菊池省三の「コミュニケーション力が育つ教室づくり」 #43 菊池省三解説付き授業レポート⑩ ~愛媛県松山市立道後小学校5年4組<前編>

連載
菊池省三のコミュニケーション力が育つ教室づくり

教育実践研究家、教育実践研究サークル「菊池道場」主宰

菊池省三
菊池省三の「コミュニケーション力が育つ教室づくり」

全国各地での飛び込み授業を、菊池先生ご自身の解説付きでレポートする連載。今回から、松山市立道後小学校の5年生に対する授業レポートがスタートします。菊池先生の「子供を見る目」を学びたい方、必読の連載です。

切り替えスピードで、学習参加の “態度” を鍛える

「みなさん、こんにちは!」
菊池先生が声をかけると、5年4組のみんなが大きな声で「こんにちはっ!」と答えた。
「人が笑顔になれる方法を見つけたんですよ。それは本気の拍手です。指の骨が折れるくらいの拍手!」
教室が大きな拍手に包まれた。
<あかるい笑顔>
菊池先生が、黒板の左側に書いた。
<切り替えスピード>と続けて書き、
「みんなの切り替えスピードを見たいので、隣の人と『あんたの笑顔、かわいいよ』と言い合いましょう」
と話すと、子供たちは笑顔で言い合った。

ポイント1
「おもしろそうだな」と笑顔で待ち構える子、隣の子と「楽しそうだね」とおしゃべりする子……興味を持ってわくわく感を出せる教室は能動的です。
隣の子とすぐに話すことができる、隣席が欠席している場合はすぐに後ろの子と話すことができる。これができない教室だと、一人でぽつんとする子が出てしまうので、教師が一言添えなければなりません。 こういう動作の一つひとつを見ると、日常的に能動的な教室か、受動的な教室かがわかります。

「今日はみんなで楽しい授業にしましょう」と菊池先生がA4判の紙を配り、黒板に漢字を書き始めた。
<夢>
「読める人?」
と菊池先生が尋ねると、3分の2ほどの子が手を挙げた。
すると菊池先生が手を挙げた最後列の女子のところまで行き、
「人の話を聞くときは、相手のほうにちょっと心臓を向けてあげるんだね」
とその子に話しかけたので、みんなが大きく振り向いた。
「だから、聞き合えるいい教室になるんだね」と、さらにその女子に話しかけると、うなずいた。
「なるほどね……みんな拍手の準備はしていますか? じゃあ、答えてください」
女子が、
「<ゆめ>です」
と答えると、みんなが大きな拍手を送った。
菊池先生が前方に戻り、
「じゃあ、隣の人に『あんた夢はあるんか?』と言いましょう」
と話すと、みんなが笑いながら言い合った。
菊池先生が、黒板に書いた<夢>の続きを書いた。
<夢を四角
四角に何が入るか考えましょう。一人ひとり違っていいから、たくさん書きましょう」
鉛筆の音が教室に響いた。
「一つ考えて『やれやれ』じゃなくて、二つめ、三つめも考える。これが道後小のあるべき姿だね」
菊池先生が話しかけると、子供たちは必死に考えた。

ポイント2
切り替えスピードは、学習参加の “態度” を鍛えます。
「1個書いて『やれやれ』じゃないよね」
「黒板をよく見ないと言えないぞ」
このような言葉かけは、“鍛える” 側面が強いものです。
子供同士の学び合いをつなげるためにはスピード感が必要ですが、繰り返しやらないと身に付きませんし、教師が言葉かけをしないと、子供たち自身では気付かないものです。
「ほめる」というと、優しい面がクローズアップされがちですが、鍛えるという厳しい側面もあります。
しかし、その厳しさは、「君たちならできるはずだ」という子供たちへのエールなのです。

「これから紙と鉛筆を持って意見交換をしましょう。5年4組は、絶対に一人ぼっちをつくらないよね?」
菊池先生が、最前列の男子に話しかけると、その男子がうなずいた。菊池先生が、
「先生もそう思います」
と男子と握手し、
「じゃあ、話し合いましょう。切り替えスピードだね」
と声をかけると、子供たちが自由に立ち歩いて1分間意見交換をした。
席に戻ると、菊池先生が縦2列を指名し、子供たちが答えた。

もつ
抱く
かなえる
つくる
考える
かなえる努力をする

「書けなくても友達と意見を交換したら、言えるようになる。いい教室だね……ここで拍手!」
拍手の後、
「これ以外にある人いますか? 友達の意見を聞いていたから、違う意見が言えるんだよね」
と菊池先生が尋ねると、10人ほどが挙手し、指名された3人が発表した。

見つける
見る
追いかける

ポイント3
「一つ答えを書いたから満足するのではなく、いくつも考える」
「友達の意見と聞き比べていたから、違いを言える」
「書けなくても、意見を交換して友達の意見を写せばいい」
こうした言葉かけで一つひとつの行為をほめることにより、個人と集団の学びの成果を価値付けることができます。

細かい技術を積み重ねることで、教室の学びの温度が上がっていく

「今日はある人について考えていきます。だれかなあ。少し面影があるかなあ?」
そう言いながら、菊池先生が1枚の写真をみんなに見せて回った。
「もしかして、菊池先生?」
菊池先生がそばを通り過ぎる際、一人の男子が思わずつぶやくと、
「こんなにかわいかった? ありがとう!」
と男子と握手。その後にっこり笑いながら、「先生は九州から来たんだけど、一緒に九州に帰るか?」
と話しかけると、みんな大笑い。
肝心の写真は誰なのか、誰も思い浮かばないようだ。
「じゃあ、もう1枚」
と、菊池先生が2枚目を見せた途端、
「あっ、わかった」
「もしかして」
「顔に特徴がある!」
と、子供たちが興奮気味に声をあげた。
「3秒だけ隣の人と相談しましょう」
菊地先生が写真を黒板に貼り終えて、再度尋ねると、ほとんどの子が手を挙げた。

ポイント4
子供同士で相談する時間を設けることで、写真を黒板に貼る数秒間であれ、子供たちがぼーっとしてしまう空白時間を与えません。
子供たちも相談することで、みんなが答えられるようになり、より授業に集中できるようになります。
こうした細かい技術を積み重ねることで、教室の学びの温度が上がっていきます。

「いいねえ。右手の中指の爪の先を天井に突き指す。これを『手を挙げる』と言います。じゃあ答えてください」
指名された男子が、
「大谷翔平選手です」
と答えると、みんなが拍手を送った。
「いつもと違う授業だと気持ちが高ぶって、『大谷』と粗雑な言葉を使うことがあるけれど、教室はみんなで学ぶ公の場です。
今、『大谷翔平選手です』と公の言葉づかいで答えてくれました。公の言葉が使える4組だから、教室がみんなが学び合う場になっていくんですね」
菊池先生がそう話すと、子供たちが再び大きな拍手を送った。
(※この授業レポートは次回へ続きます。)

菊池省三先生による第43回解説

先日カウントしてみたのですが、ある1時間の特別授業の中で、私が子供をほめていた回数は計58回。
他の授業で数えてみると、30分間のうち、私の発言の37回中34回は、子供をほめるための発言だったことがわかりました。
説明以外はほぼ、ほめているのです。
「なぜほめるのか」という質問をよく受けますが、私は、「こんな授業、こんな教室、こんな集団にしたい」というゴールイメージに向かってほめています。
雑な言葉づかいではゴールに向かわないから、公の言葉を意識させるために丁寧な言葉づかいをほめる。
一人もこぼれ落ちないよう、相談して写し合う活動を入れ、学び合う姿勢をほめる。
ただ闇雲に並列してほめるのではなく、ゴールに向かってほめているのです。
本質をつかまないまま、単に “よかった” 行為や言葉だけをばらばらと並列的にほめても、それは表面的な行為に過ぎません。
ほめることが最終目的ではないことを、常に意識することが大切です。

最後列の女子のところまで行って言葉をかける菊池先生
最後列の女子のところまで行って言葉をかけることで、他の子たちぱ「相手の方を向いて聞く」姿勢が自然にできる。

※次回は、2月13日(火)AM6時に公開予定です。

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単行本「菊池学級12か月の言葉かけ」カバー画像

取材・文/関原美和子 プロフィール写真/西村智晴


菊池省三

Profile
きくち・しょうぞう。1959年愛媛県生まれ。北九州市の小学校教諭として崩壊した学級を20数年で次々と立て直し、その実践が注目を集める。2012年にはNHK『プロフェッショナル仕事の流儀』に出演、大反響を呼ぶ。教育実践サークル「菊池道場」主宰。『菊池先生の「ことばシャワー」の奇跡 生きる力がつく授業』(講談社)、『一人も見捨てない!菊池学級 12か月の言葉かけ コミュニケーション力を育てる指導ステップ』(小学館)他著書多数。


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第1回 すべての教科の基盤となる “空気づくり” <前編>
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