菊池省三の「コミュニケーション力が育つ教室づくり」 #28 菊池省三解説付き授業レポート⑤ ~神戸市立春日台小学校2年1組 <中編>
全国各地での飛び込み授業を、菊池先生ご自身の解説付きでレポートする好評シリーズ。前回からは兵庫県神戸市立春日台小学校の2年生に対する飛び込み授業をレポートし、コミュニケーション力を育てるアプローチについて提案しています。菊池省三の「子供を見る目」を学びたい方、必読の連載です。
目次
「何を言ってもいい」という言葉かけを
「これは何の写真か、わかった人はやる気の姿勢を見せてください」
菊池先生が話しかけると、子供たちは即座にぴしっとした姿勢になった。
菊池先生が1枚の写真を見せながら、教室の中を回る。
「何の写真ですか? 隣の人と相談しましょう」
数秒間相談した後、菊池先生が、
「間違えるかもしれないけれど、わかった人は手を挙げましょう」
と言うと、勢いよく子供たちの手が挙がった。
「間違ってもいいから」
「一人ひとり違っていいんですね」
「当てずっぽうでいいから」
「思いつきでいいから」「何を言ってもいい」という空気をつくるために、私はこういう声かけをします。「間違えてもいい」という言葉かけは、子供たちの「正解を言わなければいけない」という固定観念を払拭します。
その結果、いろいろな意見が出るようになり、どんな意見でも受け止められる教室になっていきます。
白鳥、ウズラ、スズメ、キツツキ、ツバメ……いろいろな意見が出たところで、菊池先生が、
「じつは3番目の友達が発表した鳥のヒナです。聞いていて、言える人?」
指名された子が「スズメ」と答えると、菊池先生がうなずきながら、
「先生の予想だと、友達の発表をちゃんと聞いていたあなたに、みんなから拍手が起きると思います」。
間髪入れず、みんなから大きな拍手が起こった。
「今からスズメの赤ちゃんの話をしたいと思います」
と、菊池先生が話し始めた。
ある学校に、みさきさんという小学2年生の女の子がいました。
学校帰りに、傷付いたスズメのヒナを見つけたみさきさんは、スズメの赤ちゃんを家に連れて帰りました。
みさきさんはスズメにピー子という名前をつけ、怪我の手当てをしたり、お母さんと一緒にスズメが食べられるえさをあげたり、一生懸命世話をしました。
やがてピー子は怪我が治り、部屋の中で飛べるようになるほど元気になりました。
「みさきさんがしたことは、いいことか悪いことか、○か×で書きましょう」
菊池先生が問いかけた。
○ 27人
× 0人
「次に先生はどんなことを聞くか、予想して言える人?」
と菊池先生が尋ねると何人かが手を挙げ、以下のような発表をした。
・理由を聞く
・どうして○か×かを聞く
・答えを言う
・町中の人が優しい
最後の発言を受けて、菊池先生は、
「最後に発表した友達の意見を聞いていた? 先生はお母さんとみさきさんのことを話しただけなのに、話を聞いて、町の人みんなのことまで想像して『優しい』と言ったんだね。すごいね。ここで拍手!」
とほめた。
このように、的外れの答えをスルーするのではなく、「ピー子を助けたみさきさんの気持ちになりきり、それを認めてくれたお母さん、さらには周りの大人=町中の人、と結びつけた」と捉えます。
発言の源にある子供の内面の思考を教師が取り上げてほめ、周りの子供たちに伝えることで、子供たちも「そういう意味だったのか」と納得します。
それぞれが理由を書き、その後自由に立ち歩いて、友達と意見交換したら、発表タイム。以下のような理由が発表された。
・みさきさんの優しい気持ちがあって、スズメが元気になったから
・みさきさんが世話したから
・スズメを放置していたら死んでしまったかもしれないから
・優しい心を持っているから
菊池先生が促すまでもなく、発表ごとに子供たちから大きな拍手が起こった。
話し合いのキモは、分裂する問い
「この話の続きを話していい?」
菊池先生が尋ねると、子供たちは興味津々の表情で、「いいよー」と答えた。
ある日、お父さんの友達が家に来ました。元気になって部屋の中で飛んでいるピー子を見て、
「ちょっと運動不足みたいだなあ」と言いました。
それを聞いたみさきさんは、ピー子を仲間がいる自然に逃がしてあげた方が幸せなのか、一生懸命世話をして、もう懐いているのだから、ピー子をそのまま飼い続けるか、迷いました。
「ピー子を逃がすか、飼い続けるか、自分ならどっちか書きましょう」
菊池先生の問いかけに真剣に考え込む子供たち。
・逃がしてあげる 20人
・飼い続ける 7人
という結果になった。
話し合いの授業を進めるキーポイントの1つは、分裂する「問い」の投げかけです。
立場が異なる意見を、出し合ったり聞き合ったりすることで、話し合いの基本になる型を学ばせます。
答えがどちらかに大きく偏らない「問い」づくりがキモになりますが、もし大きく偏ってしまった場合、「違う意見の側に行ってもいい人?」と言葉かけをしてもいいでしょう。
※この授業の続きは、次回でレポート&解説します。
菊池省三先生による第28回解説
教師が、「何を言ってもいい」と話すと、普段は自信がなくて発表しきれなかった子も「言ってみようかな」と挑戦するようになります。
時には的外れな内容が出ることもありますが、スルーするのではなく、「こう考えたから、こういう答えになったんだね」と付け足して、子供の内面を補足してあげる。
今、初めて気付いたように、
「こんなことにも気付くなんて、すごいなあ」
「先生も思いつかなかったよ」
と言葉かけをすることで、「友達の意見を聞きたい」「もっと話したい」という雰囲気になり、子供たち同士の距離がどんどん近くなっていきます。
ファシリテーションとは、単に順番を整理して、台本通りに進めていくものではありません。
ファシリテーターである教師が感動し、驚きを交えたパフォーマンスをしながら子供の発言を取り上げ、「今、すごいことを話してくれたね。これはこんな意味があるんだよね」と価値付け・意味付けをしていくことで、とってつけたものではなく、子供たちが実感できる価値付けとなっていきます。
取材・文/関原美和子 プロフィール写真/西村智晴
Profile
きくち・しょうぞう。1959年愛媛県生まれ。北九州市の小学校教諭として崩壊した学級を20数年で次々と立て直し、その実践が注目を集める。2012年にはNHK『プロフェッショナル仕事の流儀』に出演、大反響を呼ぶ。教育実践サークル「菊池道場」主宰。『菊池先生の「ことばシャワー」の奇跡 生きる力がつく授業』(講談社)、『一人も見捨てない!菊池学級 12か月の言葉かけ コミュニケーション力を育てる指導ステップ』(小学館)他著書多数。
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