菊池省三の「コミュニケーション力が育つ教室づくり」 #19 1年間のゴールイメージを実現する「達成期」の指導 <前編>
タックマンモデルをベースにした「学級の成長4段階」に基づき、論を進めてきた本連載。今回は、子供たちの成長がさらに加速する最終段階「達成期」において大切にしたい心構えについて考え、この時期の具体的な実践例について提案していきます。
目次
「達成期」を迎える最重要ポイントは「担任の意識」
今回は、「学級の成長4段階」の4段階目、最終段階の「達成期」についてお話ししたいと思います。 「学級の成長4段階」とは、心理学者のタックマンが、チームビルディング形成について提唱した「タックマンモデル」を、私なりに学級の成長段階に当てはめたものです。
この連載では第2回に1段階目の「形成期」、第11回~12回で2段階目の「混乱期」、第15回~16回で3段階目の「標準期」を取り上げていますので、あわせてお読みください(下図参照)。
子供一人ひとりが自ら考えて動くようになり、学級の成長曲線が上向きになった「標準期」の成長曲線は、そのままでも上昇曲線を描いていきます。
しかし、それだけで満足せず、子供たちの成長をさらに大きく加速させる「達成期」へとステージアップするためには、どのような指導が必要なのでしょうか。
一番重要なポイントは、「担任の意識」。この一言につきます。
「形成期」「混乱期」と「標準期」「達成期」の大きな違いは、子供たちの人間関係がグループ(群れ)からチーム(集団)になり、教師の介入が少なくなっていくことです(第16回参照)。
ここで言う「介入」には、教師が率先して子供たちを引っ張ることはもちろん、子供が自ら「伸びたい」と思っているとき、教師がその背中を押してあげる「啐啄」(そったく)のタイミングを見計らうことも含まれます。
「達成期」には後者、背中をそっと押す静的な介入こそが重要になるわけで、教師はそのタイミングを、常に心に留めていなければなりません。
しかもそのタイミングを教師と子供の1対1の関係性の中で捉えるだけでなく、ときには全体のバランスの中で見極めていくことも必要です。
学級目標をどれだけ意識しているか
「達成期」は、4月当初から抱いていた1年間のゴールイメージを実現していく時期です。
そもそも、ゴールイメージをつくる上で大切なのは、次の二つの視点です。
①人格の形成(子供一人一人の個の確立)
②民主主義的な集団の形成(学級集団の実現)
年度末を迎えるこの時期、1学期にみんなで掲げた学級目標の達成を念頭に置いている担任はどれだけいるでしょうか?
学級の人間関係が深まってきた、男女の違い、仲の良さに関係なく、みんなで話し合えるようになってきた、子供たちが自ら動くようになってきた……。
このような表面的な現象を見て満足し、「うちの学級は成長したなあ」と、そこで立ち止まってしまってはいないでしょうか。
4月に、担任として自分が思い描いたゴールイメージに、子供たちを照らし合わせてみましょう。
子供たちは今、そのイメージにどれだけ近付いていますか?
「まだ足りない」と感じるのであれば、あなたの学級の子供たちはもっと成長できる、もっと伸びしろがあるということです。
学級の仲間とのかかわりによって、自分やみんながどのように成長したのか、4月に掲げた学級目標にどれだけ到達できたのか、学級全員が1年間学び合ってきた「〇年○組」という学級についての振り返りを、教師は意識して行っていきます。
集団の学びの集大成とも言えるでしょう。
「最後の1秒まで成長するぞ!」と子供たちに意識させ、集団として高めていくための具体的な実践例をいくつか紹介しましょう。
実践例1 ●「私を色で例えたら」
「4月」と「現在」、そして残り1か月後の「学級最後の日」の “自分” を色に例え、ノートに書きます。なぜ自分がその色を選んだのか、理由も考えさせます。
各自がノートにまとめたら、黒板に自分の名前を書き、その下にまず、「①4月の色」を記します。全員が書き終えたら、理由を発表していきます。
続いて、「②今の色とその理由」を発表、さらに「③1か月後の色とその理由」を発表します。
この活動を通して、子供たちは、約1年前と現在を比較して、自分の成長を実感することができます。そして、残り1か月間、「もっと成長したい!」とさらなる意欲をもつきっかけになるのです。
実践例2 ●「○組を色で例えたら」
実践例1と同様に、今度は自分のクラスを色に例えさせます。個人としての成長だけでなく、学級全体の成長を意識させることになります。
実践例3 ●未来作文
3月の修了式の日の自分にあてて手紙を書きます。1学期の自分、今の自分を振り返りつつ、最後はどんな自分になっていたいか、なるべき姿を意識させることができます。
実践例4 ●「残り1か月を○○のクラスにする!」
まず個々に考えさせ、それをもとにグループで話し合い、学級全体で発表し合います。最後の1か月間、どんな学級にしていきたいのか、一人一人に意識させたいからです。
「最後の学期だから、○○の学級にしよう!」と担任のみが熱く語っても、子供たち一人一人の胸の中には響きません。
「そんなこと言ったって、自分にはとうてい無理。達成できるはずがない」と投げ出してしまう子もいるでしょう。
教師の思いを伝えるだけでは、どうしても単線のつながりに陥りがちなのです。
大切なのは、どんな学級にしたいのか、子供たち自身に “本気” で考えさせることです。
それこそが、子供たちに成長を自覚させることになるのです。
※このテーマは、次回へ続きます。
取材・文/関原美和子 プロフィール写真/西村智晴
Profile
きくち・しょうぞう。1959年愛媛県生まれ。北九州市の小学校教諭として崩壊した学級を20数年で次々と立て直し、その実践が注目を集める。2012年にはNHK『プロフェッショナル仕事の流儀』に出演、大反響を呼ぶ。教育実践サークル「菊池道場」主宰。『菊池先生の「ことばシャワー」の奇跡 生きる力がつく授業』(講談社)、『一人も見捨てない!菊池学級 12か月の言葉かけ コミュニケーション力を育てる指導ステップ』(小学館)他著書多数。
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第1回 すべての教科の基盤となる “空気づくり” <前編>
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