ページの本文です

【シリーズ】高田保則 先生presents 通級指導教室の凸凹な日々。♯26 デジタルツールを「思考の足場」とし、算数の苦手意識を変える

連載
通級指導教室の凸凹な日々。 presented by 高田保則先生
関連タグ

元・北海道公立小学校教諭

高田保則
連載「通級指導教室の凸凹な日々。」バナー

長年にわたり多様な子どもたちと真摯に向き合ってきた元通級指導教室担当・高田保則先生が、その実践の蓄積を基に、現在の教育の課題について考察、提案していく連載です。

執筆/「学び方相談室」代表(元北海道公立小学校通級指導教室担当)・高田保則

はじめに

北海道オホーツク地方の小学校で、通級指導教室を担当していた高田保則(たかだやすのり)です。日々、子どもたちと向き合う中で感じたことや考えたことを綴っています。ここに記す事例は、これまでに出会った子どもたちのエピソードを組み合わせて作った架空のお話ですが、実際に過ごした時間の空気感を込めています。

かつて、校内事情により、算数に苦手意識を持つ高学年クラスの指導を2週間限定で担当しました。 彼らと接して痛感したのは、長年の「できない」体験が積み重なった「学習性無力感」の深さです。この状態では、自ら学ぶ「自己調整学習」は機能しません。私は、短期間で学力を向上させることよりも、「自分らしい学び方」を見つけ、意欲の種をまくことに焦点を当てました。
その実践の様子を記します。

指導の始めに「学びの有用性」を伝える

子どもたちと接してみて、彼らの算数に対する強い苦手意識を感じ取りました。表情に自信がないのです。姿勢が崩れて机の上に額が乗っている子もいました。そこで私は、授業の冒頭5分を使い、かつて担当したAさんの「学習発表会」のエピソードを紹介しました。

Aさんは大好きなポケモンカード(ポケカ)を題材に、「校内で大会を開く」という公約を掲げて児童会役員に当選しました。そしてAさんは、全校集会での児童会役員のスピーチコーナーで、ポケカのプレゼンをしました。ポケカのルールやゲームを進める戦略を紹介したのです。相手の作戦を推察して、自分の手持ちのカードから、ポイントを得る最善手を探る面白さについて語りました。ポケカがいかに論理的思考や学習に役立つかをスライドにまとめて、体育館のステージの壁面にプロジェクターで投影しました。Aさんは公約通り、ポケカの校内大会を実現させたのでした。

習熟度学習の算数の授業で子どもたちにこの話をしたのは、単に興味を引くためではありません。「好きなことや解決したい課題のために、学ぶ(算数的な思考を使う)ことは強力な武器になる」という、学びの有用性を伝えたかったからです。Aさんが実際に作ったスライドを見せると、子どもたちは目を輝かせ、前のめりで話を聞いていました。

2.目標設定を工夫する

子どもたちに問いかけました。

「今度の単元テストで、何点取りたいですか? 目標点数を決めてください」

一斉授業で、「今度のテストは、80点以上が合格です」と子どもに伝える先生がいます。
どうして全員が同じ点数を目指さなければならないのでしょうか。算数が得意な子にとって、80点はもう既に到達している点数かもしれません。一方、算数が苦手な子には、頑張っても越えられない高い壁に思えるかもしれません。ならば、自分を見つめて、自分で目標設定をした方が、学習意欲が上がると思うのです。

子どもたちは、各々の目標点数を情報端末に打ち込んで、私と共有しました。

3.「何も書けない」という実態から見える課題

次に、教科書のその日の学習範囲を5分間読み、情報端末に「わかったこと・わからないこと・知りたいこと」を書き込むよう促しました。しかし、ほとんどの子が何も書けませんでした。

この「空白」を、私は意欲の欠如ではなく、以下の2つの切実な課題として捉えました。

教科書の抽象的な記述を読み解く力の不足

自分の思考を言語化し、記述する経験の不足

通級指導の経験から、こうした特徴を持つ子には、従来方の一斉指導(教え込み)はかえって「わかったつもり」を助長し、学びの主体性を奪う恐れがあることを知っています。期間限定の限られた条件下ではありますが、私は彼らの実態に即した指導を模索することにしました。

4.デジタルツールを「思考の足場」にする

私は授業者として学習内容を丁寧に説明することを控えました。その代わりに、2つのデジタルツールを提示しました。

生成AIによる解説動画: 視覚的・直感的な理解を助ける。

一問一答サイト: スモールステップで即時フィードバックを得る。

子どもたちは動画を食い入るように見つめ、自ら端末を操作して問題に取り組み始めました。
これは単なる作業の代替ではありません。これまで授業者が担っていた「説明」という役割をデジタルツールに肩代わりさせることで、子どもたちが自ら学びを進めるための「余白」を生み出したのです。文字情報(教科書)で躓いている彼らに、「自分にも理解できる」という安心感と、自ら情報を掴みに行く「能動的な構え」を取り戻すための足場かけ(スキャフォールディング)です。

5.「教え込み」の誘惑を断つ指導者の矜持

わかりやすく教え込めば、目先の単元テストの点数は上がるかもしれません。しかし、それは「与えられた知識」に過ぎず、彼らが教室を出た後に自力で歩む力にはなりません。それは、「主体的な学び」や「個別最適な学び」とは程遠いものです。

子どもたちに自律した学習態度を育てるには、確かに時間がかかります。時には「待つ」忍耐も必要です。私は、「好きをとことん・楽しいをとことん」を追求してきた通級指導での矜持を持ち、彼らが「自分なりの学び方」を見つける伴走者であり続けたいと考えました。

6.「電卓はズル」という常識を疑う

算数に苦手意識のある習熟度別クラスの子どもたちの中には、計算に苦手さを抱える子が数名いました。例えば、かけ算九九の習得に苦労していて、九九表が手放せない子がいました。

翌日の授業の冒頭、私は子どもたちに1つのエピソードを話しました。それは、1人1台端末が普及するほんの数年前の話です。

スポーツ少年団の練習中に右手を骨折し、字が書けなくなった子がいました。保護者は「家庭のiPadで板書を撮影させてほしい」と学校に願い出ましたが、返ってきた答えは「NO」でした。「他の子が羨ましがる」「前例がない」というのがその理由です。

「そんなの、可哀想じゃん と、子どもたちから驚きの声が上がりました。しかし、これがつい最近までの「学校の常識」だったのです。

私はさらに問いかけました。
「じゃあ、計算がどうしても苦手な子が、端末の電卓機能を使うのは『ズル』かな? その子の努力が足りないってことなのかな?」

子どもたちは揺れました。「それはズルだ」と考える大人がいることを、肌で感じてきたからでしょう。

私はこう伝えました。

「せっかく手に入れた情報端末なんだから、上手に使ってほしいです。大切なのは、計算で立ち止まることではなく、今日の授業の内容を理解すること。だから、遠慮なく端末に頼っていいんですよ

この言葉を境に、教室の空気が変わりました。

先日までやる気なさそうにしていたAさんが、黙々とドリルの問題に向き合い始めました。普段は斜に構えて私と目を合わせず、挨拶もしてくれなかったBさんが、授業の終わりに「ありがとうございました」と小声で呟いてくれました。

算数に大きな苦手意識がある子どもたちを前にすると、教師はどうしても「教え込みたい」という誘惑に駆られます。しかし、そこをぐっと堪え、子どもたちの力を信じて学びを委ねてみました。もちろん、単にツールを渡して放任するわけではありません。子どもたちは、自分自身でテストの目標点数を設定しています。「何を、どこまで達成したいか」を自分で決めることが、学びの当事者意識を育てます。

「ズル」という言葉で蓋をされていた可能性が、デジタルという杖を得ることで動き出す。 目標に向かって自らの足で歩み始めた彼らの背中を、私は見守っていました。

「デジタルという杖」を得て自ら学び始める子ども
「デジタルという杖」を得て自ら学び始める子ども  by高田保則 (生成AIを使用して作成)

7.実感を伴う「体積」の探究

私が担当した算数の授業は体積の単元でした。

1リットルの体積は1辺が1cmの立方体(1㎤)、1000個分(1000㎤)に相当します。子どもたちは動画解説でこの知識を学びましたが、すぐに「本当に1000個も入るの?」という素朴な疑問が湧き上がりました。学びに前向きになり始めた子どもたちが抱く当然の疑問です。

そこで、持参した1リットルの牛乳パックと大量の1㎤のキューブを用意し、子どもたちによる検証活動を始めました。

「やってみましょう」

その一言で、子どもたちは主体的に動き出しました。しかし、実際に詰め始めると「1000個をどう効率よく数えるか」「パックの底は10cm四方ではないのに、どう隙間なく詰めるか」といった、理論と現実のギャップという新たな問いに直面しました。

互いにアイデアを出し合い、100個のまとまりを作って積み上げるなど、試行錯誤を繰り返す姿は、まさに協働的な学びの姿でした。単なる「作業」に終わらせず、「なぜ計算通りにいかないのか」という誤差の原因まで考察させることで、探究の質はさらに深まります。

算数に苦戦する子どもたちにとって、こうした量感を伴う具体的操作は、抽象的な公式を理解するための不可欠な土台となります。子どもたち一人ひとりが自ら掲げた目標点数の達成に向け、こうした「実感」を伴う学びを、確かな「学力」へと結びつけていきたいと考えました。

一方、こうした探究的な学習の課題は、解決までに時間を要することです。
この時の授業も、進度の制約から「時間切れ」というもどかしさを残しました。こうした場合、多くの授業では、先生が「まとめ」を黒板に板書して活動を終わらせてしまいます。私は、あえてそうしませんでした。混乱のリスクを承知の上で、あえて「もっと知りたい」という知的好奇心の持続を優先した試みです。学習内容の理解を支えるための補完は、次時への課題として残しました。
 

イラスト2 1リットルの体積を作業を通して実感する子どもたち
1リットルの体積を作業を通して実感する子どもたち  by高田保則 (生成AIを使用して作成)

8.「協働的な学び」の挫折から学んだこと

「教え込む」ことを極力省き、子どもたちが自力で解決する時間を確保した習熟度別の授業に、私は手応えを感じました。子どもたちからの「自分でできた!」という喜びの声が教室に響き始めていたからです。そこで一歩踏み込み、「協働的な学び」を導入しようと考えました。

「今日は徹底的に教え合ってみましょう」

そう投げかけました。

練習問題の解答をあえて提供せずに、子ども同士で答え合わせをするよう伝えました。そして、わからなくて困っている子がいたら、お互い助け合うよう促しました。ところが、学習活動が始まると、子どもたちは予想外の様子を見せました。誰も、話し合おうとしないのです。

全問正解して手持ち無沙汰にしていたCさんに「どうして教えてあげないの?」と訊くと、彼女はポツリとこう言いました。

「私は今まで、テストで60点以上取ったことがありません。教えた経験がないから、どう教えていいか、わからないのです」

この言葉にハッとさせられました。 それは私の授業設計の甘さを突くものでした。算数に苦手意識を持つ子にとって、教え合いはハードルの高い社会的スキルです。「できた」という個人の自信(自己効力感)が十分に育っていない段階で、安易に協働を求めてしまったことを反省しました。
「解ける」ことと「教える(関わる)」ことの間には、大きな壁があります。この子たちに今必要なのは、まず「できた」という経験を積み重ね、確かな自信(自己効力感)を育むことだったのです。

「今のみなさんに必要なのは、自分の力でしっかり解けたという経験を積むことです。明日からは、自分の力で解く活動に戻しましょう」

そう話して、この日の授業を終えました。翌日の授業からは、「まずは自分の力で解く」活動へと軌道修正をしました。協働的な学びには、適切なスモールステップと支援が必要であることを再確認しました。

9.「自走」するための武器を渡して

期間限定で携わった私の算数指導は、最終日を迎えました。子どもたちが単元テストに臨むまで寄り添えなかったことが心残りでした。そこで、この日の授業の指導計画を変更し、彼らが今後「自走」するための武器を伝えることにしました。それは、子どもたち各々が掲げたテストの目標点数を達成するために、ぜひとも伝えたかった手だてでした。

私は、情報端末を「自分だけの家庭教師」として活用する学習法を伝授しました。
子どもたちに、このように伝えました。

  1. 単元の練習問題など、自分がつまずいている箇所を写真に撮る
  2. Googleの生成AIに対し、「私の家庭教師になってください」とプロンプトを入力する
  3. 1で撮った写真をアップロードし、「答えではなく、解き方のヒントを教えて」「もっと分かりやすく説明して」と指示する

ここで重要視したのは、AIに答えを丸投げするのではなく、「ヒントを得て自力で考える」ための対話術です。また、AIは時に間違った情報を提示すること(ハルシネーション)があるため、提示されたヒントが正しいか教科書と照らし合わせて確認するよう、リテラシー面での指導も併せて行いました。

デジタルネイティブである子どもたちは、この「学び方」を理解すると、積極的に活用し始めました。プロンプトを工夫し、AIと対話しながら自ら問題を解き進める姿には、強い主体性が感じられました。

一方、デジタルネイティブの子どもたちは冷静です。こんな呟きをする子もいました。

「AIって、やたらほめてくれるんだよね。お世辞が上手だよね」

「そうだよね。それ大事な気付きです」

私はそう返しました。

子どもたちは、AIを盲信しないことを直感的に気付いているようです。

授業時間が終わりに近づき、期間限定の私の指導も終わりを迎えました。

「私が皆さんに伝えられるのはここまでです。でも、この『学び方』があれば、もう一人で迷うことはありません。テストの結果、期待していますよ」

そう伝えて授業を締めくくりました。自信なさげだった子どもたちが、活き活きと画面に向き合い、自力で正解に辿り着こうとする熱量は、この試みが単なるスキル伝授を超え、彼らの学習意欲を高めたことを物語っていました。

※本実践は、教育委員会の方針および管理職の承認を得た上で、情報端末の運用ルールに則り、授業中の教員の指導監督下で安全に配慮して実施されました。

10.協働的な学びの土壌を耕す

最後の授業は、あえて10分の時間を残しました。上手くいかなかった協働的な学びのリベンジをしたかったのです。
用意したのは、「ぴっぐテン」というカードゲームです。得点を計算しながらポイント獲得を目指すゲームです。ルールが簡単なので、高学年の子どもたちは、すぐにゲームにのめり込みました。みんなで楽しみながら計算する姿に、協働的な学びの萌芽を感じたのでした。

イラスト3 カードゲーム「ぴっぐテン」を通じて芽生えた自然な協働の姿
カードゲーム「ぴっぐテン」を通じて芽生えた自然な協働の姿  by高田保則 (生成AIを使用して作成)

11.おわりに

2週間という短い期間で、学力や学習習慣を根本から変えることは困難です。しかし、「デジタルツールという杖」を使い、「自分で目標を決める」経験をした彼らの背中は、以前より確かに前を向いていました。この小さな変化を、通常の学級での継続的な支援へと繋いでいくことが、私たちの次なる課題です。

高田保則先生写真

高田保則先生プロフィール
たかだ・やすのり。1964年北海道紋別市生まれ。元オホーツク地域の公立小学校教諭。公認心理師、特別支援教育士。趣味はバンド演奏。現在は「学び方相談室」https://shy-yoron-3352.catfood.jp/代表として活動中。

この記事をシェアしよう!

フッターです。