【シリーズ】高田保則 先生presents 通級指導教室の凸凹な日々。♯24 小さな指導室から見えてきた学校教育の大きな課題—通級指導教室のカウンセリング的意義

元通級指導教室担当・高田保則先生が、多様な個性をもつ子どもたちの凸凹と自らの凸凹が織りなす山あり谷ありの日常をレポート。情熱とアイデアに満ちた実践例の数々は、特別支援教育に関わる全ての方々に勇気と元気を与えるはずです。
執筆/「学び方相談室」代表(元北海道公立小学校通級指導教室担当)・高田保則
目次
はじめに
北海道オホーツク地方の小学校で、通級指導教室を担当していた高田保則(たかだやすのり)です。日々、子どもたちと向き合う中で感じたことや考えたことを綴っています。ここに記す事例は、これまでに出会った子どもたちのエピソードを組み合わせて作った架空のお話ですが、実際に過ごした時間の空気感を込めています。
通級指導教室に話をするために来ていた子どもたちがいました。彼らが吐露する言葉を、私は受け止めたり応えたりしてきました。カウンセリングの知識が必要だと感じ、学び直しをして公認心理師の資格を取りました。
今回は、通級指導教室のカウンセリング機能について、思うところを記します。通級指導教室という小さな部屋で営まれたカウンセリング的な会話は、現代の教育システムが抱える大きな課題を映し出す鏡でもありました。大胆に切り込んでみます。
まずは、かつて通級指導教室を訪れた3人の子どもたちの事例を紹介し、その子たちと向き合う際に私がどのようなことを心がけていたかをお伝えします。
1.愚痴を言いに来るAさん
「ちょっと聞いてよ」
それがAさんの口癖でした。Aさんは、お昼休みに通級指導教室にやって来て、愚痴を言いました。愚痴の中身は日ごとに変わりました。クラスの友だちの振る舞いが気に食わないという話だったり、学級担任の指導への文句だったり、兄弟や母親への不満だったりしました。
Aさんは、低学年の頃、思い通りにならないことがあると、泣き叫んで教室を転げ回りました。高学年になっても、イライラが募ると目つきがギュッと険しくなりました。そんな時にAさんに下手に話しかけると、平手打ちが飛んできました。
私の指導室に来るようになったきっかけは、小説でした。Aさんが、太宰治の「人間失格」を携えていたのです。
「Aさん、太宰治読むんだ!」
「あっ、表紙がイケメンだから買っちゃったんだよね」
私も本が好きなので、お互いにハマっている本の話が、共通の話題になったのです。
2.自作漫画のストーリーを話し続けるBさん
「新しいのできたよ。これがまた面白いんだわ」
「ゲーー! またかよ……」
Bさんは、自作の漫画を描くことが好きでした。コピー用紙をホチキスで留めて冊子にしていました。小学3年の時から描き始めた連載漫画は、4年間で膨大な物語になっていました。
「あとで、感想聞きに来るからね」
「堪忍してよ……」
Bさんが描く漫画の世界観とストーリー展開が、私にはまるで理解できませんでした。下手に質問をすると、Bさんは嬉々として自作漫画の伏線と裏設定を語り始めました。私にとって、異国の言葉で異国の教典を聞き続けるような苦行が始まるのでした。

3.ホントはちゃんとしたいCさん
Cさんは、荒んだクラスで、学級担任に歯向かう急先鋒と見なされていました。Cさんが足を怪我して、体育の授業を休んだ日がありました。授業時間中、職員室で黙々と算数ドリルに取り組んでいるCさんの真面目で几帳面な一面を感じました。
「通級指導教室で、続きをやりませんか? 職員室よりは、落ち着いてできますよ」
「いいんですか。そうしたいです」
そう答えたCさんの表情は柔和で、クラスで見せる険しい表情とは真逆でした。その後、算数の学力向上という名目で、Cさんの通級指導をすることになりました。
4.私が心がけたこと
そんな3人の子どもと話をする時に、私が心がけたことは、次のようなことでした。
(1)Aさんの場合:沈黙と傾聴
Aさんの愚痴を最後まで聞くことに注力しました。途中で口を挟むと、Aさんは明らかにイラついてくるのです。自己中心的な愚痴に、言いたい事は山ほどあったのですが、Aさんが全て吐き出すのを待ちました。
「じゃあ、また来るね」
「無理して来なくていいよ!」
言いたいことを言い終えると、Aさんは、スッキリした顔で教室に戻っていきました。
(2)Bさんの場合:熱量に寄り添う
Bさんの自作漫画にある複雑な世界観やストーリー展開は、私には理解しがたいものでした。私は彼の話の内容を正確に把握すること以上に、彼が放つ圧倒的な「熱量」に寄り添うことを大切にしました。
一方、話の合間に時々混ざりこむ、友だちの話やクラスの出来事を何気なく聞き返しました。
「えっ、それどういうこと?」
そう尋ねると、Bさんは詳しく教えてくれました。それまでは、Bさんとクラスメイトとの関係性や学校の居心地についてストレートに尋ねても、「う~ん、わかんない…」とはぐらかされてしまっていたのです。
(3)Cさんの場合:敬語による境界線
荒んでいたCさんには、あえて敬語で話すことを徹底しました。するとCさんも敬語で答えてくれました。小学生にとって、敬語で大人と会話をするのは、ちょっと大人になった気分がするのかもしれません。これは彼を「一人の人間」として尊重すると同時に、不必要な衝突を避ける心理的距離を保つ手法でもありました。
フレンドリーなタメ口で会話をすれば、子どもとの距離感が縮まります。でも、関わり方を誤ると、荒んでいるCさんの攻撃対象とされるリスクもあるのです。

5.カウンセリング機能としての通級指導教室
カウンセリングの本質は、対話を通じて自分自身の状態に気づき、考え方を前向きに変えていくことにあります。私はあえて「指導」や「アドバイス」を封印しました。なぜなら、評価を伴う「指導」をした瞬間に、子どもは本音を隠してしまうからです。
自分を評価する人間に対して、人は本音を晒しません。例えば、人事評価をちらつかせて、自分がやりたい事を職員に迫る校長に対して、誰もが距離を置くのと一緒です。
学校において、教員は子どもの評価者であるという宿命を背負っています。だから子どもは、教員に対して、なかなか本音を言わないのです。そんな学校現場の中で、子どもが唯一本音を晒す場所が保健室です。養護教諭は、子どもを評価しない立ち位置だからです。自分には言わない本音を保健室の先生には話していると、学級担任が嫉妬するのは、お門違いです。学級担任がすべきことは、養護教諭と仲良くなって、情報共有を円滑に行える関係をつくることです。
通級指導教室は、1対1の個別指導が主戦場です。そこでの評価は、他者と比較するものではなく、その子自身のオリジナルな変容を見つめるものです。したがって、通級指導教室は、保健室と同様に、評価から解放された「心理的安全基地」になり得るのです。
6.3人の共通点
私の専門は、分析です。3人の子どもが通級指導教室にカウンセリングを求めてきた背景をもう一段掘り下げてみたいと思います。彼らが過ごした学校環境について記していきます。
3人には、共通点がありました。同じ学年だったのです。そして彼らが属する学年集団には、特徴がありました。子ども同士の仲がとても悪かったのです。
「アイツ嫌い」
「〇〇って、バカなんだよね」
相手が居ないところで、お互いの悪口を言ったり馬鹿にしたりするのが、低学年から高学年になるまでずっと続いていました。学年集団の関係性が荒んでいたのです。
この学年は、たびたび荒れました。圧が強くルールに則った指導が得意な先生が担任した年には落ち着いているのですが、みんなで話し合って子どもに考えさせる指導を信条とする先生が担任した年には荒れました。望ましい言動を自分で考え、協働で学ぶことの楽しさを感じる機会を失っていたからです。集団としての育ちが欠けていたのです。
授業中に癇癪を起して泣き叫んでいたAさんに、声をかける子はいませんでした。Bさんの創作漫画を他の子が読者として読む雰囲気はありませんでした。学級担任に歯向かう急先鋒と見なされていたCさんには、それを影で指示する裏ボスがいました。子ども同士の負の力関係から、Cさんは裏ボスに逆らうことができなかったのです。
Aさんを支える子が居なかったことも、Bさんの話に付き合う子が居なかったことも、Cさんが不適切な振る舞いに流されてしまったことも、彼らが属する子ども集団が不健全に育ってしまったことが背景にあると考えられます。
7.「土壌」を無視した教育施策の空虚
では、3人が所属する学年集団が、不健全に育った背景には、何があったのでしょう。さらに掘り下げてみます。みなさんの周辺でも、似たようなことが起きているのかもしれません。
この町の学校では、全国学力・学習状況調査の結果が全国平均を大きく下回っていました。危機感を抱いた教育委員会は、学力向上のための抜本的な改革に本腰を入れました。
その施策は徹底していました。研修熱心な教員を人事異動で招き入れ、著名な講師を招いた公開研究会を毎年開催しました。予算を投じてICT機器や最新の教材を揃え、「授業力向上」こそが子どもを救う正解だと信じて疑いませんでした。
この取組が始まった頃、小学校に入学したのが、3人がいる学年集団でした。個性が強い子が多く、集団としてのまとまりに欠けていたこの学年は、教室でのトラブルが絶えませんでした。研修熱心な教員たちは、「授業の質を上げ、子どもを惹きつければ、事態は打開できる」という理想を掲げ、高度な指導技術の習得に奔走しました。
授業力向上のスローガンの下、この学年の子どもたちは、皮肉にも毎年のように「学級の荒れ」を経験することになりました。ぶつかり合う個性、深まらない人間関係。保護者説明会が繰り返される不安定な教室で、彼らは多感な時期を過ごしました。
その後、彼らは中学3年生になりました。注目の全国学力・学習状況調査の結果は、9年前と同様、全国平均を大きく下回りました。9年に及ぶ「授業力向上」の成果は、数字の上では何一つ表れなかったのです。
それは、子ども集団という「土壌」を耕し安心感を育むことを後回しにし、目に見える成果を求めて「授業改善」という即効性の化学肥料を撒き続けた結果と言えるのではないでしょうか。学力向上の取組は、数字によって失敗だったことを証明してしまいました。
高校に進学した彼らの多くは、周辺の町の高校に進学しました。彼らに話を聞くと、「高校は自分で選べるから、楽しくやりたい」という本音を吐露しました。そのために、地元の高校に進学するのを諦めたのです。
なんとも哀しい現実です。
しかし、課題はそれだけではありません。現場の教職員も、施策を主導した行政職員も、定期異動によってその場を去っていきます。学力向上の旗印のもと、子どもの成長のすべてを賭けた小中9年の歩みは、原因究明も総括も曖昧なまま、今日もどこかで繰り返されているのではないでしょうか。
8.結びに代えて
教育において、授業の質を磨くことは重要です。しかし、子ども同士の繋がりという「土壌」を耕し、安心感を育むことを後回しにしたままでは、どんな高度な授業も根を張りません。
数値や評価に翻弄された9年間を終え、義務教育を去った彼らに、今改めて問いかけたい言葉があります。
「友だちはできましたか?」
このシンプルな問いに、彼らが胸を張って答えられる環境を取り戻すことこそが、教育の本来の役割であると信じています。

〇参考文献
『居るのはつらいよ ケアとセラピーについての覚書』 東畑開人 著/医学書院
『学力格差を克服する』 志水宏吉 著/筑摩書房

高田保則先生プロフィール
たかだ・やすのり。1964年北海道紋別市生まれ。元オホーツク地域の公立小学校教諭。公認心理師、特別支援教育士。趣味はバンド演奏。現在は「学び方相談室」https://shy-yoron-3352.catfood.jp/代表として活動中。
