのです。
菊池先生が、
「大谷選手は、高校で野球をしていた時に目標を立てたそうです」
と話しながら、大谷選手が書いた目標達成シートの写真を見せた。
『日本のプロ野球団12球団のドラフト1位、8球団から指名』を中心に、様々な目標が書かれた目標達成シートの写真を見せながら、
「目標の実現のために必要なことを書いて、努力してほぼ実現させて、大谷選手の今があります」
と説明しながら、最前列の男子に、
「ここの『運』の欄になんて書いてある?」
と尋ね、その男子が、
「ごみ拾いです」
と答えた。
「大谷選手は、今でもグラウンドにゴミが落ちていたら拾っています。“人が捨てた幸運を拾う” という意味だそうです。自分のプラスにしようとする、だから笑顔でプレーをしているのかもしれませんね」
菊池先生が、目標達成シートの説明をしたあとで、みんなに尋ねた。
「それでは、大谷選手は夢を実現しただろうか。したと思う人は○、実現していないだろうと思う人は×を書きましょう」
子供たちがさっと鉛筆を持った。(※この授業レポートは次回へ続きます)
菊池省三先生による第44回解説
落ち着いたいい教室でしたが、自分の思ったことをさらっと発表できない様子が見られました。話し合いの経験が少ないためか、自分のキャラを出し切れていないのかな、と感じました。
途中で俄然張り切り出した男子は、授業の最初ではほとんど答えませんでした。しかし、教室の空気感が温かくなると、どんどん発表するようになりました。「何を言ってもいい」という安心感から、自分らしさを発揮するようになったのです。
1時間の授業の中で、教室の空気の変化によって自己開示が進んだ象徴的な授業でした。
落ち着かない学級の場合、子供たちのやる気を引き出そうと、あの手この手でヒットポイントを探す指導が多くなります。
しかし、みんなが頑張ろうと思っている学級の場合、教師主導の教育技術に走らなくても、子供たちの自己開示へと突き進むことができます。
子供たちの自己開示を促したいのなら、まずは教師自身から。「何を言ってもいい」と子供に示すのは、教師自身の自己開示でもあります。
●意見が出なくても動じない
●意図と違うことを言っても動じない
●多くの参観者がいても動じない
教師自身の自己開示によって、教室に安心感が生まれます。
言葉かけやパフォーマンスで意図的に授業をつくっていくことも大事ですが、それよりももっと大切なのは、“教師自身のあり方”なのです。
※次回は、2月28日(水)AM6時に公開予定です。
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取材・文/関原美和子 プロフィール写真/西村智晴
Profile
きくち・しょうぞう。1959年愛媛県生まれ。北九州市の小学校教諭として崩壊した学級を20数年で次々と立て直し、その実践が注目を集める。2012年にはNHK『プロフェッショナル仕事の流儀』に出演、大反響を呼ぶ。教育実践サークル「菊池道場」主宰。『菊池先生の「ことばシャワー」の奇跡 生きる力がつく授業』(講談社)、『一人も見捨てない!菊池学級 12か月の言葉かけ コミュニケーション力を育てる指導ステップ』(小学館)他著書多数。
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第6回 授業動画で “教室の空気” を学ぶ <後編> ──高知県佐川町立黒岩小学校での授業より
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