「みんなの学校」の卒業式は子供みんなが自らつくる!

特集
木村泰子特集:「ふつうの学校」から自由になろう!

大阪市立大空小学校初代校長

木村泰子

現役教諭が、「普通の学校とはまったく違う」と言う、大阪市立大空小学校の卒業式。最後の授業として、計画から当日まで、子供たちみんなが自らつくる式なのだと言います。そこで、木村泰子初代校長と塚根陽子元教諭(OG代表)、六年生担当の徳岡佑紀教諭と特別支援教育コーディネーターの上田美穂教諭(現役代表)による座談会を開催。笑顔全開の”大空ガールズ”が、「みんなの学校の学びの集大成」について語り合いました。

「みんなの学校」の卒業式 OG×現役教諭座談会
大空小学校OG×現役教諭の皆さん
左から▶木村泰子初代校長、上田美穂教諭/現役代表・特別支援教育コーディネーター、徳岡佑紀教諭/現役代表・六年生担当、塚根洋子元教諭/OG代表

卒業式の「練習」と卒業式の「学習」

木村 最初にみんなに質問して始めましょうか。卒業式は何のためにして、子供がどう育つのですか? 大空小の卒業式の目的って何?

徳岡 大空小では、卒業式は6年間の最後の授業だと言っています。日頃自分が付けてきた力を最後に発揮する場が卒業式です。

上田 私も同じく、卒業式は特別な学習ではなく、6年間、子供たちが積み重ねてきたものを、最大限に発揮する場だと思っています。

徳岡 もう一つは、教員から言われたことを子供がするのではなく、子供たち自身がつくる卒業式だということです。「自分はこんな力を発揮したいから、これをやりたい」と、子供が計画を立てて、つくります。

木村 トク(徳岡先生)は、前任校と大空小で両方の卒業式を経験してるやん? 違いは何?

徳岡 その場に保護者と教職員と子供たちがいることだけは同じだけど、その他には同じところが一切ないな、って思います。前任校では「この日は入場の練習」とか、教師が決めた形式的な練習ばかりで、子供が自分の考えで動くポイントがほとんどありませんでした。それでは子供の気持ちも入らないなと思います。

木村 そう、それが全国の平均的な卒業式です。世間一般の卒業式の目的は、「学校としてこんなに立派な子供たちを育てました、誰一人横を向く子はいませんよね、よい姿勢を保ち、大きな声で返事をして、これが本校の教育ですよ」とアピールすること。間違った目的だと思います。

大空小の卒業式が形になり始めたのは3年目からですね。学校の主語を先生ではなく、子供に変え始めた時期でした。だから、「子供たちがつくる、子供たちのための卒業式」をつくろうと考え、スタートしました。

大空小の卒業式は、学習です。学習と練習とでは大きく違います。ほとんどの学校では、立派な卒業式をするための練習として、子供たちが返事とか礼とか、同じことを何度も練習させられます。そんなこと今までの6年間でやってこなかったのか、という話です。だから、そういうことは一切やらないと決めました。

木村泰子
木村泰子 「子供が語るラストメッセージは、教師の創造をはるかに超えます」

きむら・やすこ●映画「みんなの学校」の舞台となった、全ての子供の学習権を保障する学校、大坂市立大空小学校の初代校長。著書に『「みんなの学校」が教えてくれたこと』(小学館)ほか。

塚根 私もいろいろな学校で卒業式を経験してきたけど、ずっと変やなぁという違和感がありました。教員が管理した形の発表会なんですよね。台本通りの呼びかけとか、白々しいと思います。子供たち一人一人が夢を語る場をつくった年もあったけれど、大きな声を出せるようにと、それだけを練習させていました。本番では誰が何を語るか知っているので、退屈でした。

大空小では普段から「授業は自分たちがつくるものだ」という前提があるから、卒業式だけを型にはめるなんていう考えがそもそもない。それは教職員も子供も同じです。だから、ゼロからつくるという発想になります。「卒業式でどんな歌を歌いたい?」と子供に聞くと、「一生懸命頑張ったあの歌を最後は歌いたい」とか、やっぱり自分たちの思いが出てきます。やっていくうちに変わっていくことはすべてOK。子供たちが思う卒業式にすることが最優先です。

ただ一つ、私が担当している時に伝えたのは、「先輩を超えようぜ」という言葉です。去年の卒業式を超えることをやろう、ただ新しいことをしても超えることにはならない、思いを強く詰めよう……。子供たちがそういう気持ちで卒業式をつくっているから、私たちはいつも、「今年の卒業式が最高やな!」って思います。

木村 「今年の卒業生は最高やった……」って、毎年つぶやくんですけど、地域の人から、「木村さん毎年同じこと言ってるなぁ」って言われていました。結局、9年間言い続けましたね。

塚根 五年生は卒業式をつくる先輩の姿を見てきて、来年は自分たちがその姿を超えようという目的意識があるから、練習ではなく学習になるんだと思います。だから、卒業証書のもらい方にしても、しつこく練習しません。飽きますやん! 木村校長は、一人か二人に渡して見本を示したら、「こんな感じです」で終わりでした(笑)。あとは、子供たちが勝手に自主練習をするわけです。あちこちで二人組になって、渡す役と受け取る役に分かれて。

塚根洋子
塚根洋子「合言葉は、『先輩を超えよう』。だから毎年最高の卒業式でした」

つかね・ようこ●2006年の大空小学校開校から9年間、同校教諭として過ごし、大空小独自の科目「ふれあい科」の創設にも深く関わった。毎朝、納豆トーストでパワーチャージ! 

子供が語った衝撃のラストエピソード

木村 教えてもらえないから、勝手に練習するんですよね。私たちが子供の姿でいつも意識しているのは、「自分から、自分らしく、自分の言葉で語る」ことです。だから大空の卒業式では、卒業証書を受け取ったあと、子供がラストメッセージを語ります。一人一人全員が語ります。最後の授業で、子供が自分から自分らしく自分の言葉で語る。私たちはその一人一人の姿から、何をどう学ぶか。私たちが学ぶ時間なんです。子供が失敗しないだろうか、台詞通り言えるか、みたいな感覚で見ているのとは違うので、卒業式で一番緊張しているのは、教職員やと思います。子供たちに何を言われるか分かりませんからね。

徳岡 リハーサルをしませんから、担当(担任)も一切知らないんです。

木村 教職員も親も、誰も知らない。

上田 だから、サポーター(保護者)や地域の方も、会場にいる全員が子供の言葉に真剣に耳を傾けて、子供たち一人一人が安心して話せる空気をつくるんです。

上田美穂
上田美穂「子供の実態を見て支援しますが、迷いはいつもありますね」

うえだ・みほ●2011 年度から3年間、大空小学校で講師をしたのち、2014年に新採として大空小に赴任。特別支援教育コーディネーターとして、黒子に徹しながら様々な子供を支援する。

木村 大人の想像をはるかに超えるような、すごいことを言いますよ。9年目、ある子のメッセージは衝撃的でひっくり返ったなぁ……。

徳岡 コウでしょう?

木村 そう、正解。

塚根 私も一緒や。

上田 私も印象に残っています。

木村 一人の子供が6年間、トラブルを起こしたり、いろいろ苦しい思いをしたりしながら、毎日一生懸命、子供なりに学校という場で生きているわけですよね。その生き方の上に最後のメッセージがある。だから、大きいんです。

よく友達を殴るヒロトの横に、いつもいたのがコウです。 なぜかヒロトの横にいて、いつもヒロトに殴られていた。このコウが、ラストメッセージでこう言ったんです。

「サブリーダーのみんな、みんなの友達の中にも、人を殴る友達はいるやろ? でもね、殴られたくなかったら、殴る友達の横に行けへんかったら殴られへんよ。僕は横におりたいから横にいた。だから殴られた。それだけや。でも、僕が殴られるたびに、先生たちは『コウ、大丈夫か?』って気を使ってくれた。僕は6年間、そのことが一番しんどかった」って(笑)

塚根 私たちは何十年と先生してるけど、子供のそんな思いを受け取ったことなかったもん! それは驚きますわ。学ばせてもらいました。

木村 9年目の卒業式で、私にとっても教員としてのラストの日の出来事でした。45年間教員をしてきて、やっぱり子供のことを分かっていなかったんだな、というのが答えでした。「先生たちに気を使われて僕はしんどかった」って、「コウ、ここでそれを言う?」って思いましたよ(笑)。私らが思っている以上に、子供の力ってすごいですよ。

徳岡 もし、サブリーダーに嫌な人がいたら、離れるのも一つの手段やって教えたんですね。

徳岡佑紀
徳岡佑紀「今年はゼロベースで卒業活動と卒業式をつくります!」

とくおか・ゆき●2008年に大阪府の教員となり、2012年に大空小学校に赴任。今年度は六年生の学級担当。スポーツ好きで、学生時代から活躍してきたラクロス選手を今年引退したばかり。

木村 このコウが一年生、二年生の時、バースデーメッセージで語った将来の夢は、「宇宙科学者になって、宇宙に行く」でした。それが四年生になった時に、「散髪屋になってお父さんの跡を継ぐ」と、初めて現実の夢を語りました。

卒業前にコウは、「義務教育は中学までやな。じゃあ、高校って行かなあかんか?」って聞きにきたんです。だから、私は、「行きたなかったら行かんでいいけど、何で?」って聞いたら、「僕には、高校に行ってる時間は無駄やと思う。ちょっとでも早く散髪の腕を身に付けたい。両親がいなくなれば、自分が(脳性麻痺の)お姉ちゃんと一緒に生きていかなあかん。お姉ちゃんが入院したら、店閉めなあかんやろ。1か月に半分くらいは、商売できへんと思う。だから、1か月の半分で、二人が生きていくためのお金を稼がなあかん。だから、僕は早く散髪の技術を身に付けなあかんやろ」って言い切りました。

これが、生まれた時から脳性麻痺のお姉ちゃんと一緒に暮らしている子供の考えなんですね。

徳岡 その後結局、コウは高校に行きました。ヒロトと同じ高校に行きましたよね。

木村 そう。成績トップクラスの高校になぜヒロトが行けたのかについては、ヒロトの母から長い手紙をもらいました。

ヒロトは学校の先生になると言って、中学三年から急に勉強し始めたそうです。でも、「俺はきっと無理や……」と弱音を吐いた時に、「行けるよ、頑張れ」と言ってくれたのがコウだったそうです。コウがヒロトの家に来て、一緒に勉強してくれて、コウが教えてくれたから、ヒロトは合格できた。「コウのおかげやねん、先生」と書いてありました。

塚根 すごいドラマやね。よその学校でもこういうことはあるかもしれないけど、そんな情報は教員には入ってこないでしょう。卒業してもこういう情報がずっと入ってくることが、大空小の凄いところやと私は思いますね。

木村 地域とのパイプ役のコーディネーターが、「これまで大空小をつくっていたのは、子供、サポーター、地域住民、教職員。この4本柱だったけど、今は違います。5本柱です。卒業生もつくっていますよ」と私に伝えてくれました。

「みんなでやる」をやめてプロジェクト制に移行

塚根 いい話だけど、少し脱線してきましたので、卒業式の話に戻しましょうか(笑)。

時間軸で言うと、三学期になったら、まずは卒業活動の計画を立てます。卒業に向けてどんな活動をしたいのか、理由も添えて子供たちが書き出します。その卒業活動の後は、同じようにして子供たちが卒業式当日の中身――どんな曲を歌いたいかなどを決めていきますね。

大変な学年を担当していたある年、卒業制作をどうするか考えている時に、発想を変えました。それまで、卒業制作はみんなで作らなければいけない、在校生に残す定番の雑巾もみんなで作らなければいけない、私の中ではまだそんな考えが残っていました。

でも、子供の実態を見たら、みんなであれもこれもするというのはちょっとしんどかった。だから、プロジェクト制に変えたんです。“自分がやりたいと思うものを本気でやる形にしよう”って。すると、卒業制作チームになった子は、作るのが大好きやからいいアイディアが出てくる。校区の掃除も、どの場所に何人行くとか、自分で計画を立てて、行きたい所に行ってやるようにしました。

これが3年目です。それ以降、卒業活動は、子供中心の考えで動くという形に完全に変わりました。本当はピンチやったはずなんです。でも、ちょっと発想を変えた時に、子供たちが生き生きと動き始めたんですね。その後はどんどん新しいアイディアが生まれるようになりました。ある年は、卒業活動として思いっきり運動したいというので、長居陸上競技場を借り切ったこともありましたよ。

木村 そうそう。「オリンピック選手も走んねんで、ここ」とか言いながらリレーしてね。

塚根 すごい発想やろ? 楽しいんです。翌年もしようと思ったら、工事で借りられなかった。そこで出てきたのは、相撲の朝稽古を見に行くという案でしたね。

木村 だからと言って、子供がやりたいことを野放図にさせているわけではありません。自分たちがやりたいと言った企画について、自分たちの力で青写真を描き、どんな段取りで、誰が何をすればよいのかを考えるんです。

例えば、「学校で先生たちとスポーツしたい」という案は簡単そうに見えるけど、じつはそうではありません。先生たちと一緒にやるには、どの時間に設定したらよいか、運動場はどういう割り振りにするか、高齢者もいるからサッカーはハードではないか、じゃあ男の先生は運動場でサッカー、女の先生と高齢の先生は講堂でバドミントンならどうや――とかやりながら、子供たちが一つの企画を最後まで完成させるわけです。この過程がすごい学びなんです。

ある年の大空小学校卒業式のスケジュール

9:50開式、DVD 上映(6年間の歩み)
10:11卒業生入場
10:16国歌斉唱、学事報告、お祝いのメッセージ
10:25卒業証書授与 ~卒業生からラストメッセージ
11:13在校生( 五年生)からメッセージ在校生とともに「校歌」「いのちの歌」「きみは未来」合唱
11:33卒業生合唱「ふるさと」
11:40校長の祝辞、教職員合唱「ぼくらの未来」
11:44卒業生合唱「変わらないもの」             卒業演奏「スターウォーズのテーマ」
11:54卒業生退場(12:01 終了)
「みんなの学校」の卒業式 OG×現役教諭座談会
木村先生を中心にポーズ!

毎年ゼロベースでつくることが大切

塚根 卒業式で語るラストメッセージとは別に、卒業メッセージがあります。在校生は五年生しか卒業式に出られないから、四年生以下の在校生全員に向けて、卒業生一人一人が伝えるメッセージです。1月末から、朝の集会で1回10人くらいずつ、数回に分けて行います。

木村 卒業生全員が原稿を見ずに自分の言葉で語った後、紙に書いて貼り出します。――あ、ここまで私らOGがしゃべりすぎやなあ。今の大空小の話をもっと聞きたいね。どう?

徳岡 ふれあい給食というのがあります。六年生がチームになって、一年から五年までのすべてのクラスで一緒に給食を食べます。

塚根 ある年に卒業する六年生から、「在校生と給食を一緒に食べたい」という要望があって、どうしたら一緒に食べられるかと考えた結果、チームで回るという形になりました。

徳岡 ふれあい給食とか、大人とスポーツするとか、定番化してきているものは、子供たちはずっと見てきているので、「やっぱりやりたい」ということになります。ここ最近はあまり新しいものが生まれていないように感じます。今年も卒業制作を考え始めているけど、もうあれも作った、これも作ったという感があって……。

木村 過去を知っていて、自分たちもこういうことをやりたいというのは、いいことやと思う。でも、やっぱり、毎年ゼロベースから何をつくるかっていうことを、子供も教職員もお互い考えなければあかんと思うで。去年までのことはおいといて、ゼロベースから、6年間の学びを最後の三学期にどう形に表すか。企画して最後の振り返りまで、全部、子供たちがやるというところに、卒業活動の目的があるわけやろ? それこそ、親も地域も巻き込んで、真剣に考えていったらいいと思う。

徳岡 はい。今年やります。

木村 もし、「俺一人でこれやりたい」って言う子が出てきたらどうする?

徳岡 「全部計画を立てて、考えてみ?」って言います。やるということです。

塚根 一人で歌いたいっていう子がいて、すごい歌手が生まれるかもしれん。

木村 「何でも集団で」という空気は、圧力です。一人でやりたいって言われたら、「どうぞ」って言うのが大空小流です。「やってみたらだめだから、やっぱり友達とやりたい」と言ったら、「それもどうぞ」でいいんです。

編集部 上田先生は、特別支援教育コーディネーターとして、卒業活動や卒業式にどういう関わりをしてきましたか。

上田 私が関わったのは二人だけですけれど、卒業メッセージ一つとっても、他の子はリハーサルなしでできることを、この子が表現できるようになるにはどうしたらよいかと考え、時間を見つけては、講堂で何回もやりました。

でも、常にこれでいいのかという迷いもありました。他の子はやっていない練習を、この子だけやっている。これって特別なことになるのではと思ったり……。でも、それをしたことによって、結果としては全部成功したので、やってあげてよかったのかなとも思います。いろいろ葛藤がありますね。

木村 あの子ら堂々と卒業していったやん! それは、美穂が苦悩しながら関わってきたなかで、あの二人だから成功したんです。それは一つの成功例にすぎない。でも、それを障害のある子はみんな事前にやるというようなマニュアルにしてしまうのは危険なことだと思う。

上田 はい。そこは子供の実態を見て、関わってきました。

木村 これでいいのかなと思いながら、あの子らに関わっていたということは、美穂が引っ張っていなかった。やっぱり、二人に美穂が引っ張られていたから、成功したんやと思うね。

上田 そうですね。考えてみると、卒業式には6年間一緒に過ごしてきた仲間がいて、目の前には6年間支えてくれたサポーターがいて、サブリーダー(五年生)もいて、安心する空気ができている。だから、どの子も今までで一番のメッセージを伝えてくれますよね。時には子供同士でサポートしながら話す子もいるけれど、そこは子供に任せるのが一番だと思います。

「みんなの学校」の卒業式 OG×現役教諭座談会
話は尽きない4人!

取材・文/長昌之 撮影/西村智晴

『教育技術 小五小六』2019年2/3月号より

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