堀 裕嗣 の辛口時評 HOLY’s Bar 一杯分だけ、話そうか。#14 シン・空気の研究~なぜ、それを教えることは「当然」なのか

教育界随一の論客、堀 裕嗣先生による連載第14回。教育というジャンルに留まらず、広い社会的視野、歴史的射程に基づいた縦横無尽な論考をお届けします。毎回最後のコラムでは、教育界有数の酒豪でもある筆者の「今、推しのお酒」も紹介します。
執筆/堀 裕嗣(北海道公立中学校教諭)
目次
1.価値観の転換
1945年9月20日、文部省は全国の学校に対し、戦時下の教科書に記載された軍国主義的・超国家主義的な内容を削除するよう学校現場に指示した。敗戦からまだ一か月余りしか経っていない。8月15日まで子どもたちが使い、教師たちが教えていた教科書を、そのまま使い続けることができなくなった。
新しい教科書がすぐに用意されたわけではない。既存の教科書を使用しながら、問題とされた箇所を削除する。そのために採られた方法が該当する記述を墨で塗りつぶすというものだった。いわゆる「墨塗り教科書」である。
この出来事を考えるとき、私は「そこに何が書かれていたのか」以上に、「誰がそれを消したのか」ということが気になってくる。教科書をつくった人間でも、制度をつくった人間でもない。それまでその教科書を使って授業をしていた教師自身が、自分の教科書を開き、そこにある文章を黒く塗ったのである。
前日まで、それは「教えるべきこと」だった。教師はその記述を教材として扱い、子どもたちはそれを学習していた。ところが敗戦によって、それは「教えてはならないこと」になった。子どもたちの側からすれば、教室も教師も教科書も昨日と同じである。変わったのは、それらを取り巻いている「社会の前提」だった。
ここには教育という営みの性格がかなり露骨に現れている。教育は知識を伝えるだけの仕事ではない。何を知識として扱うのか、何を価値あるものとして扱うのか、どのような人間を望ましいと考えるのかという「国家の選択」を伴っている。教科書とはその「国家の選択」を文字にしたものであり、教師はその文字を子どもたちに手渡す役割を担っている。
確かに戦時下の教育には、現在の私たちから見て明らかに問題のある内容があった。国家への忠誠を最上位の価値として位置づけ、戦争を肯定し、国民を国家目的へ動員していく教育が、戦後に否定されたこと自体は当然であろう。しかし、ここで考えたいのは、戦時教育の是非ではない。問題にしたいのは、ある時代の価値観がどのようにして「教えるべきこと」となり、それがどのようにして子どもたちのなかに取り込まれていくのかということである。
国家が決める。制度がそれを保障する。教科書がそれを文字にする。教師が教室で語る。そして子どもが学ぶ。この一連の過程を経ることで、もともとは社会の誰かによって選択された価値観が、いつしか「当然のこと」と見なされるようになる。そこまでいけば、それが誰によって、いつ、どのような理由で選ばれたものなのかを、改めて問う必要さえ感じなくなる。
「教科書に書いてあるから正しい」というほど単純な話ではない。教師は教科書の記述を吟味し、自分なりの解釈を加えて教える。しかし、だからといって教師が価値判断から自由であるわけではない。教師自身もまた、その時代の社会に育ち、その時代の教育を受け、その時代の「常識」を身につけている。その意味では、教師もまた、社会から受け取った価値を次の世代へと受け渡す「選択者」の一人となる。
だからこそ、「墨塗り教科書」は厄介なのである。そこでは、社会の価値観が変わったことだけでなく、「昨日まで自分が教えていたものを、今日は自分の手で否定しなければならない」という反転が起きている。それまで教えることを支えていた制度も、教科書も、社会的な合意も、敗戦を境に別の方向を向き始めた。教師はその変化のただなかで、自分が使ってきた教科書を黒く塗らなければならなかったのである。
しかも、黒く塗れば、それで過去が消えるわけではない。確かに墨の下の文字は見えなくなるが、そこに何かが書かれていたことはわかる。白紙に戻るわけではなく、黒い部分として残る。これは、価値観の転換というものの性質をよく表している。社会は新しい価値観を採用できる。しかし、人間は、それまでの価値観を採用して生きてきた時間を消し去ることはできない。
ここで、「では、戦後の人間はどのようにして新しい価値観を受け入れていったのか」という問題が出てくる。古い価値観が否定されたからといって、人間が価値観そのものから自由になったわけではない。古い教科書が墨で塗られれば、やがて新しい教科書が必要になる。古い「正しさ」が退けば、別の新しい「正しさ」がそこを埋める。人間は、何らかの価値判断なしに社会を生きることができない。
そう考えると、「墨塗り教科書」から考えるべきなのは、「昔の日本人は間違ったことを信じていた」という話のみに止まらない。むしろ、自分たちがその時代の中で何を「当然」と感じ、何を「正しい」と判断し、その判断をどのように次の世代へ手渡そうとしているのかという、現在の私たち自身の問題である。
私たちは、自分がいま生きている社会の価値観を、どの程度まで相対化できるのだろう。いま「当然」と思っていることの中に、社会がそう思わせているものがどれほど含まれているだろう。そして、その「当然」は、もし社会の前提が大きく変わったときにも、なお同じように「当然」であり続けるのか。日々の中で、私たちはそんなことを考えたこともない。それが「国家が選択した当然」ということなのだ。
1945年9月20日に教師たちが黒く塗ったのは、教科書の一部である。しかしそこには、一つの時代が「これが正しい」として次の世代へ渡そうとしたものと、それを途中で撤回し回収せざるを得なくなった社会の姿とが、同時に残されている。
2.「空気」の正体
しかし、この出来事を本当に考えるためには、もう一つ問わなければならないことがある。大きな価値観の転換を、人生の途中で実際に経験した人間と、それを経験することなく一つの時代の中で生きてきた人間とでは、社会の「当然」を見る目がどのように違うのかという問題である。
この問題について、興味深い視点を示しているのが山本七平である。
山本七平は、日本社会において、人々が明確な原則や論理によって判断しているように見えて、実際にはその場を支配する「空気」に強く拘束されていることを繰り返し論じた。何が正しいかを一人ひとりが熟考して決めるというより、「いま、この社会では何が当然とされているのか」を察知し、その「当然」に沿って判断する。しかも、その「当然」はあまりに当然であるがゆえに、普段はそれを価値観として意識することがない。
ここで重要なのは、「空気に従う人間は、自分の頭で考えていない」という単純な話ではないということだ。むしろ逆である。人間は、自分の属する社会の前提をいちいち疑わなくても生活できるようにすることで、日常を成立させている。毎朝、社会の基本原則について考え直してから仕事を始める人はいない。何が正しく、何が望ましく、何をどうすべきかについて、ある程度の共通理解が存在しているからこそ、私たちは迷わず行動することができる。だからこそその前提が崩れたとき、人間は戸惑う。
昨日まで「当然」だったことが、今日からは「間違い」になる。昨日まで褒められていた行為が、今日は批判される。昨日まで子どもたちに教えていたことを、今日は教えてはいけないと言われる。
1945年の教師たちは、まさにそれを経験した。
しかも、敗戦は単なる政権交代ではない。戦争が終わったという事実とともに、それまで日本社会を支えていた価値の体系そのものが大きく揺らいだのである。国家とは何か。天皇とは何か。国民とは何か。戦争とは何か。忠誠とは何か。そして、子どもたちに教えるべきことは何なのか。それまで疑う必要のなかった問いが、一挙に問い直されることになった。
こうして戦前戦中・戦後を心ならずも接続して生きなければならなかった人間と、戦後しか知らない人間との間に大きな差異が生まれる。戦前・戦中を知る人間は、「社会の当然」が一度崩壊した経験をもつ。昨日まで正しかったものが、社会の前提が変わることによって否定される。その経験を身体で知っている。一方、戦後に生まれた人間にとっては、戦後の価値観そのものが「最初からそうだった当然のもの」になる。民主主義も、平和主義も、基本的人権も、教育を受ける権利も、それらが歴史のある時点で選択され、制度として整えられ、社会に定着していったものであるという感覚を持ちにくい。一度も転換を経験していない人間は、自分の価値観が歴史的産物であることを自覚しにくいからである。もちろん、だからといって戦後の価値観が誤っているということではない。むしろ私たちは、戦前・戦中の経験を踏まえて形成された戦後の価値観を、大切に守っていかねばならない。
問題は、その「大切にすべきもの」が、いつの間にか「疑う必要のないもの」に変わってしまうことである。
これは戦前の軍国主義だけの問題ではない。どの時代にも、その時代なりの「当然」がある。社会が何を善とし、何を悪とし、何を望ましい人間像とし、何を問題のある人間像とするのか。学校教育は、その時代の「当然」を子どもたちに伝える「装置」である。
だから教師は、自分が何を教えているかだけでなく、「なぜ、それを教えることが当然だと思っているのか」まで考えなければならない。
しかし、これが容易なことではない。自分が生まれ育った社会の前提は、自分自身にとっては空気のようなものだからである。空気の中で生きる人間は、空気そのものを意識しない。呼吸するたびに「いま私は空気を吸っている」と考えることがない。
ところが、社会の前提が大きく変わると、その「空気」が見える瞬間がある。1945年の敗戦は、日本社会にとってその巨大な「空気が見える瞬間」だった。そして、教師たちが教科書を墨で塗ったという行為は、その巨大な「空気の転換」を極めて具体的な形で示した。黒い墨の下に隠されたのは、単なる文章ではない。そこには「昨日までの当然」があった。
だから「墨塗り教科書」を見るとき、私たちは過去の日本人を笑うことができない。むしろ、自分自身の教室を思い浮かべなければならない。いま私たちが子どもたちに教えている「当然」のうち、何が本当に普遍的なものなのか。そして、何がたまたま私たちの時代において「当然」とされているものなのか。その区別を、私たちはどこまでできているだろうか。
