「過ち」を「改める」とは?〈前編〉能楽師・安田登の【能を知れば授業が変わる!】 第九幕

連載
能楽師・安田登の【能を知れば授業が変わる!】

前編の今回は「過ちては則ち改むるに憚(はばか)ることなかれ」の「過ち」は「間違い」とは違い、「改むる」とき、自分を鞭打ってはいけないという話です。高校教師から転身した筆者が、これまでになかった視点で能と教育の意外な関係性を全身全霊で解説します。
※本記事は、第九幕の前編です。

「過ち」を「改める」とは?〈前編〉能楽師・安田登の【能を知れば授業が変わる!】 第九幕
能楽師 安田 登 やすだのぼるプロフィール写真

執筆
能楽師 安田 登 やすだのぼる
下掛宝生流ワキ方能楽師。1956年、千葉県生まれ。高校時代、麻雀をきっかけに甲骨文字、中国古代哲学への関心に目覚める。高校教師時代に能と出合う。ワキ方の重鎮、鏑木岑男師の謡に衝撃を受け、27歳で入門。能のメソッドを使った作品の創作、演出、出演など国内外で活躍。『能 650年続いた仕掛けとは』(新潮新書)他著書多数。

「過ちては則ち改むるに憚ることなかれ」の本当の意味とは

今回紹介したい言葉は「過ちては則ち改むるに憚ることなかれ」です。

これは『論語』の中に載る言葉で、「過ちをおかしたら、改めることを躊躇(ちゅうちょ)してはいけない」と訳されます。テストなどで間違った解答をした児童に「間違いはすぐに直すんだよ」という。そんな教えかなと思ってしまいます。

しかし、「過ち」と「間違い」はちょっと違うのです。

「過ち」の過は「通過」の過であり、「過剰」の過です。

例えばアメリカの小学校で4年生まで過ごした子が帰国して日本の小学校に転入したとします。彼はアメリカで、授業中はどんどん発言することがいいと学びました。だから、先生が質問をしたら、すぐに手を上げます。指名されなくても答えてしまうこともあるでしょう。

また、一人一人が違う意見をもつこともいいことだと学んできた彼にとっては、国語の授業や道徳の授業に「正解」があるなんてことは信じられません。漢字のはねやとめなんて、そんなのどうでもいいと思っています。先生の言うことでも、違うと思えば絶対に譲りません。

そんな彼が日本の小学校に入ってきたら「目立ち過ぎ」と言われるでしょう。周りの児童からは敬遠され、いじめにあうかもしれません。先生も、扱いにくい児童だと思うでしょう。

しかし、彼に問題がないことは先生ならばわかるはずです。しかし、彼が「正しい」わけでもありません。少なくとも彼が孤立し、周囲の人から敬遠されているとすれば、それは「過ち」です。

そうです。過ちとは「ある場所(A)においては問題がなかったこと」が、「別の場所(B)では問題になること」を言います。AからBへの「通過」の時点で調整をしなかった。それが問題として出てくるのです。

そして、それは例えば「目立ち過ぎ」とか「しゃべり過ぎ」のような「過剰」となって現れます。あるいは日本からアメリカに行った子ならば、「静か過ぎ」とか「迎合し過ぎ」のようなマイナスの「過剰」となって現れます。「何を考えているのかわからないから気持ち悪いと言われる」と言います。

「改める」とは自分を鞭打つことではない!

孔子は「そんなときには、躊躇せずに《改める》といいよ」と言います。

「改」の右側(攵)は鞭を持つ手で、左側は「己れ」です。ですから「《改》とは自分を鞭打つことだ」と言う人がいますが、それは違います。昔の文字(甲骨文字)を見てみると左は「己」ではなく「巳(へび)」です。

文字 改

「巳(へび)」とは、その人自身ではなく、その人の周りについて過剰な過ちの部分です。

「己れ」、すなわち自分自身を打ってはいけません。痛いからです。痛いと自己防衛をしてしまいます。表面的には変化をしても根本的な変化は起きません。改めてもすぐに元に戻ってしまいます。

では、人格を否定せずに問題だけを否定すればいいのかというとこれもだめです。「あなたを責めているのではない。あなたの問題のところだけを指摘している」と言う人がいますが、しかし言われている人が「責められている」と感じたり、「否定されている」と感じたりしたら同じです。痛みがあります。

では、どうしたらいいのか。残念ながら、これにはマニュアル的な簡単な答えはありません。教育はすべてそうですね。簡単ではない。しかし、ここでヒントになるのが、以前にもお話した「切磋琢磨」なのです。

構成/浅原孝子

「過ち」を「改める」とは?〈後編〉に続く

※第六幕以前は、『教育技術小五小六』に掲載されていました。


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著/安田 登
出版社 亜紀書房
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ISBN 978-4-7505-1733-9


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