菊池省三の「コミュニケーション力が育つ教室づくり」 #29 菊池省三解説付き授業レポート⑤ ~神戸市立春日台小学校2年1組 <後編>
全国各地での飛び込み授業を、菊池先生ご自身の解説付きでレポートする好評シリーズ。兵庫県神戸市立春日台小学校の2年生に対する飛び込み授業レポートの完結編をお届けします。菊池省三の「子供を見る目」を学びたい方、必読の連載です。
目次
新たな二項対立を投げかけ、さらに考えさせる
「スズメのピー子を『逃がす』『飼い続ける』、同じ意見同士5~6人で集まって、話し合いの作戦会議をしましょう」
菊池先生が話しかけると、子供たちは席を立って意見交換。話し合いをした後、そのままの位置で発表した。
なぜそのままの場所で話し合うのか。
第26回で、「話し合いの空気を壊さないため」と説明しました。さらにつけ加えると、子供たちに「同じ考えの仲間と一緒」という安心感を持たせる意味もあります。
友達と積極的に意見を交換しても、自分の席に戻って座ると、なかなか手が挙がらなくなりがちです。ワンクッション置くことで、体も心もクールダウンしてしまうからです。
体と心は連動しています。身振り手振りで体が動いていると、意見も出しやすいものです。
・逃がしたらピーコは仲間と遊べる
・逃がして仲間を増やしてあげる
・運動不足だと死んじゃうかもしれない
・逃がした方がピーコの体のためにもいいから
・ピーコはお父さんお母さんを思い出して悲しいかもしれない
・もうちょっとだけ一緒にいたいから
・逃がしたら、野生に戻ると犬や猫に食べられるかもしれない
・もっと広い部屋に変えればいい
・逃がしたらえさや治療がむだになる
・逃がしたら、また怪我をするかも
・逃がしたらさみしい
意見を出し合った後、子供たちが自分の席に戻ると、菊池先生が、
「この話には、まだ続きがあります」
と話しかけ、1枚のポスターを見せた。
そのポスターには大きく
<ヒナを拾わないで>
と書かれている。
「えっ!?」「なんで?」と子供たちからざわめきが起こった。
行動選択能力を鍛えるモラルジレンマ教材
菊池先生が、
「自分で餌を見つけて食べることができなくなってしまうことと、自然に戻しても、野生の動物に食べられたり傷付けられたりしやすくなることから、拾ってはいけないそうです。でも、既にみさきさんは拾ってきてしまいました」
と話し、
<みさきさんはどうすればいいのか>
と黒板に書いた。
「ピー子のことを考えて、みなさんができること、した方がいいことを考えましょう」
子供たちは近くの友達と2分間ほど相談し、発表した。
自分の意見を書かなくても発表できる教室であれば、自分で考えながら意見をつくり、書かずにそのまま発表する形を取ります。
・書いたことを “読む” のではなく、自分の意見を “話す”
・一言でもいいから、他の人とは違う表現で話す
・途中までしか書いていなくても、その先を言おうとする
・言葉だけでなく、身振り手振りを交える
話し合いのフォーマットにこだわらず、こうした子供たちの姿が見られたら、話し合いのレベルもステップアップしていく、という視点が教師には必要です。
「今の言い方は、一生懸命考えた結果だね」とほめて認めることで、子供たちはそういう話し合いができるようになってきます。
「アイデアがある人は立ちましょう」と菊池先生が促すと、子供たちから意見が出された。
①広い部屋にしてあげる
②自分でえさを食べられるようにする
③ハグしてあげたり、一緒に寝たりする(飼い続ける)
④ペットショップに持って行く
⑤運動不足にならないよう、一緒に運動する
⑥戻しても食べられないように、食べられるものや危ない動物に気を付けることをピー子に教えてあげる
③と⑥は、擬人法が通用する2年生ならではの意見です。
年齢にあった考え方と各々の生活経験から意見が生み出されます。
④は、専門家に預けるという視点です。2年1組の子供たちにとって、身近な専門家は、動物愛護センターではなく、ペットショップなのでしょう。こういう考え方が出てくることは素晴らしいことです。
「自分がみさきさんなら、どれを選ぶか」と問い、子供たちが考えた結果、④が多数を占めた。
・ひなを飼ったらだめだから、ペットショップへ持って行くほうがいい
・病気も食べ物も、みさきさんより上手な人が世話をするほうがいい
「してしまったことは戻らないから、そのときに一番いい方法を考えることが大切。1組のみんなはすごいなあと思いました。困ったとき、一番いい方法は何か、一人一人が考えて、みんなで相談して見つけてください」
と伝え、菊池先生が授業を締めくくった。
菊池省三先生による第29回解説
モラルジレンマ教材は、子供たちに二項対立で考えさせますが、最終的には行動選択能力を鍛えたいと考えています。そこに行くまでに、二項対立で議論する場合、お互いに何が分かっていないかを意識させなければなりません。
そもそも議論とは、お互いに分かっていないことを見つけるために話し合うものです。
それぞれの立場から論拠となる情報を探し、意見を述べ合う。そして、最終的にどうすればいいかを見つけていきます。
教師は、そういう話し合いが成立する授業展開を考えていく必要があります。
この視点が欠けると、「公平に考えることが大切」「思いやりをいつも大切にしましょう」など、価値の押し付けレベルに終始してしまいます。
お互いに分かっていないことを見つけるためにするものが議論ですから、分からないことが分かって結論が見えれば、そこで議論は終わりです。
もちろん結論は状況によって変わることもあります。だからこそ、常に考え続ける子供を育てたいものです。
取材・文/関原美和子 プロフィール写真/西村智晴
Profile
きくち・しょうぞう。1959年愛媛県生まれ。北九州市の小学校教諭として崩壊した学級を20数年で次々と立て直し、その実践が注目を集める。2012年にはNHK『プロフェッショナル仕事の流儀』に出演、大反響を呼ぶ。教育実践サークル「菊池道場」主宰。『菊池先生の「ことばシャワー」の奇跡 生きる力がつく授業』(講談社)、『一人も見捨てない!菊池学級 12か月の言葉かけ コミュニケーション力を育てる指導ステップ』(小学館)他著書多数。
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