菊池省三の「コミュニケーション力が育つ教室づくり」 #31 菊池省三解説付き授業レポート⑥ ~滋賀県湖南市立岩根小学校 <後編>
菊池先生が他者の授業を参観した記録をお届けする3回シリーズ第2回。
滋賀県湖南市の学力向上アドバイザーを務める菊池先生は、市内小中学校の授業をどう捉え、アドバイスしているのでしょうか。菊池省三の「子供を見る目」を学びたい方、必読の連載です。
目次
4年1組 学級活動「自分のもち味を知ろう」の授業
4年1組では、いいことをしている友達や頑張っている友達について、毎日発表し合う「きらりピース」活動に取り組んでいる。学級会で話し合い、みんなで決めた学級目標<おもいやるなかま・やってみる・まわりときょうりょく>のそれぞれ1文字目を取った「おやま」の達成を目指している。
授業では、自分の「もち味」を知り、「おやま」達成のためにできることは何かを話し合った。
まず、自分のいいところ・苦手なところをワークシートに記入。なかなか書けない子のヒントになるように、担任が長所・短所を表す言葉の例をプリントにして配った。
ワークシートを前に、思いつくままたくさん書き進める子、じっくりと考え、一つに絞って書く子、プリントを見ながら、当てはまる言葉に○をつけていく子――子供たちは思い思いに、自分の「もち味」と向き合った。
書き終えたところで4~5人のグループになった。
「みんなから見た、『私のいいところ』を見つけてもらい、ワークシートに書き合いましょう」
と担任が話すと、子供たちは自由に意見を交換した。
一人ずつ順にいいところを出し合うグループもあれば、シートを回して書き込むグループも。
「私のいいところを教えてくださいっ!」
「話を聞いてくれるところかな」
「物知りだし、字がきれいだね」
中には、自分が考えていたのとは異なるいいところを見つけてもらった子も。いいところを見つけてもらった子供たちは、笑顔でいっぱいだ。
そこで、
「みんなが書いた苦手・直したいところの見方を変えてみよう」
と担任が話すと、子供たちは、「えっ?」と驚いた表情になった。
●飽きっぽい→ いろいろなことに興味を持つ
●うるさい→ 元気がいい、明るい
ネガティブをポジティブにリフレーミングする例を担任が示すと、子供たちは友達の短所をプラスに変える言葉を一生懸命考えた。
「自分でポジティブに変えていけばいいんやなあ…」
とつぶやいた子にうなずきながら、みんなが笑顔で、自由に意見を交換しあった。
授業後、菊池先生が、
「4年生になってまだ3か月も経っていないのに、見方を変える考え方ができるのはすごいことです」
と子供たちをほめ、黒板に「力」と書いた。
「『緊張』というと、何となくマイナスの感じがするけれど、『力』をつけて『緊張力』と言うと、『緊張しても頑張るぞ』というプラスの意味になるね」
菊池先生が話しながら、最後列の男子のところに行き、
「さっき、担任の先生に質問していたね。君は『質問力』があるなあ」
と、その子と握手。次に最前列の子のところに行き、
「さっき、いいリアクションをしていたね。『反応力』があるね」
と握手した。
「『力』をつけると、みんなプラスになっていく。みなさんはこれからもっと『おやま力』をつけて、すごい教室をつくっていくんですね」
と話すと、みんながにっこりとうなずいた。
9歳は、論理的思考ができる具体的操作期に入る年齢で、自分とは異なる他者の視点が持てるようになります。
自意識が芽生える年齢の子供たちに、自分の持ち味を意識させるおもしろい授業でした。子供たちと一緒に出し合った学級目標の「おやま」とつなごうとしたところもいいですね。
ヒントのプリントを用意したことで、自分のいいところ・苦手なところが明確になった子がいた一方、プリントの言葉に囚われてしまった子も大勢いました。話し合いの場面でも、順番に回して書き合うだけで、肝心の話し合いまでいかないグループがありました。
短所を長所にひっくり返すリフレーミングは、大人でも難しいものです。
そして、子供たちの人間関係が十分にできた教室でなければ成り立ちません。
自分の長所・短所を素直に出し、他の子の短所に対して意見を述べるには、お互い自己開示できる自信と、それを受け止める安心した場所であることが不可欠だからです。
まだ人間関係が築けていない1学期には、ヒントカードから自分の長所を三つ選ぶ、というように、むしろ、長所に着目したほうがいいでしょう。
授業後、私が子供たちに話をした場面で、3人の子と握手をしました。
その3人は、授業中、担任が指示をするたび、勇み足気味に反応していた子供たちです。
彼らの反応に悪意はないのですが、いちいちたしなめたり、放っておいたりすると、そうした反応はやがて “雑音” になっていきます(“雑音” と “つぶやき” については、第7回、第8回参照)。
そこで、彼らの行為を「質問力」「反応力」とリフレーミングし、子供たちへ例として示すと同時に、マイナスの行為をプラスの視点に変えました。
このように、担任がリフレーミングをして示すことで、子供たちも自然にリフレーミングの視点を持つことができるようになっていきます。
教室の中で子供たちの自信と安心が育ったタイミングでぜひ、再度、この授業に取り組んでみてほしいと思います。
取材・文/関原美和子 プロフィール写真/西村智晴
Profile
きくち・しょうぞう。1959年愛媛県生まれ。北九州市の小学校教諭として崩壊した学級を20数年で次々と立て直し、その実践が注目を集める。2012年にはNHK『プロフェッショナル仕事の流儀』に出演、大反響を呼ぶ。教育実践サークル「菊池道場」主宰。『菊池先生の「ことばシャワー」の奇跡 生きる力がつく授業』(講談社)、『一人も見捨てない!菊池学級 12か月の言葉かけ コミュニケーション力を育てる指導ステップ』(小学館)他著書多数。
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第1回 すべての教科の基盤となる “空気づくり” <前編>
第2回 すべての教科の基盤となる “空気づくり” <後編>
第3回 教師のパフォーマンス力が、教室の空気をつくる <前編>
第4回 教師のパフォーマンス力が、教室の空気をつくる <後編>
第5回 授業動画で “教室の空気” を学ぶ <前編>
第6回 授業動画で “教室の空気” を学ぶ <後編> ──高知県佐川町立黒岩小学校での授業より
第7回 子供の “つぶやき” と “雑音” への対応 <前編>
第8回 子供の “つぶやき” と “雑音” への対応 <後編>
第9回 「コミュニケーション力が育つ」授業レポート① ~高知県高知市立三里小学校6年1組 <前編>
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第24回 菊池省三自ら解説! コミュニケーション力が育つ授業レポート④ ~愛媛県松山市立味生第二小学校3年2組 <前編>
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第26回 菊池省三自ら解説! コミュニケーション力が育つ授業レポート ~愛媛県松山市立味生第二小学校3年2組 <後編>
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第28回 菊池省三解説付き授業レポート⑤ ~神戸市立春日台小学校2年1組 <中編>
第29回 菊池省三解説付き授業レポート⑤ ~神戸市立春日台小学校2年1組 <後編>
第30回 菊池省三解説付き授業レポート⑥ ~滋賀県湖南市立岩根小学校 <前編>