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堀 裕嗣✕宇野弘恵 キャッチボール連載 独自開発教材でつくる 渾身の「三つ星道徳授業」#1「ジョリー」by宇野弘恵

連載
堀裕嗣&北海道アベンジャーズの シンクロ道徳の現在形
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堀 裕嗣 なら、ここまでやる!国語科の教材研究と授業デザイン
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北海道公立中学校教諭

堀 裕嗣
新連載「渾身の三つ星道徳授業」バナー

魅力的なオリジナル教材を続々と開発し、最先端の道徳授業実践を蓄積し続ける堀先生と宇野先生が交互にそれぞれの自信作を公開。さらには相手の教材開発と授業づくりについて解説し合う新連載です。イメージしながら読むだけで感情と思考が大きく揺さぶられる傑作授業揃いです。

執筆/宇野弘恵(北海道公立小学校教諭)・解説/堀 裕嗣(北海道公立中学校教諭)

1 この授業をつくるにあたって

「キャリアチェンジ犬」の存在を知ったのは、今から8年ほど前。キャリアチェンジ犬とは、身体に懸念がある犬や訓練を行ったが稟性的(性格)に盲導犬が向かないと判断した盲導犬の候補犬のことです(日本盲導犬協会HPより)。

それまで私は、盲導犬になれない犬がいることを知りませんでした。訓練すれば誰でも盲導犬になれると思っていたのに、まさか訓練したうちのたった3割しかなれないとは。じゃあ、残りの7割の犬って、いったいどんな犬なんだろう? こんな興味から、盲導犬やキャリアチェンジ犬について調べ始めました。

盲導犬には「優秀」というイメージがつきものです。厳しいしい訓練を経て狭き門をくぐり抜けた盲導犬。街角で見る盲導犬は、無駄吠えしたりちょろちょろしたりすることなく落ち着いています。どう見ても優秀に見えます。しかし、調べていくに従って、盲導犬が優秀であるという見方は間違っているのではないかと考えるようになりました。

盲導犬には、「盲導犬として働くのに必要な資質」というものがあります。盲導犬は、「盲導犬」という特性に合った資質をもっているから盲導犬になります。しかし、その資質は、犬としての優秀さを示すものではありません。あくまでも、盲導犬という役割を果たすために必要な資質です。

また、盲導犬を優秀と括ると、3割の合格枠に入れなかったキャリアチェンジ犬は優秀ではないということになります。キャリアチェンジ犬は、「盲導犬」という特性に合わなかったから、別の生き方をしているのです。劣ったダメ犬だからではありません。そもそも犬に「優劣」などありません。それぞれの個性や特性に合った生き方をしているだけです。

こうした見方を人間に当てはめたらどうでしょう。同じことが言えるのではありませんか。

「東大に進学した優秀な人」
「弁護士ですって。優秀ねえ」
「高校受験に失敗したダメな自分」

何かの特性や能力に適していることと「優れている」ことは同じではありません。それなのに、一面だけで優劣を評価し人間を序列化する。他者の優秀さを羨みダメさを蔑み、自分の優秀さに鼻を高くしダメさを嘆く。こうした見方が、他人の評価でしか自分を認められない生きづらさを生んでいるのではないでしょうか。

盲導犬の在り方を通して、「人間に優劣はあるのか」「優劣とは何か」「優劣を決めているのは誰か」という問いを自分に向けることができたなら、外からの評価ではない自分を見つめられるのではないかと思います。本授業が、他者との比較の中で鼻を高くしている子にも、劣等感に苦しんでいる子にも、素の自分を認めるきっかけとなることを期待しています。

2 授業の実際

『ジョリー』
内容項目 D/よりよく生きる喜び  対象学年/小5以上

① 緩やかに全員を「盲導犬」の土台に載せる

盲導犬訓練センターの画像を提示し、次のように問います。 

「これは、ある専門的な仕事に就くための学校です。どんなことを学ぶ学校だと思いますか」

この時点では、盲導犬訓練センターであることは伏せておきます。建物の外観や敷地の画像から、何を学ぶための学校かを自由に想像させます。分からなくて当然なので、当てずっぽうでよいことを伝えておきます。

次に、センターの内部の画像を提示していきます。まず、公的な施設であればありそうなラウンジや体育館などを示し、次第に点字ブロックがある長い廊下や訓練施設、犬のお墓など特殊なものを示していきます。最後に、この施設は犬たちが盲導犬になるために勉強(訓練)する学校(施設)であることを明かします。

②「盲導犬は賢い」というイメージを醸成する

盲導犬訓練センターには、どんな犬たちがいると思うかを交流します。「賢い」「お利口」「頭がいい」「優秀」といったイメージを共有しておきます。

その上で、盲導犬について説明していきます。

盲導犬はラブラドール・レトリーバーが多い。理由として、人の指示をよく理解し、人懐こい性格であることが挙げられる。また、落ち着きがあり、仕事を好むこと、環境の変化に適応しやすいこと、人を安全に誘導するのに適した大きさであること、さらに人と同じ速さで歩けることも理由である。

盲導犬の多くは、両親も盲導犬である。

盲導犬の多くは、血統書付きである。

生後2か月の頃に、パピーウォーカーに預けられる。人の愛情にしっかり触れることで人間との信頼関係を深め、家庭や人間社会の中で生活する喜びや楽しみを深く経験する。決まった時間に食べたり、排泄したりすることもしつけられる。

1歳になる頃、訓練センターに行く。訓練期間は半年から1年ほど。いくつかのテストを受けながら訓練を進める。センターでの訓練は以下の通り。

基本的な命令に従う訓練。
(人間の左側につく、座る、伏せ、待つ、来るなど)

目が見えない人を誘導するのに必要な訓練
(交差点で止まる、障害物を避ける、段差の誘導、物を拾って渡すなど)

市街地で歩く訓練
(指示に従って歩く、安全なところを選んで歩く、危険を避けるなど)

「待て」と言われたら「いいよ」と言われるまでじっと待つことも、危険を察知したら命令に従わないことも、どんな時でも冷静にはたらくことも、訓練の中で学ぶ。

すべては、目が見えない人の命を守るために必要な訓練。

こうした訓練をしながら、いくつものテストに合格した犬だけが盲導犬として働くことができる。テストの合格率は約3割。訓練を受けた10頭のうち3頭くらいしか盲導犬にはなれない。

画像や資料を提示しながら説明した後、盲導犬はどんな犬だと思うかを改めて問います。

盲導犬に向いている犬種があるということは、どの犬でもなれるというわけではない。
血統書付きで両親も盲導犬が多いということは、盲導犬になることが生まれながら保障されている感じがする。
難しい訓練を経て、なおかつテストに合格した犬しかなれないということは、エリート中のエリートだ。

こうした交流から、盲導犬になれるのは犬の中でもごくごく一部の限られた優秀な犬だけであることを共有します。

中には、「盲導犬はかわいそうな犬」という感想をもつ子もいます。盲導犬ではない犬と比べ、自由が少なく窮屈に生きているように見えるのです。こうした意見に白黒はつけず、「そういう見え方もあるのだね」と受け止めておきます。

③「盲導犬になれなかった犬はダメ犬か?」という疑問を喚起する

盲導犬になれるのはたった3割の犬……。では、盲導犬になれなかった残りの7割はどんな犬なのかを考えます。

盲導犬になれた犬が賢く優秀で選び抜かれたエリートだとすると、なれなかった犬たちはその逆となります。あまり賢くなく、ちょっとダメ犬? とイメージされます。

そこで、以下の資料を配り、なぜこの犬たちは盲導犬になれなかったのかを考えます。

盲導犬になれなかった犬たちの写真、名前と個性を一覧にしたシート

まずは一人でじっくり読み、なぜ盲導犬になれなかったのかを考えます。そのあと、4人グループ、全体で交流します。

ここで紹介しているのは、犬たちのポジティブな面だけです。ですから「盲導犬に必要な資質」に照らしても、なぜこの犬たちが盲導犬になれなかったのかは見えません。どの犬たちも盲導犬に適した資質をもっているように見えるのになぜ? との疑問が湧きます。それほど盲導犬になるハードルが高いのか、それとも違う理由があるのか。
「必要な資質が欠けている=ダメ犬」と結論付けず、その犬のもつ資質と盲導犬に求められる資質の間に違いがあるのではないかという視点をもつことがここでのねらいです。

④「優劣」という評価を見つめ直す

交流後、盲導犬になれなかった犬たちについてまとめた動画を見せます。これは、関連本(巻末・参考文献参照)を参考に私が作成したものです。音楽は『クィール』のサウンドトラックから「初めての誕生日~仁井家との別れ」を使用しています。

【クーパー】

訓練センターで 

のみ込みが早く、人に寄り添って誘導するのも上手。自立心旺盛で行動的。だから……。
管理されるのが嫌。じっとしているのも得意じゃない。狭いゲージの中を嫌がり、うなったり吠えたり。ある日、とうとう職員の手を噛んでしまう。

その後 

中間さんの家の飼い犬になる。クーパーは少しずつ落ち着きを取り戻し、うなったり吠えたりしなくなった。ある日の散歩のとき。クーパーが傷ついたツバメの雛を見つけた。いつまでも目を離さないクーパーに促されるように、中間さんはツバメを保護。その日から、クーパーは雛の優しいパパになった。

段ボール箱から飛び出した雛を、自分の足先に乗せて、ゆっくりゆっくり揺らすクーパー。雛をじっと見つめる眼差しは本当のお父さんのよう。雛の傷が治って旅立つまで、優しく世話をし続けた。

クーパーはダメ犬ですか?

【ゼナ】

訓練センターで 

慎重で、危険を察知する能力にも長けているから……。怖がりで、警戒心が強くもある。街角に貼ってあるポスターの顔を怖がり、うなり声を上げて動かなくなる。にらまれたと思うらしい。

その後

盲導犬を知ってもらうためのデモンストレーション犬となり、学校や地域を回る。飼い主の高橋さんが、小学校で子どもたちに盲導犬について語っている間、ゼナは自分の出番になるまでじっと待っている。子どもたちがゼナの頭をなでても、顔を触ってもしっぽを引っ張っても嫌がらない。指示に忠実に従い、ほめられて嬉しそうなゼナ。

ゼナはダメ犬ですか?

【ラタン】

 訓練センターで 

知りたがりで人懐こいラタン。人のことが大好きだから……。人を見ると、役目を忘れてそっちに行ってしまう。

その後

ホテル経営者の牧野家の犬になる。当時、生きる気力を無くしていた牧野さん。ラタンが楽しそうに駆け回る姿を見るうちに、次第に元気を取り戻した。牧野さんの言動を一つ一つ学ぼうとするラタンの姿に感動したのだ。

牧野さんは、自分のホテルをどこにもないホテルにしようと決心。ディナーショーでラタンとともにマジックをしようと思い立ち、特訓。牧野さんとステージに上がるラタンはいつも大人気。牧野さんもお客さんも笑顔。末期のさんの笑顔を見るラタンも、とても嬉しそう。

牧野さんは言う。ラタンがいなかったら私はいったいどうなっていなのでしょう、と。

ラタンはダメ犬ですか?

【ベンジー】

 訓練センターで 

しっかりしていて人間好きだから……。小さな子どもを見ると飛びつく。まるで、「僕の方が偉いんだよ!遊んであげるよ!」とでも言うように。

 その後 

さとみさんの家の犬になる。中学生だったさとみさんはいじめが原因で不登校。ベンジーの世話は、さとみさんの役目になった。毎日の散歩、食事の準備や片付け。一生懸命世話をしてくれるさとみさんに抱かれて、ベンジーはとっても幸せそう。

ベンジーと暮らすようになり、さとみさんは盲導犬訓練士になる夢をもつ。次第に元気を取り戻し、学校に行くことを決意。

「ベンジーがさとみの命を救ってくれました」

と、お母さん。

ベンジーはダメ犬ですか?

【オレンジ】

 訓練センターで  

穏やかで大人しいから……。初めてのところに行くと、物怖じして先に進めない。

 その後 

手足を動かせない、車いすの大学生の介助犬となる。大学生のそばについて歩いたり、ものをとったり拾ったり。大学生の手の代わりとして働くオレンジ。お手伝いできるのが嬉しくてたまらない様子のオレンジ。オレンジがいつもそばにいることが、大学生にとって大きな心の支えになっている。

オレンジはダメ犬ですか?

【ジョリー】

訓練センターで

音に敏感だから……。大きな音が聞こえてくると、怖がって前に進めない。

 その後 

訓練センターに行く前のパピーウォーカー、昌彦とトモカの家に戻って来た。二人とも、ジョリーが盲導犬になれなくてかわいそうだと思った。でも、ジョリーはこれから盲導犬候補になるかもしれないの犬を産み、お母さんになる。ジョリーには、ジョリーの生き方がある。

ジョリーはダメ犬ですか?

6匹それぞれの盲導犬になれなかった経緯、その後の暮らしぶりなどを提示します。

そして、最後に「○○はダメ犬ですか?」と問います。

動画のあと、学習者の思考を深めるために、一文ずつ静かにゆっくりスライドを提示します。

盲導犬になれなかった犬はダメ犬ですか?

盲導犬血統じゃない犬はダメ犬ですか?

ラブラドール以外の犬種はダメ犬ですか?

血統書がついていない犬はダメ犬ですか?

盲導犬って、本当に優秀なのですか?

そもそも、「優秀」ってなんですか?

「ダメ」って何ですか?

「優秀」とか、「ダメ」とか、決めているのは誰ですか?


最後に、今日の授業で考えたことを書いて終わります。

宇野さんの教材開発に何度も舌を巻いて来た。

その多くは「決して自分には創れない授業だ…」という質の感嘆である。

もちろん、そうした授業は研究会で講評の対象としているような若手の授業づくりでも見られる。普段は改善点ばかりを指摘する私もそうした授業に出会うと素直に絶賛する。でもそうした授業に出会うのは、正直に言えば年に3、4回といったところだ。

宇野さんの凄みは、そうした私が絶賛したくなる質の授業の発現率が極めて高いことにある。5本に1本、いや、4本に1本くらいの割合かもしれない。創った授業の25%が傑作だとしたら、それは凄いことだ。

ここで紹介された授業「ジョリー」も、連載の第1回にふさわしい、宇野さんの傑作中の傑作である。

この授業は、最初から最後まで「犬の話」として展開する。人間を対象とした授業で同じような主題の授業を創っても、きっと上手く行かないだろう。

盲導犬候補となった犬たちの中で、訓練を経て盲導犬になれるのは3割に過ぎない。その話を聞けば、誰だって盲導犬になれた犬は「優秀な犬」だと思う。しかし、宇野さんの視線は盲導犬に受かった犬たちではなく、盲導犬のテストに落ちた犬たちに向かう。そしてその不合格犬たちのその後の人生(犬生?)を紹介し、それぞれの生き方からそれぞれの個性を取り上げることで、「盲導犬に合格した犬=優秀な犬」という固定観念を壊していく。学習者は安易に「合格犬=優秀」と考えてしまった自分の感覚を恥じ、「安易に思い込んでしまう自分」「知りもしないで判断してしまう自分」「自分を優秀と優越感に浸る自分」「自分はダメだと劣等感を抱く自分」といったものを内省せざるを得ない。終末が教師による「問いかけ」のみで終わり、あとは子どもたちの判断に任せるという余韻の残し方も秀逸である。

私たちは多くの授業づくりにおいて、安易に成功者を取り上げる。大谷翔平・イチロー・松井秀喜……。彼らの幼少期からの凄さをこれまた安易に授業化してしまう。しかし、彼らの凄みは子どもたちから遠いところにある。誰も大谷やイチローにはなれない。凄い人は日常生活からして凄いんだね。僕にはできないな……。そう感じる子の存在がそうした授業では忘れられている。そこにあるのは「頑張れ頑張れ」「きみたちの可能性は無限だ」という建前だけである。

私は甲子園で松井秀喜を敬遠し続けた相手投手のその後の人生を授業化したことがあるが、宇野さんの視座は私のその授業づくりと相似形をなしていると感じている。ただ、私の授業はスーパースターの陰で非難され、苦しみ、次第に立ち直っていく具体的な人間であることが、やはり子どもたちから遠いものにしてしまう。近づけようとすれば入試に落ちた人や部活動の大会でミスをした人などを扱えば良いわけだが、それでは逆に近すぎて「寝た子を起こす」ことになりかねない。宇野さんはそこを「犬の話」にすることで払拭してしまった。しかも盲導犬の試験に落ちたことがまったく悲しくも哀しくもない形で。

裏話をすれば、宇野さんは決して論理的に考えてこうした展開にしたわけではない。彼女は大の犬好きで、その日常から「盲導犬になれなかった犬たち」に興味を抱いたに過ぎないはずである。それでもこの授業がこの形に仕上がることには、宇野さんの犬に対するだけでなく、人間に対する広くて温かい眼差しが大きく作用している。「盲導犬になれなかった犬たち」のエピソードが、学級の子どもたちに伝えたいことと確かに繋がった。その瞬間にこの授業の構想が出来上がったであろうことは想像に難くない。

教材開発には開発者の「人間」が出る……。その典型例ともなる傑作である。

堀裕嗣先生

ほり・ひろつぐ。1966年北海道湧別町生まれ。札幌市の公立中学校教諭。現在、「研究集団ことのは」代表、「教師力BRUSH-UPセミナー」顧問、「実践研究水輪」研究担当を務めつつ、「日本文学協会」「全国大学国語教育学会」「日本言語技術教育学会」などにも所属している。『スクールカーストの正体』(小学館)、『教師力ピラミッド』(明治図書出版)、『生徒指導10の原理 100の原則』(学事出版)ほか、著書多数。

宇野弘恵

うの・ひろえ。北海道公立小学校教諭。民間教育研修などに参加、登壇し、今日的課題や教員人生を豊かにすることを学んでいる。著書に『あと30分早く帰れる!子育て教師の超効率仕事術』(学陽書房)『スペシャリスト直伝!高学年担任の指導の極意』『伝え方で180度変わる!未来志向のことばがけ』『生き方を考える!心に響く道徳授業』(以上明治図書)など多数。

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