菊池省三の「コミュニケーション力が育つ教室づくり」 #20 1年間のゴールイメージを実現する「達成期」の指導 <後編>
菊池学級の子供たちが、真剣勝負の授業の中で最もまぶしく輝く「達成期」。現状に満足せず、さらなる高みを目指すこの時期の子供たちには、どのような学びの姿が見られるのでしょうか。その時期の具体的な実践例も紹介します。
目次
現状に満足せず、さらなる高みを目指そう
「菊池学級は迫力がある」
担任を受け持っていた頃の私の学級を参観された方々から、こんな感想を多くいただきました。
私の授業は常に真剣勝負でした。子供たちが教師や学び合う仲間、そして自分自身等に対し、いつも真剣勝負で臨んでいたことが迫力につながっていたのではないかな、と感じています。
「達成期」には、1年間のゴールイメージが実現していきます。
「みんなで一緒に頑張ってきたね」と成長を振り返り、認め合う活動はもちろん大切です。しかし同時に、現状に満足することなく、さらなる高みを目指すという厳しさも、「達成期」には必要なのではないでしょうか。
そういう視点から、私が取り組んだ実践例を紹介したいと思います。
「試練の10番勝負」で成長を振り返る
学級の仲間とのかかわりによって、自分やみんながどのように成長したのか。
4月に掲げた学級目標にどれだけ到達できたのか。さらには今後自分が進む道はどうあるべきなのか。
学級を振り返るということは、自分の内面をしっかりと見つめ直す作業であると考えています。
こうした思いから取り組み始めたのが、「試練の10番勝負」です。
毎日、私から一題ずつ挙げた課題について、子供たちが意見をまとめるもので、ときには、全員が黒板に一言ずつ書き始めることもあります。これを10日間、連続して行うのです。
「試練の10番勝負」とは、かつてプロレスラーのジャンボ鶴田選手が行った試合のことです。次期エースとして活躍が期待されていた鶴田選手をさらに飛躍させるため、世界の強豪選手10人と戦わせました。
学級おさめが見えてきた時期、子供たちに、1年間頑張ってきたことを振り返らせ、自分自身と学級全体の成長をみんなで認め合うだけでなく、残りのわずかな時間を使ってさらに力を発揮してほしいと考えました。
今までの頑張りを認めつつ、もっと次に進むためには、“試練” が必要です。
それも、たった “1試合” ではなく、何度も試合を行うことが必要なのです。
試合の相手は、子供自身です。そして、教師にとっては自分の指導が評価される取組でもあります。
自分を信じ、相手を信じるからこそ成り立つ
それでは、具体的な取り組み方を説明しましょう。
“試合の開催日” は、終業式の前日に終了するように逆算して10日間を設定します。活動には、学活や総合、国語などの時間をあてるといいでしょう。
まず「自分、そして学級全員のさらなる成長のために行うことが目的」であることを説明します。そして次のような順序で進めていきます。
- 黒板に「試合のタイトル」を書き出す。
- まず、各自がノートに意見を書く。箇条書きで三つ程度、5分間でまとめる。
- ノートを持って来させ、まず教師が目を通す。黒板に自分の意見を記す。
- 自由起立で発表タイム。
- 他の意見に対しての質疑タイム。
- ノートに感想をまとめ、発表。
取り上げるテーマは、次に挙げる視点から考えていきます。
①この学級はどんな学級だったのか
②小さな変化でも、それがその子の成長に大きくつながっていること
③個人の成長が、みんなの成長を象徴しているようなこと
④教師が力を入れてきた取組について(私の場合は、“言葉”に力を入れてきたので、言葉に関するものになります)
⑤言葉の力について
③については、「S君の成長から学ぶべきことは何か」というテーマを取り上げました。
S君の成長の事実を一人一人が黒板に書き込んだ後、S君に前に出てきてもらい、みんなが発表しました。
●宿題をするようになりましたね
●係活動をサボらなくなりましたね
・
・
一人一人の発表を聞きながら、S君は嬉しそうにはにかんでいました。
ひと通り発表が済んだ後、私は、
「黒板のタイトルを変えたいのですが、どう変えればいいと思いますか?」
とみんなに尋ねました。
すると、何人かが、
「『S君』を『みんな』に変える」
と即答しました。
S君の頑張りは、この学級一人一人の頑張りでもあり、これからも頑張っていかなければならないことだと、みんなはちゃんと気付いていました。
「試練の10番勝負」を行っている2週間、子供たちはじっくりと自分を見つめ直し、学級の仲間の成長をお互いに確かめ合うことができました。学級という空間で仲間とともに学び合ったからこそ今の自分の成長があることを実感したはずです。試練を乗り切ったとき、自信をもって次に進むことができるようになったのです。
子供たちの本音の意見は鋭く、ときには言われて泣き出してしまう子もいたほどです。しかし、それはその子を思ってこその意見であり、みんなが成長するために必要不可欠な意見であることを、一人一人が理解していました。
自分を信じ、相手を信じたからこそ成り立つ話し合いの姿は、まさに私が思い描いていたゴールイメージでした。
<ある年の「試練の10番勝負」タイトル一覧>
取材・文/関原美和子 プロフィール写真/西村智晴
Profile
きくち・しょうぞう。1959年愛媛県生まれ。北九州市の小学校教諭として崩壊した学級を20数年で次々と立て直し、その実践が注目を集める。2012年にはNHK『プロフェッショナル仕事の流儀』に出演、大反響を呼ぶ。教育実践サークル「菊池道場」主宰。『菊池先生の「ことばシャワー」の奇跡 生きる力がつく授業』(講談社)、『一人も見捨てない!菊池学級 12か月の言葉かけ コミュニケーション力を育てる指導ステップ』(小学館)他著書多数。
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