菊池省三の「コミュニケーション力が育つ教室づくり」 #35 菊池省三解説付き授業レポート⑦ ~大分県玖珠町立くす星翔中学校2年3組 <中編②>
全国各地での飛び込み授業を、菊池先生ご自身の解説付きでレポートする好評シリーズ。
今回は、玖珠町立くす星翔中学校の2年生に対する授業レポートの第3弾です。
菊池省三の「子供を見る目」を学びたい方にとって、必読の連載です。
目次
みんなで学び合うことを意識させる
菊池先生が、さかなクンのお母さんの話を続けた。
「学校の成績がオール2だったさかなクンを心配した担任が、『そんなに絵が好きなら、専門の絵の先生をつけたらどうですか?』と勧めたそうですが、お母さんは何と言ったと思う?」
菊池先生の問いかけが終わる前に、一人の男子生徒が挙手しようと体を動かした。
「君はえらいなあ。まだ言い終わっていないのに、手を挙げようとしたね」
恥ずかしそうな生徒をほめながら、
「ここでみんなが拍手をすれば、きっと立ち上がって意見を言うよね」
と盛り上げると、みんなが大きな拍手。男子生徒が、
「『自由に描かせたほうがいい』と言った」
と答えると、菊池先生が、
「その通りです! 言われたことを聞いているだけじゃなくて、聞きながら頭の中で考えているから、手が挙がるんだよね。頭の中が動いている証拠ですね」
とほめた。
手を挙げる場面ではないにもかかわらず、思わず手が挙がりそうな子供がいたら、「やる気があるね」とほめます。子供たちの些細な動きにも目を向け、取り上げることが大切です。
菊池先生が話を続けた。
「『絵の先生をつけたら、その先生の絵になってしまう。だから、絵の先生はつけません』と言ったそうです。では、みなさんに聞いてみます。さかなクンのお母さんの子育て。その考え方・方法が……」
① 一番よい
② 一番とは言えない
菊池先生が上記二つの選択肢を黒板に書きながら、
「どっちだと思いますか?」
と尋ねた。
「あとで友達と意見を交換して考えが変わるかもしれないから、今決めた立場は(仮)です。とりあえず、紙に書いてください」
生徒たちが書く音がさっきより大きく、強くなった。
「どっちが多いと思う?」
菊池先生が二人の生徒に尋ねると、①と②に分かれた。
「あなたはそう思ったんだね。『みんなはどうかな』と考えるのは、みんなの気持ちになって考えること。つまり、想像は思いやり、優しさなんですね。そうやって、一人ひとりがみんなのことを考えられる学級をつくっていくんだね」
みんなで学び合う意識をつくるため、私はよく、2択の発問について、「どっちが多いと思う?」という問いかけをします。 常にみんなと学ぶのだから、自分の意見だけではなく、みんなの意見のことも考え、その違いを楽しむことを意識させたいのです。
この問いかけを通して、「あなたもみんなからそう思われ、大事にされている」ということにも気付かせたいですね。
内面の意欲の表れを価値付けてほめる
それぞれが自分の立場を決めた後で、挙手をした。
① 19人
② 16人
半数に近い形に分かれた。
「次はどんなことを尋ねるかわかる人?」
と菊池先生が尋ねると、勇み足気味の男子生徒が、
「わかりません!」
と元気よく答えた。
すると、菊池先生はその生徒の席に行って、耳元で小声で何かをつぶやいた。
「…時を戻しましょう。どんなことを尋ねるかわかる人?」
男子生徒がすかさず「理由です!」と答えると、菊池先生が、「正解!」。
爆笑と大きな拍手が起こった。
一見、雑音とも取れるつぶやきです。この生徒は、決してふざけていたわけではなく、楽しくなってつい出てしまったようでした。
このような場面で、教師はえてして「ふざけるな」とたしなめてしまいがちです。
すると、せっかく温かく膨らんでいった教室の空気がしゅんとしぼんでしまいます。
この問いには「理由」という明確な正解があるので、その場で小声でその子に正解を伝えました。
もし誰からも答えが出なくても、さらっと「理由」であることを言えばいいだけの場面です。
今回は彼を取り上げたことで、教室が笑いに包まれ、温かい空気が生まれました。
小さな不規則発言を咎めて、わざわざマイナスの空気をつくり出す必要はありません。
「なぜ、そう考えたのか。…早いなあ! 理由を書きましょう」
と菊池先生が話すと、生徒たちの鉛筆を動かすスピードがさらに速くなった。
「書きましょう」という指示の後ではなく、指示の途中で「早いなあ!」を入れます。
当然、子供たちはその時点ではまだ書き出していません。このように教師が先手を打つことで、子供たちの書く速度が上がります。
この授業では既に何度か書いているので、そのスピードを加速させています。
次の話し合いの場面では、書くことを読み上げるのではなく、その場で自分の意見を言える子供たちだと判断したからです。
20秒ほどでさっと紙に書いた生徒たち。その後、同じ意見の人ごとに4、5人のグループに分かれ、意見を交換。話し合いの後、そのままの位置で意見を発表した。
●一番とは言えない派
・失敗したらリスクが大きい
・将来が不安
・将来、学力がないと困る
・少しは勉強しないといじめの原因になって、個性がもったいない
・一人で考える知識より、先生が教えてくれる知識の方が多い
発表の途中で、
「ううーん…」
と黙り込んでしまう生徒もいた。そこで、
「彼が何と言おうとしたか、予想できる人?」
と菊池先生が尋ねると、隣の女子生徒が、
「お母さんと同じように育って、自分の個性がなくなるから」
と代弁。みんなから大きな拍手が起こった。
自分の順番になっても答えられない子への対応です(第34回Point①参照)。ここまでに何度か意見を交流し、同じ意見のグループで話し合っていたので、この場面では、友達にフォローしてもらうようにしました。
●一番よい派
・親がそれでいいと思っているから
・さかなクンの個性そのものを輝かせようとしている
・将来を見ると、一つのことに特化した分野を学ぶのが大切
・他の人に教えてもらうと、教える人の固定概念がつく
・子供たちの個性が大切というなら、子育てにも個性があっていいはず
・ありのままに育ってほしい
・母にとっては一番いい子育て
「お母さんが一番いい子育てだというなら、その子にとってもいい環境だと思う」
と、少し緊張気味の生徒が体を動かしながら発表した。
「今の彼を見た? 手にも物を言わせましょう。一生懸命伝えたいから手も動くんだね。……ここで拍手!」
と菊池先生が話すと、生徒たちから大きな拍手が起こった。
続けて何人かが発表していると、後方にいた男子生徒が前に出てきた。
「発表したい?」
と菊池先生が尋ねると、大きくうなずく生徒。
「人生楽しく生きればいいから、別に勉強しなくてもいいと思う」
と、手をぐるっと回しながら発表した。
「さっき、『手にも物を言わせましょう』と言ったから、前に出てきて物を言わせたんだね」
と菊池先生が笑いながら話しかけると、みんなが大爆笑しながら拍手をした。
(このレポートは次回へ続きます)
菊池省三先生による第35回解説
身振り手振りは、「伝えよう」という気持ちの表れです。こうした内面の意欲の表れを価値付けてほめることで、子供たちに、非言語の領域もコミュニケーションにとっては重要な役割があることに気付かせます。
この授業では、身振り手振りを交えて発表した生徒が続きました。
「書いたものを読む」ことから脱却し、本気の話し合いになってくると、ジェスチャーを交えたり、日常の言葉づかいが出てきたりするようになります。
「です・ます」等の話型にこだわらず、子供たちの意欲をほめることが大切です。
※次回は、10月24日(火)AM6時に公開予定です。
取材・文/関原美和子 プロフィール写真/西村智晴
Profile
きくち・しょうぞう。1959年愛媛県生まれ。北九州市の小学校教諭として崩壊した学級を20数年で次々と立て直し、その実践が注目を集める。2012年にはNHK『プロフェッショナル仕事の流儀』に出演、大反響を呼ぶ。教育実践サークル「菊池道場」主宰。『菊池先生の「ことばシャワー」の奇跡 生きる力がつく授業』(講談社)、『一人も見捨てない!菊池学級 12か月の言葉かけ コミュニケーション力を育てる指導ステップ』(小学館)他著書多数。
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第1回 すべての教科の基盤となる “空気づくり” <前編>
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