ページの本文です

連載・青山新吾~「重層的な指導・支援」と「障害の社会モデル」の考え方を踏まえよう|インクルーシブ教育を実現するために、今私たちができること #22

連載
インクルーシブ教育を実現するために、今私たちができること
関連タグ

ノートルダム清心女子大学人間生活学部児童学科准教授・インクルーシブ教育研究センター長

青山新吾
インクルーシブ教育を実現するために、今私たちができること #1 執筆/青新吾

「インクルーシブ教育」を通常学級で実現するためには、どうすればよいのでしょうか? インクルーシブ教育の研究に取り組む青山新吾先生が、現場の先生方の悩みや喜びに寄り添いながら、インクルーシブな学級を実現するために担任ができること、すべきことについて提案します。

執筆/ノートルダム清心女子大学人間生活学部児童学科准教授・インクルーシブ教育研究センター長・青山新吾

インクルーシブ教育とは何か

野口晃菜(2022年)は、「インクルーシブ教育」の対象は、虐待をされている子ども、外国にルーツのある子ども、貧困状況にある子ども、性的マイノリティの子ども、障害や病気のある子ども、不登校の子どもなどのマイノリティ属性の子どもを含むすべての子どもたちであるとしています。

そして、すべての子どもたちを包摂する教育を目指すプロセスがインクルーシブ教育であり、そのためには、これまでの教育システムを変えていくことが必要だとしています。本連載では、インクルーシブ教育を実現するためには、通常学級の教育が変わっていくことが求められているという前提に立っています。

今回は、中央教育審議会における次期学習指導要領改正に向けての議論の中で提起されている「重層的な指導・支援」と「社会モデル」の考え方を踏まえて考えていきましょう。なお、以下で取り上げるエピソードは、複数の類似したケースをもとに再構成したものであり、特定の学校のケースではありません。

ある教室でのエピソード~それを個の成長と捉えてよいのか?-

支援員と子供

ある先生が語られた話です。

「教室でのある子どもの支援において、支援員が女性担当者だと、腕に触ってきたり、遊びに誘ってきたりするなど、とても甘えた行動が見られました。支援に入ることで、かえって子どもの言動をかき乱し、授業を混乱させているのではないかと不安になりました。その行動が発達上の特性によるものなのか、家庭での経験が関係しているのかよく分かりません。そこで、原因究明よりも、安心して人を頼ることのできるような関係づくりを優先することにしたのです」

このような状況は、どこの学校でもよく見られるのではないでしょうか。子どもの捉え方や、捉えた姿の判断に迷うこともよくあることだと思います。

ところがその後その先生に聞くと、「次の学年になってからは、今のところ支援員以外の教員が支援につくことがなくなりました」と言われるではありませんか。

驚いて確認すると、支援員との関係がよく、学級担任も代わって子どもが落ち着いた様子になってきているからとのことです。「本人の成長が見られます」とのことでした。

結果的に、子どもが落ち着いた方向に進んでいるのですから、そのプロセスを振り返らなくてもよい……と考えるのはもったいない話です。もう少し解像度を上げて考えてみることで、他の子どもの成長を考えるヒントが見えてくるのではないでしょうか。

まず、この先生の話の中に登場しないことは何かと考えてみました。

1つ目に、学級担任の先生の姿が見えません。学級担任の先生の考え方、雰囲気などが見えないのです。

2つめに、その子どもと学級担任の先生の関係性が見えません。支援者との関係は描かれていますが、担任の先生との関係性はどのようなものなのでしょうか。

3つめに、その子どもと周囲の子どもとの関係が見えません。クラスの他の子どもたちとの関係はどのようなものなのでしょうか。

4つめに、学級の様子が見えません。どのような雰囲気のクラスなのでしょうか。

5つめに、具体的な授業の様子が見えません。授業全体の様子と、授業におけるその子どもの姿、そして、他の子どもたちの姿はどのようなものなのでしょうか。

6つめに、学級担任や支援員、他の支援に関わる先生方との関係性が見えません。大人の関係性はどのようなものなのでしょうか。

そして、7つめに、保護者の姿が見えません。保護者と子どもの関係性、教員(学校)との関係性はどのようなものなのでしょうか。 

こうして並べてみると、見えていなかったのは、その子どもの「内側」ではなく、子どもを取り巻く「関係」と「環境」だったことが分かります。

ということは、「次の学年に上がると子どもがとても成長した」という「個の物語」として説明できるかどうかは分かりません。変化したものは、子どもの姿以外にもあるかもしれないからです。

また、変化したものは「関係性」という、直接目には見えないものであり、見ようと思って意識しないと見えてこないものである可能性もあります。

中教審で議論されてきたことー「重層的な指導・支援」の考え方

この記事をシェアしよう!

フッターです。