【木村泰子 緊急寄稿】虐待、貧困etc.……コロナ危機で苦しむ子どもたちに対し「今、できること」

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大阪市立大空小学校初代校長

木村泰子

本誌でもおなじみの大空小学校初代校長・木村泰子先生が、このコロナ禍の中でどれだけ子どもたちが苦しんでいるか、見過ごすことはできないと緊急寄稿してくださいました。子どもたちに関わる人間の一人一人が、この問題を真剣にとらえていかなくてはなりません。学校関係者、保護者の皆様、学校をとりまく地域の皆様、ぜひお読みください。

文/大阪市立大空小学校初代校長・木村泰子

木村泰子

木村泰子(きむら・やすこ)全教職員、保護者、地域の人々が手を取り合って「すべての子どもの学習権を保障する」学校づくりに情熱を注ぎ、支援を要すると言われる子どもたちも同じ場でともに学び、育ち合う教育を具現化した。『「みんなの学校」が教えてくれたこと』『「みんなの学校」をつくるために―特別支援教育を問い直す―』(ともに小学館)等、著書多数。

困っている子どもの声が届いていますか?

全国の先生たち、大変な状況が続いていますが元気にしていますか? 焦っていませんか?  笑っていますか? 今は何を一番大切にして仕事に向かっていますか。

ある日突然、休校の要請が出て目の前の子どもの姿が見えなくなるという現実を突きつけられました。それも、一年の最後のまとめの時期と、新たな集団での学びがスタートする学校での大事な時期です。外出を自粛してからは、社会の動向はメディアを通して見聞きするしかありません。そんな中で強く思うことがあります。それは、国が危機に遭遇すると、弱者の声は届かなくなるということです。言い換えれば想定外を乗り越える力は日常でしかつけられないということです。対応が後手に回ったり、人のせいにしたりする中で人の命が失われていくのが、今の日本社会の現実です。

他人事ではなく自分事として遭遇している危機を学校現場に置き換えると、先生たちが焦りを感じて困ってしまうと子どもたちの声が聞こえなくなることと同じだと思います。教育格差が……遠隔授業が……家庭教育で……評価は家庭教育の結果で……夏休み返上で授業日数の確保を……など、すべては「いかに教師が教えることを取り戻すか」に終始した報道しか入ってきません。家庭教育をこの間の学力の評価にするとの考えなどは、もってのほかです。従前の学校教育の中で「家庭教育」で全国学力調査の結果が上がるなどとの手段を鵜呑みにしてしまっている学校現場の姿勢も問い直す必要がありますが、この非常事態においても「子どもを主語に」学校教育を問いなおそうとしない声には怒りすら感じます。

オリンピックより人の命が大事であることを再認識した日本社会です。文部科学省の穴埋め対策に学校が寄り添っていませんか。文科省は学校現場の事実は知りません。一人一人の子どもがこの間、大人の指示で学校から遠ざかってどんなふうに毎日を生きているかなど、知る由もありません。

おそらく文部科学省も、今の状況では多くの規制を緩和せざるを得ない状況にあるはずです。文部科学省や教育委員会の指示に依存しないそれぞれの地域の学校の子どもの学びを問い直すことが、今の先生たちの優先すべき仕事ではないでしょうか。

この危機を乗り越えた先には、従前の悪しき学校教育を断捨離して、新たな学びの場としての「学校」をつくることが求められています。「子どもが学校に来る意義は何なのか」先生たち一人一人が「子どもを主語」に自分の考えを持ってください。

「先生」である前に「一人の人」として

先生たちへの願いが先行してしまいましたが、今まさに気になることを共有したいと思います。主語を子どもに変えて今の休校措置について考えてみましょう。

長期休校の間、子どもはどのように家庭で過ごしているのかを想像すると、「気になるあの子は元気だろうか」「三度の食事はとれているのか」「大人の中で小さくなって過ごしていないか」などと、虐待やネグレクトをほとんどの子どもが受けているだろうと考える必要があるのが、日本社会の現状です。週に一度の電話による安否確認は、こちらが「元気?」と聞くと、「はい」としか子どもは言えません。周りに大人もいる中で本音を語れるでしょうか。そうかといって、濃厚接触は禁じられています。なすすべがないのが現実です。だからこそ考えなくてはならないのです。

すべての子どもは大人の前での最たる弱者です。このことは平素から「学びは楽しい」(雑誌「教育技術」/小学館に連載)の中で伝え続けてきていることですが、実感として今、まさに事実として露出しています。

長期にわたって、家の中でしか過ごすことを認められない事態に子どもは置かれています。家の中の人としかかかわることがない毎日です。それでなくても家に居場所のない子どもはどうしているでしょうか。普段は何事もなく家庭での生活が営まれていた子どもも、今は大人に気を遣いながら生きていると言っても過言ではないでしょう。

大人は、自分が困ったら目の前の子どもの困り感に目が向かないのです。虐待をしているわけでも無視をしているわけでもなく、気付こうとしないのです。だからこそ、子どもから「ねえ、助けて……どうしたらいい……」って伝えてもらえる大人になることが、子どもの「安心」を保障するために必要不可欠な大人の仕事なのです。

大空小では、困り感を持つ子どもから貴重な学びを得た9年間でした。貧困・虐待・体罰など、どれを一つだけとっても苦しいことばかりなのですが、これらのすべてを背負った子どもがいました。家に居場所はありませんでしたが、地域に彼の居場所はありました。それは彼が周りの大人を「信頼」し、地域の人とのつながりを持っていたからです。

夏休みには家に食べるものが何一つなくなり、家にはお金も置かれていない、親は何日も帰ってこない……そんなある日、彼がコンビニでおにぎりを一つ盗って店の横の路地でお腹に入れたことがありました。彼はその後、「オレ、水で3日はがまんできるけど今日は4日目やねん。がまんできなくなって死ぬと思ったから今、コンビニでおにぎり盗って食べてしまった。どうしたらいいやろう……」と、職員室に飛び込んできました。人のものを盗ってはいけないことを誰よりもわかっている彼だからこそ、職員室に助けを求めに来たのです。みなさんだったらこの時、どう応えますか?

私たちは誰一人何も言えませんでした。教師として子どもが物を盗る行為に対しての指導の言葉は誰しも持っています。

じつは、彼が飛び込んでくる前に、いつも学校で彼の困り感に寄り添ってくれている地域の人が職員室に駆け込んできて、彼の行動を見守っていた、と伝えてくれていました。従前の学校では、地域からの声として、「こんな場合は学校で指導してほしい」との声はよく聞いていたのですが、大空小の地域の人はその時、「困っている子どもがこんなことをしなくてもいいようにするために、地域の私たちは何をすればいいの? 先生たち、教えてほしい」と言われたのです。「先生」が主語になっていた私たちが想像もしていなかった地域の人の言葉でした。

この時、職員室の私たちは、「先生」である前に一人の「人」として子どもの困り感に向き合う言葉は何だろうと自問自答しました。「先生」という看板を下ろして一人の「人」として子どもの困り感に寄り添うために何が大事なのか。その日からはいつも、「教師である前に一人の人として子どもに向き合っているか」と互いに自浄作用を高め合いました。

このような困り感を持った子どもは全国にたくさんいますが、彼のように自分から困っていることを教えてくれる子どもであれば、ありがたいことです。このことがきっかけで地域のコンビニと学校がつながり、キャリア教育の場として協力体制が生まれました。

一方、気付かない、見えない子どもの困り感を大人は救うことができません。現在のように人と離れなければ生活できない状況下では、子どもの方から伝えてくれない限り、より困っている子どもの姿は見えなくなってしまっています。休校中の今だからこそ、学校の在り方を問い直すチャンスにしてください。困っている子どもが困らなくなる学校づくりは急務です。

子どもが荒れるのは大人を信じていないから

木村泰子

大空小の校長をしていた9年間には、全国から困り感を抱えた子どもが何人も転校してきました。その中の一人の子どもを今思い出しています。

前の学校からの引き継ぎ情報は、「問題児」「不登校児」「発達障害児」親は「モンスター」といったものでした。「学校に来ると反抗しまくり、気に入らないことがあれば暴れる」とのことでした。転校当初はまさに、その通りの行動を見せていました。自宅のマンションのベランダから物を投げることもあり、通行人からの苦情が絶えませんでした。

そんな中、同じマンションに住んでいる別の子の保護者が、その子の困っている状況を学校に伝えにきました。一言で言えば「その子は家に居場所がない」とのことでした。母親は一人夕方から働きに出かけて朝に帰る。その間、母親の知人の男性が子どもと二人で家にいるが、時々男の人の怒鳴り声が聞こえるとのことでした。

地域での子どもの状況を学校の私たちが知るすべは、地域の人に教えてもらうしかありません。そのために保護者も地域住民も、すべての主語を子どもにおいて学校づくりをしなければならないのです。

その子の母親は転校時に一度学校へ来ただけです。お化粧をしてきれいな格好をし、困りごとや悩み事については何一つ口にしないまま帰って行きました。その後は一切学校に姿を見せません。学校を信頼していないのです。一年生の時からいつも学校に呼び出され、「お宅の子どもは周りに迷惑をかける、家でしっかりしつけてほしい」と言われ続け、母一人での子育てに限界を感じていたのでしょう。働いて食べることだけでも必死な中で苦しんでいたのでしょう。学校から言われれば子どもを叱り虐待する。子どもはその時は泣いて言うことを聞きますが、すぐにまた呼び出され、その繰り返しばかり。「この子が死んでくれたら楽になる、と思い続けた」という母の言葉を後から聞きました。親が学校を信じていない。子どもは学校を憎んでいる、といった関係性を突きつけられました。

「子どもが荒れるのは大人を信じていないからだ」ということは、大空小の大人たちはこれまでにも子どもから教えてもらってきています。だから誰にも彼を排除しようなどといった動きはありません。

それどころか、地域の人々が、「今この子が一番困っている。どうしたら心の中を言葉にして伝えてくれるか」と学校に来て、そっと彼の横にいてくれるようになりました。困っている子どもにとって、先生でも親でもない地域の人というのは、直接的な利害関係がなく、一人の人としてかかわることができる存在です。

この子は学校にも家にも安心する居場所がない子どもでした。帰宅後に家から外に出る時には、いつもリュックを背負っていたそうです。ある時、いつもその子の傍にいてくれる地域の人が、「どうしてリュックを毎日背負っているの?」と聞くと、リュックの中をその地域の人に見せてくれました。すると、一番上に1枚のメッセージカードがあったそうです。

大空小では毎月、「バースデイ集会」が行われます。その月に生まれた子どもや大人たちがみんなの前で「自分から自分らしく自分の言葉で語る」時間なのですが、そのリュックの中のカードは、その集会が終わって退場する時、一人一人に木村がメッセージを書いて手渡すカードでした。「学校では誰一人信じられる奴はおらん」と言わんばかりの行動をとっている彼が、そのメッセージカードをいつもリュックの一番上に置いて毎日持ち歩いていたのです。地域の人が聞くと、「これオレの宝物やねん」と答えたそうです。

彼は、マンションの裏の地面の中に小銭の入った財布も埋めていたそうです。いつ、家に帰れなくなるかわからないから交通費を埋め、大事なものが入ったリュックをいつも持って家から出ていた子どもです。学校でだけかかわる大人たちの前では、そうした彼の「見えない部分」は見せてくれなかったことでしょう。

大人の私たちがこの子の困り感をわかろうとするようになるにつれ、この子は「学校は、本音を出しても聞いてくれるところだ」と感じ始め、困った時には暴れるのではなく、言葉で伝えればいいのだと学んだのです。

この年度の終わりに、母は学校に姿を見せました。校長室に入ってきた母は、最初は誰だかわかりませんでした。お化粧をしていないので別人に見えたのですが、彼女は、「これまでの自分をやり直します」と伝えにきてくれました。

危機を乗り越える力は人と人との「信頼」に尽きる

コロナウイルスの問題が起き、大人たちが自分の命の保障についてすら不安になっている現在です。そんな大人たちの気分をシャワーのように浴びている子どもは、声には出しませんが、大人以上に不安になっています。

今、大人は子どもたちの不安を安心に変えなければなりません。子どもが安心できるのは、人に対する「信頼」をもてた時です。親でなくても、先生でなくても、自分の周りに一人でも信頼できる大人がいれば子どもは安心できます。

これまでも東日本大震災や「やまゆり園」の事件、親の虐待による子どもの死、学校での人とのかかわりが要因での子どもの自死など、じつは何度も学校教育を問い直すチャンスはあったはずです。今、ピンチのこの時だからこそ、このチャンスを逃がさないように、「すべての子どもが安心して学び合える学校」をつくることを最上位の目的において、一人一人の大人の自分が問い直しをし、考える時です。

子どもから発信してくれない限り、今は学校が、先生が、子どもの困り感に寄り添うことが難しい状況です。だからこそ、考えてください。子どもの前の一人の大人として最優先する目的は何なのかについて、自分の考えを持ち続けてください。思考を停止しない大人として、気付いたことを行動に移してください。

危機を乗り越える力は、人と人の「信頼」につきます。

「大変」は大きく変わるチャンスでもあります。子どもに出会えない今、大空小の卒業生の一人、セイシロウの卒業メッセージを思い出しています。

「人にとって一番大切なのは平和です。平和ってとっても簡単なのですよ。だってね、今自分の隣に居る人を自分が大切にしたら、一瞬で世界中の人が大切にされます」

セイシロウが残したこの言葉は「大空の教育」の根幹になっています。

自分の命は自分が守る
となりの人の命を大切にする

木村泰子

コロナの危機に立ち向かう今、人のせいにしないで自分から行動していかなくては、と再確認させていただいた今回の企画でした。最後まで読んでいただき感謝です。ありがとうございました。

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写真/西村智晴

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