菊池省三の「コミュニケーション力が育つ教室づくり」 #34 菊池省三解説付き授業レポート⑦ ~大分県玖珠町立くす星翔中学校2年3組 <中編>
全国各地での飛び込み授業を、菊池先生ご自身の解説付きでレポートする好評シリーズ。
今回は、玖珠町立くす星翔中学校の2年生に対する授業レポートの第2弾です。
菊池省三の「子供を見る目」を学びたい方、必読の連載です。
目次
“うなずき” も発表の一つと捉えて
「さかなクンについて、どんなことを知っているか、隣の人と話しましょう」。
7秒間意見を交わした後で、縦列の生徒が発表した。
●魚が好き
●魚について、いろいろ詳しい
●毎回語尾が「ギョギョギョ」
●中学生のときに「吹奏楽部」のことを「水槽学部」と間違えた
緊張したためか、一人の生徒が「よくわかりません」と答えた。
「よくわからないけれど、魚が好きそうだということはわかる?」
と菊池先生が尋ねると、生徒がうなずいた。
「そうだよね。『さかなクン』だもんな。じゃあ、『魚が好きそうだ』」
と、菊池先生が生徒の発表を “代弁” すると、みんなが大きな拍手を送った。
列で指名をすると、戸惑う子がいます。普段の授業で慣れていないからでしょう。そういう自分の意見が持てない子、考えていない子は「(前の人と)同じです」「一緒です」という回答で逃げてしまいがちです。そんなとき、教師はどう対応すればいいのか。以下のような選択肢が考えられます。
①「今は一生懸命考えているからだね。まとまったら、あとで話してね」と言葉かけをする。
②「○○さんの気持ちになって話せる人?」と、友達にフォローしてもらう
③教師が答えやすい問いかけをし、うなずいたら「君もそう思うんだね」と認める。
この授業では、初めて出会った子供たちであること、授業内容に入ったばかりの場面であることから、③の対応にしました。
「ズバリ一言で書きましょう」の意図は
「さかなクンは、子供の頃からずっと魚のことばかり考えていたので、学校の成績はオール2だったそうです。いじめにも遭ったそうです。見かねた先生が『もう少し勉強させたらどうですか?』とさかなクンのお母さんに尋ねると、お母さんは、『この子は好きな絵を描かせたいので、勉強はいいです。みんなが勉強したら、優等生になって になります。だからうちの子は今のままでいいんです』
と言ったそうです。何と言ったでしょうか? 自分の意見をズバリ一言で書きましょう」
菊池先生の問いに、鉛筆を動かす音だけが教室に響いた。悩んだまま鉛筆を持つ手が止まっている生徒も何人かいた。
すると、菊池先生が、
「鉛筆を置いてください」と声をかけた。
「考えて悩んで、それでも鉛筆が動かないときがあります。鉛筆が動いていないのに、先生が『書けた人?』『言える人?』と言っても、絶対に手は挙がらない。でも、自分で悩んで書けなくても、友達と相談して写したり書き加えたりして、その後に先生が『書けた人?』と言えば手が挙がる。それが教室ですね」
「はい!」
生徒たちが大きな声で返事をした。
「じゃあ、またみんなで意見交換しましょう」。
菊池先生の言葉かけに安心したのか、生徒たちは意見を交換しながら、自分のシートに熱心に書き込んでいった。
なぜ書くことができないのか。その理由には次の二つがあります。
①「正解がないので、一人ひとり違っていい」と言われても、自信がない。
② “感想” ではなく、“答え” に対して自由に考えて書くという経験がない。
こうした場面での目標は、子供たちが書けることではなく、友達との交流で意見をつくることです。
かつて、私の授業を見た人が、
「菊池先生は『8割の子供に伝わればいい。あとの2割は、子供同士のコミュニケーションを通して伝わるだろうから』と考えているのでは?」
という感想を話してくれました。意見交換は、自信がない子、どう書いていいかわからない子をフォローする大切な場面でもあるのです。
書き終えたところで、立ったまま発表した。
●みんな同じ
●みんな優秀
●個性がなくなる
●天才になる
●他の子と同じ
●モノクロになる
「モノクロって、どういうこと?」
菊池先生が尋ねると、
「色がない、という意味です」
と生徒が答えた。
「なるほどー。書いていなくても、自分が考えたことだから話せるんだね」
と菊池先生がほめると、大きな拍手が起こった。(次回へ続く)
菊池省三先生による第34回解説
私は、対話・話し合いの授業で「ズバリ一言で示しなさい」という指示を取り入れます。答えが一言であるほど、その後の対話が広がるからです。
びっしり書かせると、読むだけの活動になります。話が長すぎて、聞き手がついていけないのです。
話し合いの授業を参観すると、多くの学級でこうした場面に出くわします。
一部の “できる子” が延々と話し、他の子は、だらだらした話を聞き取り切れずに話し合いから脱落していく。飽きた子供たちから雑音が出て、エスカレートしていく…。
教師が、そんな聞き手の子供たちに「静かに聞きなさい」と叱責すればするほど、学級は乱れていきます。聞き手の指導をする一方で、話し手の指導はおざなりです。
聞き手・話し手の双方を指導しなければ、対話・話し合いは豊かになりません。
こうした悪循環を生み出さないためにも、「ズバリ一言で」という指示は大切です。話し合いにリズムができ、授業スピードも加速していきます。
さかなクンのお母さんの言葉を一言で表現させることで、生徒達からは様々な意見が出ました。
実際のお母さんの言葉は<ロボット>でしたが、生徒たちの答えは全て正解なのです。
※このレポートは次回(10月10日(火)AM6時公開予定)に続きます。
取材・文/関原美和子 プロフィール写真/西村智晴
Profile
きくち・しょうぞう。1959年愛媛県生まれ。北九州市の小学校教諭として崩壊した学級を20数年で次々と立て直し、その実践が注目を集める。2012年にはNHK『プロフェッショナル仕事の流儀』に出演、大反響を呼ぶ。教育実践サークル「菊池道場」主宰。『菊池先生の「ことばシャワー」の奇跡 生きる力がつく授業』(講談社)、『一人も見捨てない!菊池学級 12か月の言葉かけ コミュニケーション力を育てる指導ステップ』(小学館)他著書多数。
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