体育の授業は考え方で変わる! 先生が大切にしたい「3つの考え方」とは【絶対うまくいく! 体育の超マネジメント#4】

体育の授業では、「どう教えるか」という技術に目が向きがちです。しかし実際には、授業がうまくいくかどうかは、先生がどのような考え方で授業をつくっているかに大きく左右されます。授業の技術よりも、まず「授業をどう考えるか」が大切なのです。今回は、体育の授業を安定させるために筆者が大切にしている3つの考え方を紹介します。
執筆/環太平洋大学次世代教育学部講師・中安翼
目次
考え方① 「できるようにしなければならない」という考えを手放そう
体育は、子どものメンタルへの影響が大きい教科です。もし子どもが「体育は楽しくない」「できないと何度もやらされるから嫌だ」と感じてしまうと、体育の日に欠席したり、学校に足が向かなくなったりすることさえあります。
授業をつらいと感じる子どもを生み出さないことが何より大切だと思っています。
そのためには、まず指導する側が「できるようにしなければならない」と考えすぎないことです。長い目で見れば、今はできなくても「また挑戦してみたい」と思えるようにすることが大切です。まずは、「誰もが前向きになれる授業をどうつくるか」という視点から考えてみましょう。
言い方を変えれば、
子どもが「今の自分の力で何ができそうか」を考え、そこに挑戦することを楽しめるようにしていく
ということです。
「跳び箱〇段を跳べるようにしなければならない」
「〇m泳げるようにしなければならない」
などの「できるようにしなければならない」という考えにとらわれてしまうと、授業は技能偏重になり、体育がまるでトレーニングのようになってしまい、結果として先生も子どもも苦しくなってしまうことになりかねません。
体育の目標は「うまくなること」だけではない
学習指導要領では、体育科の目標を「豊かなスポーツライフを実現するための資質・能力の育成」としています。これは決して「うまくなること」だけを意味しているわけではありません。できる・できないにかかわらず、運動に前向きに関わろうとする気持ちを育てることが大切なのです。
運動が苦手な先生のほうが、むしろ有利
ちなみに、先生自身が運動が苦手でもまったく問題ありません。むしろ運動が苦手な先生の方が、できない子どもの気持ちに寄り添った授業をつくれることもあります。
私自身、子どもの頃に、マット運動や鉄棒運動、表現運動は大の苦手でした。大人になった今でも、できない技はたくさんあります。それでも、マット運動や鉄棒運動の指導はできます。
むしろ、できないからこそ
- どんな技なら無理なく取り組めるか
- どんな補助があれば安心できるか
- どんな教具があれば楽しめるか
といったことを考えるようになります。実際、私の苦手な運動を教えるときの方が、子どもたちの反応がよいと感じることもあります。苦手な子どもの気持ちに自然と寄り添えているからかもしれません。
考え方② 「みんなが楽しく学べるように」を最優先にしよう
授業づくりの大前提は、誰もが楽しく授業に参加できることです。例えば、次のような要素を入れるようにします。
- 難易度の異なる活動の場を複数用意し、子どもが選べるようにする
- 挑戦する課題を子ども自身が決める
- 誰もが楽しめるルールを子どもたちと考える
- 勝敗が運にも左右される設定にする
- グループを固定せず、毎時間変えて活動する
意識しておきたいのは、
「運動が得意な子どもだけが活躍する場にしない」
ことです。誰もが楽しさを味わえるような設定にしていきます。
子どもは「楽しい」と感じれば伸びていく
「好きこそものの上手なれ」という言葉の通り、子どもは楽しいと感じた運動ほど自然に上達していきます。それは、夢中になって繰り返し挑戦するようになるからです。さらに、1人だけでなくみんなで楽しむことができれば、子どもの満足感は一層高まります。
この傾向は、運動技能の高い子どもほど強いように思います。運動が得意な子どもは、決して自分だけが楽しめればよいと考えているわけではありません。むしろ、みんなで運動を楽しみたいと思っているのです。
得意な子も満足できる体育をつくる
よく、「運動が得意な子ほど、体育の授業では退屈してしまうのでは?」という言葉を耳にします。
しかし、必ずしもそうではありません。勝敗や達成にこだわる子どもにそれ以外の価値を与えられていなかったり、運動が苦手な子に全員が合わせなければならない設定になっていたりすることが原因です。
運動技能や性別、体格に関わらず、誰もが楽しめる授業…つまり、個別最適な体育を考えればよいわけです。

