【木村泰子の「学びは楽しい」#56】子どもが「自分の言葉」で語れる学校をつくりませんか?
すべての子どもが自分らしくいきいきと成長できる教育のあり方について、木村泰子先生がアドバイスする連載第56回。今回は、子どもが「自分の言葉」で語るために、大人が何を問い直せばよいのかを、6年かけて「みんなありがとう」を届けてくれた一人の子どもの姿から考えます。(エッセイのご感想や木村先生へのご質問など、ページの最後にある質問募集フォームから編集部にお寄せください)【 毎月22日更新予定 】
執筆/大阪市立大空小学校初代校長・木村泰子

目次
「自分の言葉」で語っていますか?
「おはよう」から「さようなら」まで、子どもは「自分の言葉」で語っていますか?
すべての子どもが「自分の言葉」で語る力を身につけていたら、誰もが学校に来て学び合うでしょう。「不登校」のレッテルを貼られている子どもたちの声を聴かせてもらうと、「先生は自分のことはわかっていないと思う。一言も自分がしゃべらないから」「何を言っても否定されるだけだから、言うだけ無駄だと思う」「一言話すとすぐにさえぎられてしまうから、言わない方がましだ」「どうせ大人は子どもの話なんか聞いてくれない」「大人に言っても無駄だから話さない」「『あなたが頑張らないから!』で終わる」「大人は正解を持っているが、そんな正解は自分には必要と思わない」「どうせ、『自分が悪い』で終わるから」
みなさん、どうでしょう。先生たちは「この子のために」と一生懸命指導しています。ところが、指導すればするほど子どもが離れていく。このジレンマに先生たちも疲弊し、保護者と学校が対立関係になり、誰もが楽しいと思える学校づくりからは遠のいていく現実があるのではないでしょうか。
大空小に転校してきた子どもたちは、「前の学校は息ができないから行けなかった」と言います。私たち教職員は、自分には経験のないことなので、その子にどうしてなのかを教えてもらおうとします。すると、子どもは(話を聴いてくれるんだ)と思って話し始めます。私たちには経験のない思いを、子どもは誰もが「自分の言葉」で語ります。大人が聴かせてほしいという思いを子どもに伝えられたら、子どもは大人に「自分の言葉」を語ります。
すべての子どもが「自分の言葉」で語る環境を学校につくることが不可欠ですね。これは難しいことではなく、大人の自分が変わればいいだけです。子どもを変えるのは困難を極めますが、自分を変えるのはたやすいものです。
若者の残念な「指導」が全教職員の学びに
『みんなの学校』の中で、若手の先生が「クビやで!」と、校長の私から言われている場面があります。大空小では、学力の上位目標に「自分の言葉で語る」を挙げています。大空小に来て初めて学級を担当したこの若者は、学級の全員に「自分の言葉」で語らせなくてはならないと思ったのです。
誰もが「自分の言葉」で語る中、ただ一人、何も語らない子どもがいました。焦った若者はある日、この子に「前へ出てきて一言でも話すんやったら許してやるわ!」と怒鳴ったのです。若者が捨て台詞を吐いて教室に戻った後、怒鳴られた子どもは職員室へ逃げ込んできました。もちろん何も言いません。教頭の机の下に潜り込んでいます。周りの子どもたちは、この一連の事実を見ています。子どもたちから「校長室にやり直しに行った方がいいよ」とアドバイスされた若者は、私の前に来て「教えてほしい……」と言ったのです。
この若者の残念な「指導」は全教職員の学びに変わりました。この連載でも何度か紹介しましたが、私たちはこの若者の失敗から多くのことを学んだのです。
私たちの師匠が語った「自分の言葉」
大空小で大切にしているバースデーメッセージ集会(年に一度自分の生まれ月に、その瞬間自分が伝えたいことを、「自分の言葉」でみんなに語る学習)での、この語らない一人の子ども(私たちの師匠)の6年間をお伝えします。
1年生のときは、講堂の外から中を見ていました。2年生のときは、講堂に入り、暗幕の中にくるまっていました。3年生のときは、みんなの場所に一緒に座っていました。4年生のときは、前に出て語ろうとチャレンジしましたが、ひな壇の奥に隠れてしまいました。5年生のときは、マイクを持ちましたが、一言も語りません。周りの子どもたちは、この子の毎年のチャレンジを、転勤してきた教職員よりもよく知っています。毎年、この子に送られる拍手の響きは、今も自分の中に残っています。
いよいよ6年生となり、ラストチャンスです。私たちはこの子を信じて見守ることしかできません。ついに、彼はマイクを持って「みんなありがとう」と一言、「自分の言葉」で語りました。この子に教えられたことを、誰もが今も自分の中に大切にしまっていると思います。
自分と違う他者といつも一緒に学び合うからこそ得られた、かけがえのない学びです。
子どもを一律にそろえない
先日の研修で一緒に学んだ、5年目の教員から聞いた話です。
「次時は授業が始まるまでに、特別教室に集合」と伝えられた子どもたちは、誰一人遅れることなく集合しました。ところが、隣の主任の学級の子どもたちはかなり遅れてきました。その理由は、廊下で整列させ、人員点呼をして、「しゃべるな・整列して歩け……」と指導しながら、主任が先頭を歩いて特別教室に引率してきたからだそうです。5年目の教員は「優先順位は何?今必要な力は何?災害時にすべての子どもの命は守れるのだろうか?」と、モヤモヤしたと語りました。
こんな現状は、残念ながらどの学校にもまだあるのではないでしょうか。学校組織にまん延する空気ですね。「この主任さんの目的は何だったのですか?」と聞くと、「合わせる・そろえる・整える、これが子どもの美しい姿だ!」と答えたそうです。
多様性と共生が求められる、予測困難な社会で生きて働く力をつけるのが学校です。学校で学ぶこの瞬間が未来を想定した社会の環境でなければ、生きて働く力になりませんよね。
大人のみんなで、その瞬間その瞬間を問い直したいと切に願います。
〇子どもは「自分の言葉」で語れているか。指導すればするほど子どもが離れていくなら、子どもを変えようとする前に、大人の自分の関わり方を問い直そう。
〇語らない子にも、その子なりのチャレンジがある。一律に語らせようとせず、その子を信じて見守ろう。
〇子どもを「合わせる・そろえる・整える」ことが目的になっていないか。その指導が何のためなのか、今、子どもに必要な力は何かを、考えよう。
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きむら・やすこ●映画「みんなの学校」の舞台となった、すべての子供の学習権を保障する学校、大阪市立大空小学校の初代校長。全職員・保護者・地域の人々が一丸となり、障害の有無にかかわらず「すべての子どもの学習権を保障する」学校づくりに尽力する。著書に『「みんなの学校」が教えてくれたこと』『「みんなの学校」流・自ら学ぶ子の育て方』(ともに小学館)ほか。
