菊池省三の「コミュニケーション力が育つ教室づくり」 #32 菊池省三解説付き授業レポート⑥ ~滋賀県湖南市立甲西北中学校

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菊池省三のコミュニケーション力が育つ教室づくり
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教育実践研究家、教育実践研究サークル「菊池道場」主宰

菊池省三
菊池省三の「コミュニケーション力が育つ教室づくり」

菊池先生が他者の授業を参観、分析した記録をお届けするシリーズ。今回は中学1年生の道徳授業の参観記録です。滋賀県湖南市の学力向上アドバイザーを務める菊池先生は、市内小中学校の授業をどう見ているのでしょうか。菊池省三の「子供を見る目」を学びたい方、必読の連載です。

1年1組 道徳「いじめのない集団とはどんな集団なのか考える」の授業

クラス全員で一致団結できる集団づくりを目指している1年1組。
授業では、教科書の読み物教材「さかなのなみだ」を読みながら、いじめについて考え合った。
最初に担任が、「さかなのなみだ」の著者のさかなクンの動画を見せてから、教材を読んだ(以下、教材の概略)。

中学1年生のとき、同級生が突然無視されるいじめにあった。
人間の世界と同じように、魚の世界でもいじめがある。
広い海で群れていた魚を狭い水槽に入れると、魚たちは1匹を攻撃し始める。
いじめられた1匹を取り出しても、次の1匹がターゲットになる。いじめていた魚を取り出すと、新たないじめっ子が生まれる。
いじめる子たちに「なんで?」と聞けなかった僕は、いじめられた子と一緒に魚釣りに行った。
学校から離れ、一緒に糸を垂れているだけで、その子はほっとした表情になった。話を聞いたり、励ましたりできなかったけれど、一緒にいるだけで安心したのかもしれない。
小さな世界の中でいじめたり悩んだりしても楽しい思い出は残らない。外の広い海に出てみよう。

『中学道徳 あすを生きる 1』(日本文教出版)より

「『小さな世界に閉じ込めるとなぜかいじめが始まる』とさかなクンが思ったのはなぜでしょう」
担任が問いかけると、何人かの生徒が答えた。

閉じ込められると、「何かせなあかん」と思い、いじめが起こる
自分がいじめられる前にいじめる側に行く
自分の世界を広げるため
小さい世界だと不満がたまりやすい

次に、
「いじめられた子と釣りに行ったさかなクンはどんなことを考えていたのか、書きましょう」
と担任が問いかけると、生徒たちは自分の考えをまとめ、4人グループになって意見交換した。

元気が出たからよかった
釣りに行って、少しでも気持ちが明るくなるといいな
助けられなかったことを謝ろうと思った

「いじめっ子たちがいじめられたら、さかなクンはどう思うでしょう?」
話し合いの後、担任が生徒たちに尋ねた。<すっきり><もやもや><わからない>の3つの立場から選び、グループで意見交換した。
「僕やったら<すっきり>やけど、さかなクンなら寄り添ってあげるやろうから、<もやもや>かなあ」
と考え込む生徒も。

すっきり派
自業自得だから

もやもや派
仕返しをしたら、いつまで経ってもいじめは終わらない

わからない派
助けたくても自分がされたらイヤだしなあ

「いじめのない集団をつくるために、自分にどんなことができるか、今、みんなで考えたことを踏まえて考えましょう」
と担任が問いかけると、生徒たちは、次のような意見を述べた。

安心できる空間をつくる
みんながいろいろな人の気持ちを考える
悩んでいる子に積極的に声をかける

「この前のクラスアンケートで、『このクラスでいじめがあったら、なくなるように行動を起こす』とみんなが答えてくれました。私も、学生時代に辛いことがあっても、友達がいたから大丈夫だった。そういうクラスを目指していきましょう」
と、担任が授業を締めくくった。


教師の問いには次の2種類があります。
①正解・不正解を求める問い
②自分の意見を考えて求める問い


②については、ただそれぞれの子供の意見があるだけで、不正解はありません。
この授業の問いは、全て自分の内面から答えを引き出す②でした。いろいろな友達の意見を聞きながら、自分の意見を形作っていく授業は、抽象的な思考ができる中学生ならではといえます。
このような授業では、意見が二つに分かれる二項対立の問いを投げかけ、自分の立場を明確に決めるよう促していったほうがいいでしょう。

例えば、「いじめっ子がいじめられたら、さかなクンはどう思うか」という三つめの問いでは、<わからない>と答えた子供も大勢いました。「自分なら<すっきり>だけど、さかなクンなら<もやもや>だろうか」と迷った子もいました。
最初は、「わからない」「どちらともいえない」と曖昧な立場だったとしても、友達と意見を出し合いながら、自分の意見を固めていく、それが話し合いの醍醐味です。
そのためには、教科書の限られた情報だけでなく、子供たちの心を揺さぶる第2の資料の提示が必要です。
例えば、テレビや雑誌で語っているさかなクンの中学生時代のエピソードや、“魚博士” として認められるまでのエピソードなど、新たな資料を写真や動画で示すことで、生徒たちの印象に残ります。
そして、さかなクンの「気持ち」ではなく、さかなクンには「どんなことができたか」という「行動」を考えさせた方が、いろいろな意見が出てくるはずです。意見が出そろったところで、自分ならばどれを選ぶのか、四つめの問い「自分は何ができるか」につなげていきます。
一つ一つが並列する問いではなく、最後に全てがつながるような問いを考えていくことが大切です。

友達と意見を交わしながら、自分の意見をつくっていく

取材・文/関原美和子 プロフィール写真/西村智晴


Profile
きくち・しょうぞう。1959年愛媛県生まれ。北九州市の小学校教諭として崩壊した学級を20数年で次々と立て直し、その実践が注目を集める。2012年にはNHK『プロフェッショナル仕事の流儀』に出演、大反響を呼ぶ。教育実践サークル「菊池道場」主宰。『菊池先生の「ことばシャワー」の奇跡 生きる力がつく授業』(講談社)、『一人も見捨てない!菊池学級 12か月の言葉かけ コミュニケーション力を育てる指導ステップ』(小学館)他著書多数。


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